第2話 呪術師ハルファス



 あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。一つ一つこれまでのことを振り返ろう。普段通りゲームをしていたが食糧が底をつけていたため、買い出しに向かったコンビニで強盗を目撃しちょっかいをかけたが返り討ちにあった。

 強盗に刺され命を落としたのもつか、肉体を失った状態で真っ白な光を放つ謎の水晶玉に引っ張られていった。気づけば辺りは真っ暗闇に舞い戻っていた。しかし、先ほどまでいた外とは打って変わって屋内にいるような雰囲気だ。どこからかポタポタとしたたるしずくの音が反響している。

 加えて微かに風が吹いている。推測するに洞窟どうくつのようなとこにいるらしいが、さっきの眩い光を見過ぎたのかすぐには目が慣れずよく見えない。


カタカタ……カタカタ……


 水滴音すいてきおんに混じって何か周囲で乾いたもの同士がぶつかるような音がしている。それもかなりの数だ。

 少しずつ目が慣れてくると、やはりここが洞窟であること。そして周りに何かいることに気が付く。目を凝らして右隣みぎどなりを見てみる。


「うわあああ! ……じ、人骨じんこつ?」

 

 右隣だけではない左も前も後も斜め全て、360度全方位に大量のガイコツ達がうごめいていた。目が合ったような気がして思わず驚いて情けない声をあげてしまった。カタカタという謎の音の正体は骨同士がぶつかって鳴る音だと判明した。


「なんなんだよぉぉぉ!!!」


 不可思議な出来事の連続で精神は限界を迎えていた。その場から逃げ出そうとするも地面につまづき転んでしまう。視界がぐるりと何周もした後、不思議と自分の視点が異様に低いことに気が付く。


 なぜか手足を自由に動かせない。身体の違和感があるなか仕方なくもぞもぞと動いていると、洞窟の奥からツカツカと何者かがこちらに近づいてきているような音が聞こえてきた。



「――〇※△□×」


 その何者かは聞いたことのない謎の言語でしゃべっている。数秒の沈黙の後、洞窟の闇からスゥっとこちらに伸びる手を視認した。そのまま頭を強い力で鷲掴みにされ、持ち上げられる。後頭部を掴まれているため手の主を見ることが出来ず、咄嗟に振りほどこうにも振る手がない。


「誰だよ!気軽に人の頭をつかむな!」


 こちらの叫び声にブツブツと何かを呟いているのが聞こえる。つぶやきが途絶えた後、謎の人物の手から目に見えない波動はどうのようなものをはなたれた。波動と共に脳に激痛が走り、思わず嘔吐した……はずだったが、ゲロは出なかった。コンビニで食糧を買い物かごに入れたまではいいものの、結局購入できなかったんだった。しばらく飯を抜いていたから、もはや吐くものもないのだろうか。


 すると、後方からまた女の喋る声が聞こえた。


「驚いた。お主、なぜ意思があるのじゃ……ふむ、見たことのないマナの流れに異国の言語――これまた驚いた。この世界の者ではないと来たか」


 声質は変わらないようだが、女は先ほどの知らない言語ではなく日本語で話している。


「マナ? ゲームの話か?……ていうか、日本語がしゃべれたのか?」

「お前とは不遜ふそんな物言いじゃな。術の効きが甘かったか?それとも呪

術への耐性持ちか。まぁよい、今しがたかけた言語理解の術は問題ないようじゃ」


 尊大な態度の主は頭を鷲掴わしづかみにしたまま頭をグルリと回転させると初めて目が合った。外套で顔が隠れていてよく見えないが、白雪のような肌が垣間見える。女が外套を脱ぐと俺はつい驚きの声を出してしまった。

 長い黒髪にあやしい紫色の瞳、全体的に整った顔立ちが妖艶ようえんさをかもし出している。しかし、どこか疲弊ひへいしたような印象を受ける。衣服もところどころ傷んでいる。

 とはいえ、目と鼻の先に控えめに言ってもこれまで見たことない絶世ぜっせいの美女がいる状況に心なしか気がゆるんでしまう。


「お、お前は誰なんだ? 術ってなんなんだよ!ここはどこなんだ!?」


「おまえ、おまえと不敬じゃ! 哀れなその姿をまだ見ておらぬのか? ほれ、身の程をわきまえよ」


 女性がスタスタと移動すると、洞窟脇の水たまりの水面すいめんに俺の顔を近づけた。

 そこでやっと視線の低さ、頭を掴む理由、身体の不自由について謎が解けた。


 水面みなもに映っていたのは、頭蓋骨ずがいこつ。俺の身体は周囲のガイコツと同じく骨で構成されており、先ほどつまづいた拍子に身体がくずれ頭だけになっていたということだ。謎が解けたにも関わらず思考回路はショート寸前、今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。


「悪い夢でも見てるのか、俺は……」


 水面に映る首だけの骸骨の表情は読み取れず、双眸そうぼうがあるはずのその場所に洞窟に吹くかすかな風が通るのを感じた。



* * * * * * * * * * * * * *


 ファルマ公国は、エルタルネ大陸の西端に位置する小さな国家である。

 その日、ある占い師に賞金が掛けられた。生死は問わず、遺体でも国に引き渡すことで大金が出るそうだ。


――罪状は、内乱罪ないらんざいである。


 その者は、町はずれの小さな店を営む占い師であった。予知や治癒魔法など、一般には使われない上級魔法を無償むしょうで貧民に提供する心優しい人物として町民に親しまれていた。

 しかし、その占い師としての顔は表の顔であり、夜な夜な墓地を掘り起こし人骨を窃盗する墓荒らしの犯人であることがわかった。それだけでは取るに足らない墓荒らしの窃盗犯だが、盗んだ人骨を触媒しょくばいにスケルトン兵士を召喚しているとの情報が国をおさめる貴族の耳に入った。

 公国領地内にて魔物を召喚することは、内側から国を滅ぼす可能性の高い重罪である。ファルマ公国の統治者とうちしゃであるトラディス公爵こうしゃくは当然これを未然に防ぐため、例の人物に賞金をかけ捕らえるよう命じた。



* * * * * * * * * * * * * *



「ふぅむ、なるほど。ニホンという国で死して謎の水晶に吸い込まれ今に至る、と」


「大体そうだ……それで次はあんたが説明してくれないか?」


「己の状況が分かっておらぬのか。お主をここへ誘ったのは儂じゃ。意図しておらぬがな」


 それにしても、と女性はこちらを見下みおろしながら話を続ける。


「そなたには召喚主に従属じゅうぞくする呪いが付与ふよされているはずじゃが、お主には効いておらぬようじゃ。どういうカラクリか解き明かしたいところじゃが……まぁよい、我が名はハルファス。表向きは占い師と呼ばせておるが、本来は呪術師をやっておる」


「呪術……動く人骨といい、この世界には魔法があるのか……」


「うむ、お主の言うニホンでは魔法が認知されておらぬのか。ずいぶん文明が遅れておるのじゃのう」


「いやいやいや、文明レベル高いから。スマートフォンで遠くにいても人と話せるし、飛行機っていう鉄の塊に乗って空飛べるから」


「はぁ、それくらい通信魔法と転移魔法で事足りるんじゃが、やはり文明が開いておらぬのか……まぁよい、今はお主と問答もんどうしておる時間はない。端的たんてきに言う。」


「あぁ、なんだ?」


「キタローよ……お主、力が欲しくはないか?」



 俺はようやく理解した。ここは若くして命を落とした自分のために用意された、魔法やモンスターが存在するファンタジー異世界であるのだ、と。

 これからチートスキルを手に入れ、前世でやり込んだLoGのゲーム知識をフル活用して異世界を無双むそうするのだ、と。


――しかし、現実がそう簡単にはいかないことを俺はまだ知らなかった。



「運命が変わるようなとびきり特別な称号をくれてやる」



 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ハルファスは力強く言い切った。一見すると怪しい人物からの怪しい提案であり、聞き入れる筋合いはない。だが、命も肉体も失った俺にとってその言葉は、禁断の果実のように魅力的だった。


――そして、後に嫌というほど味わうことになる。

――呪術師ハルファスの言葉に嘘偽りはなかった。

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