第61話

ふさいだ筈の傷あとさえあの女の名を聞いただけでまるで今開いた傷の様にうずき出す。

ザビーネ。忘れるものか。

俺の命を簡単に奪おうとした女。

狂った瞳で毒を吐いた高い声。

今の名はザビーネ・デル・ローディア。

だが昔はもう一つの名で呼ばれていた。

ザビーネ・デル・エスト。

父の前妻。

そして。俺の…母だった、女。

だが産み落としたというだけだ。

わがエスト伯爵家の男子は生まれた瞬間にリュティーリア家に仕えることが決まっており、母から離し乳母の手で育てられる。それを聞いただけで『私のものにならないなら要らない』と母の義務である名付けすら拒否した。

俺のミドルネームは母方の祖母がつけた。

せめても勇ましい名をと、イグナシオ(炎のような)と名付けてくれた優しい祖母、温かい人柄の祖父。何故あの二人から生まれた娘がこれ程までに『違って』しまったのか。

種々、事情はあるが。今は話を前に進めよう。

ザビーネは俺との事件の後、実家に戻され幽閉された。祖母の怒りがすさまじく 祖父ですらとめられなかったという。

そして伯爵家では。

ザビーネの妹、マッダレーナが正式に父の正妻となった。

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