第57話
その手の力強さと呼ばれた『名』が、俺を正気づかせる。
なんと久しぶりに聞いた名だろう。
ラスティの呼んだ、俺の二つ名。
リュティーリア家に仕えた時から親でさえ滅多に呼ばぬその名。影の場合、影となったその瞬間から例え幼なくとも一人前と見なされ王公貴族とは逆に、公式に封じられる名前。
「久しぶりだ…その名を聞くのは」
「…すみません、若様」
「謝らなくていい」
ラスティを見上げ、俺は言う。
「取り乱した姿を見せたのは俺のほうだ」
「お耳に入れようか…酷く迷いました。貴方にお付きしてから迷いなど捨てた筈ですのに」
「俺の為にお前は迷ってくれたのだろう?俺も主の為ならきっと迷う」
「若様、お怪我を?」
無意識に傷を負った腕を片手で強く引き寄せていたらしい。主に手当てをしてもらって間もないというのにもう血がにじんでいた。
「ああ。鍛練中にな。ちょっとしたかすり傷だ」
「若様に手傷をつけられるとは。ヴィットリオ様も成長されたのですね。先ほど戻りました時、女たちが騒いでいたのはこの事ですか」
「…女は騒がしいな」
俺は少しぶり返した傷の痛みに眉根を寄せ、忘れた筈の心の痛みに唇を噛む。
「まだ、リュティーリアが憎いのか。そして、この俺が。育ててもらった覚えもなく名さえつけてもくれなかったのに」
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