第51話
先程よりもおっとりとした声で主に問いかける奥様のお言葉は本質を突くものだった。
説明しておこう。
公爵家に仕える女達には三種類の役職がある。
下に女中、その上に侍女。奥様の言う「側仕え」とはその三種類の頂点にいる者。公爵、公爵夫人、そして公爵家の継承者自身に仕える。侍女や侍従の 中でも最も優れた者、当主の眼鏡に叶った者にしか与えられない役目。
十九の主につけるのは確かに遅いかもしれないが、言葉を変えれば、次期当主の側仕え候補を選ぶには時間がそれだけかかるということだ。
ベアトリスが奥様に仕え始めたのは確か彼女が十三の時。
気の長い話だ。
主は母の言葉にしばらく黙っていたが、
「母上」
「なあに?」
「あの娘が正式に私の所へ来るのはいつですか」
表情を消したまま尋ねる。主の問いかけに、にこりと奥様は微笑う。
「いつでも。あの子が言ったかと思うけれど、もうあの子の主は貴方だから」
「…」
「…でも貴方がそれをまだ望まないのならあの子は見えない所で仕え続けるわ、きっとね」
主の意向に沿う。それが側仕えになった者の役目だから。
「いづれ…でも今はまだ会おうとも、近くに寄せようとも思いません」
すると奥様は悪戯っぽく微笑みを更に深められる。
「随分と嫌われたものね、あの娘も」
「…嫌うもなにも」
「テイレージュ様」
「今日会ったばかりですし、嫌いになるほど関心も持てない。ただ、正しいことをしたのだとしても、やり方が目障りだ」
「あら」
「止めたのはいい。だが…あれはルシアスに触れた。我が影、ルシアスの傷口に主以外が最初に触れ、ましてや痛みを与えるなど、許せるものではない。我が影を軽んじている」
「…テイレージュ様…」
「聡い?
あれは利口というより小賢(こざか)しい。
申し訳ないが、私は賢い者は愛(め)でたいが、小賢しい者に関心を持つのも持たれるのも、好きではない。
あの娘を側仕えにという御母様のご決定には従いましょう。けれどあの娘がルシアスに触れたことで、ルシアスは傷の痛みに呻(うめ)いた。それを赦すことは今はできそうにありません」
「…そう」
「ええ」
「下がれという命令にも従わなかった。暴君になろうとは
テイレージュ様。
本当は、あまり影ばかりに心を掛けてはいけませんと諌(いさ)めるべきなのだろうが、胸にせりあがった主の温かい想いへの喜びが、俺の口を鈍らせていた。
「私の眼には当分触れず、気配すら感じさせぬなら、今日のことは不問にふすかどうかを検討してもいい」
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