第8話 キミの幼馴染
──トントントントントントントントン…
「まさか、春花ちゃんが真登兄ちゃんの妹さんだったなんてなー。」
「恵斗くん、お兄ちゃんとは仲良いの?」
鈴木家の台所の隣にある畳敷きの居間で、ボクは座布団の上、恵斗くんは寝そべりながら、色々話をしている。
「うん!!俺のお兄ちゃんって感じでさ?小さい頃から、遊んで貰ってたんだよ。」
「えっ?!そうなんだ!?じゃあお兄ちゃんとお風呂とか、一緒に入った事とかある?」
お兄ちゃんが弟を欲しかったのは、身近に恵斗くんの存在があったからだと、この時のボクでも察せた。
「恵斗がねー?そういうとこだけ、恥ずかしがっちゃってねー?一度も入った事ないんだよねー。」
台所で料理を作りながら、恵斗くんの母親である
「お兄ちゃん、弟欲しかったみたいでね?弟と一緒に、お風呂入るの夢なんだって。」
「マジで!?春花ちゃんは…真登兄ちゃんと、風呂一緒に入ったこと…ないよな?」
ああ…。禁断の質問を、恵斗くんはボクにしてしまった。
「ふっふっふっふっ…。お兄ちゃんとは、毎日一緒に入ってるよ?」
「マジか!?良いなー!!俺も真登兄ちゃんと一緒に…。」
「ちょ、ちょっと!!春花ちゃん!?大きな男の人と、一緒のお風呂入っちゃダメだよ!!」
恵斗くんが言い終わるのを待たずに、紗英蘭さんが料理中にも関わらず、台所から居間まで慌てた様子で飛んできた。
「お兄ちゃんと一緒に入るのは、ダメなんですか?」
「まだ授業受けてないのかな…。ねぇ、恵斗?四年生の時、保健体育の授業で、男の人と女の人の身体の仕組みってやった?」
大体、紗英蘭さんがボクに言わんとしていることは、分かってはいたが、年相応の振る舞いをすることに決めていた。
「やってないと思う。」
「そっかぁ…。それじゃあ、五年生でやるんだ…。春花ちゃん?きっと、保健体育の授業受ければ私の言ってる意味分かる筈だから。その時になったら、考えてみて?」
ボクの場合、お兄ちゃんの側にいつも居たいという強い願望がある為、自ら志願して一緒にお風呂に入っている訳で、強制はされてはいないのだ。
「はい。お兄ちゃん、優しいですよ?ボクの身体も洗ってくれるんです!!」
未来のお兄ちゃんの嫁たるもの、これくらいの度胸が据わっていなくては、務まらないだろう。狼狽えている紗英蘭さんに、ボクは屈託のない笑顔を見せながらそう言った。
「そ、そうだよね。真登くんが、妹に酷いことする訳ないもんね。真登くんだもんね。」
何度も自分に言い聞かせるようにして、紗英蘭さんは台所へと戻って行ってしまった。
「あの、さ…?春花ちゃん。」
「何?恵斗くん、どうしたの?」
それまで、畳の上に寝そべっていた恵斗くんは急に起き上がると、ボクのすぐ近くに正座して座り込んだ。
「(俺が、春花ちゃんに…好きって言った事なんだけどさ?)」
「うん。」
するとボクに向かって、ヒソヒソと小声で話をし始めた。
「(真登兄ちゃんには、内緒にして貰えないかな?)」
「うん。」
この時は、恵斗くんが何故こんなことを、ボクに言ってきたのか理解できなかった。
更に、十分後───
「お昼出来たよー?」
──ゴトッ…
──ゴトッ…
そう言いながら紗英蘭さんが台所からやって来た。すると、居間の座卓の上へとお皿が二つ置かれた。
「おお!!チャーハンだ!!俺、母さんのチャーハン大好物なんだよ!!」
目の前のお皿の上の料理を、恵斗くんがチャーハンと呼んだ。実を言うと、ボクはチャーハンをこの時初めて見たのだ。
「うん、良いよね“ちゃーはん”。」
初めて見るのだから味なんて知るわけもなかったが、恵斗くんのテンションの高さを見て、美味しいものだと確信したボクは、咄嗟に話を合わせた。
──ゴトッ…
──カチッ…カチッ…カチッ…
「ほら!!恵斗!!手でつまみ食いしない!!ほんと春花ちゃん、ごめんねー?恵斗お行儀悪くてさ…?」
「だって、母さんのチャーハン美味いんだもん!!」
紗英蘭さんが自分の分のお皿を座卓に置くと、それぞれのお皿の前へとスプーンを置いた。それを尻目に、恵斗くんは手掴みでチャーハンをひと口、ふた口と美味しそうに口に運んでいた。
「それじゃあ、頂きましょうね?」
「いただきます!!」
ボクは手を合わせてそう言うと、すかさずスプーンへと手を伸ばし、お皿の上の黄色いご飯を掬うと口へと入れた。その瞬間、チャーハンの香りや味が、口の中いっぱいに広がった。
「紗英蘭さん!!このチャーハン美味しいです!!」
「だろ?母さんのチャーハンは世界一さ!!」
お世辞ではなく、本当に美味しかった。
「なんか、春花ちゃんに言われると嬉しいな。」
実は、六年後の今でもボクは…紗英蘭さんの手料理を食べに、鈴木家には結構な頻度でお邪魔している。芙由香さんには申し訳ないが、それくらい何でも美味しい。
「そう言えば、春花ちゃんがうち来てるの、家の誰かに連絡した?」
「ボク、“すまほ”持ってないので…。まだ連絡出来てないです。」
居間の柱に掛けられていた時計を見ると、もう十三時近くなっていた。家に帰れば、ボク用にお兄ちゃんが貸してくれたタブレット端末があるので、そこからは連絡が取れるのだが。
「そうだよねー。スマホ持ってるはずないよねー。じゃー、私が真登くんにチャットしとく!!」
やけに嬉しそうな紗英蘭さんが、ポケットからスマホを取り出すと、操作し始めた。
──ピロッ…
「えっと…これで、よし!!真登くんには、『春花ちゃんはうちで預かってまーす。』って連絡しといたからねー?」
「あ、ありがとう…ございます。」
前日まで春休みだった事もあり、お兄ちゃんは出かけていても、ボクがタブレットからチャットするとすぐに返事をくれていた。
「春花ちゃん?落ち着かない様子だけど、どうしたの?」
「お兄ちゃんからの返事が…。」
この日はなかなか返事が帰ってこないことに、ボクは段々と不安になってきてしまっていた。恐らく、お兄ちゃんは授業中でスマホに触れなかっただけなのだが、そこまで理解が及ばなかった。
「ん…?授業中だからじゃないかな?あ、そうだ!!春花ちゃんさー?真登くんの十歳頃の写真見たいー?」
「はい!!見たいです!!」
どんな十歳だったのか、ボクがお兄ちゃんに聞いても、はっきりとは教えてくれなかった。チャットの返事がない事も頭から吹き飛ぶくらい、ボクは紗英蘭さんのスマホの画面へと、次々と表示される少年時代のお兄ちゃんの姿に釘付けになっていた。
更に、五分後───
ひと通り、紗英蘭さんがお兄ちゃんの画像をボクに見せ終わった後、またボクと紗英蘭さんはお昼のチャーハンを食べ始めていた。
「真登くん、可愛かったでしょ?」
ふと思ってしまったのは、どうしてこの頃のお兄ちゃんの画像を、紗英蘭さんが持っているのか?だった。
「紗英蘭さんは、お兄ちゃんとはいつ頃からの付き合いなんですか?」
「やっぱり気になっちゃった?まずはー、春花ちゃんの住んでる家、真登くんがご両親と住んでた家なんだよ?それでー、私も生まれた時から、この家で暮らしてたしね?だからー、近所の可愛い弟みたいな感じだったかな?」
「俺が三歳になった頃から、真登兄ちゃんにはよく遊んで貰ってた!!その頃、母さんまだ二十一歳だったし、昼の仕事してたしね。」
ボクが気になってた事が、一度に知ることが出来た迄は良かった。でも、知ってしまった事で、更に気になる事が出てきてしまった。
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