第9話 残念すぎるキミの一面

 地元の市立賎宮南小学校へと、ボクが編入した初日から非常に濃い内容が続いていた。しかも、教室でボクに『好きだ』と言ってきた男の子の恵斗くんは、母親の紗英蘭さん含めてお兄ちゃんとは幼馴染だったのだ。


 「紗英蘭さん、悪いね?まさか、初日が四時間で給食なしだなんては思わなかったからさ?芙由香さんには、俺が『五時間目まである。』って言っちゃっててさ…。」


 高校の授業を終えたお兄ちゃんが、鈴木家までボクを迎えにやってきていた。幼馴染の紗英蘭さんが『真登くんが、寄り道しないで帰ってくるなんて珍しい!!』と騒いだ程だった。


 「別に良いよ?春花ちゃん、真登くんと同じ、高橋家の子だしね?だから、いつでも春花ちゃん預かるから言ってよ?」


 「ま、真登兄ちゃん…?あ、あのさ…?俺、春花ちゃんのこと、好きなんだ!!」


 お昼の時に、恵斗くんはヒソヒソとボクに対して、お兄ちゃんには内緒にして欲しいって言ってきたばかりだったのに。自分の口から、お兄ちゃんに言いたかったって事だろうか。

 この発言がきっかけで、ボクの同級生という良い立ち位置にいる真登くんの存在は、お兄ちゃんの心配の種となっていく。


 「ま、マジで言ってるのか?春花、こんなぺったんこだぞ?」


 「その言葉、さ…?いくら義兄の真登くんでも、酷いんじゃない?」


 この頃のボクの身体は、本当にどこからどう見ても少年みたいだった。なのでこの髪型はそれを助長していて、少女としては致命的だった。あとは腰の辺りに、女性的なくびれが出来始めていたくらいだろうか。服を脱がないとわからないので、こういう時は役に立たない。


 「いや。そんなのあろうがなかろうがどうでも良い!!俺、どんな春花ちゃんでも、好きだからさ?春花ちゃんは、春花ちゃんだし!!」


 こういう男前なところが、デリカシーのないお兄ちゃんとは大きな違いだ。未だに、ボクが恵斗くんを突き放す気持ちになれない要因の一つだった。


 「よしよし!!流石、私の息子!!本当に、ああいう男に恵斗はなっちゃダメだぞ?」


 「なんか、俺…悪者になってないか?ただ、ありのままの事実、いや現実を…恵斗に教えてやっただけだろ?」


 結構、酷いことを平然と言ってるのを、お兄ちゃんが自覚していないのは事実だ。


 「はぁ…。真登兄ちゃんさ…。そういうとこだよ…?いつになっても、分かってないなぁ…。」


 六歳も年下の幼馴染から、こんな大人なことを言われて呆れられる始末だ。それまでも、色々とお兄ちゃんの発言に呆れさせられてきた事が、何となく目に浮かんだ。


 「昔、から?」


 「うん。その頃は、母さんに言ってたかな…。だからさ?俺も母さんも、春花ちゃんの味方だからね?今度、真登兄ちゃんに酷いこと言われたら、うち来ればいいよ?」


 「芙由香さんもね?怒ってくれるんだけど、イマイチ真登くんには、響いてくれないんだよ。」


 確かにボクの手を強く握ってきた時、芙由香さんは居合わせた女神と叱ってくれた。でも、女神に比べるとイマイチ生ぬるい感じだった。それも要因の一つだろうか。


 「そうだ!!お兄ちゃん?今度、高橋家と鈴木家のみんなに酷いこと言ったりした時は、ボク…恵斗くんとデートするからね?一回する毎に一回。二回続けてしたら、鈴木家にお泊まりするから!!三回続けてした時は、恵斗くんと…何しちゃうか分からないからね?」


 「おお!!俺的には大歓迎だね!!春花ちゃんとデートとか出来るなら、真登兄ちゃんからのモラハラも我慢出来るし!!」


 実際のところ、この六年の間で恵斗くんとは数え切れないほどデートやお泊まり、などなどを繰り返してきている。自分ではダメだと分かっては居るのだろうけれど、一種の精神的な病気なのだと…お兄ちゃんの居ないところで、皆の共通認識となっている。

 未だに、お兄ちゃんは言った後に後悔するを繰り返していた。


 「良いよ?しない自信あるからさ?」


 「なら、ここで念書書いてもらおっか?真登くんに、知らぬ存ぜぬ言わせない為にもさ?」


 自信満々に、紗英蘭さんが手書きで書いた念書にお兄ちゃんはサインして、母印を押したのは、今となっては笑い話になっている。その様子を撮った動画も残されていて、お兄ちゃんはやらかす度に、ボクたちからその確たる証拠を見せられて項垂れている。


 「真登兄ちゃん、悪いけど書くところ撮らせて貰うね?」


 何を隠そう、そんな良い働きをしてくれたのは、恵斗くんの他ならない。それに、いや…この話はまたの機会にすることにしよう。とにかく、この頃のボクは、年齢も違う好対照な二人の男の人から、好意を寄せられる事になったのだ。


 お兄ちゃんはお兄ちゃんで、色々あるみたいだったけど、ボクはそこまで見張るような事はしないと決めていた。


十分後───


 ──ギシッ…ギシッ…

 ──ギュウウウウッ…


 「痛い!!お兄ちゃん…やめて!!」


 念書を書き終わったお兄ちゃんは、ボクの腕を掴むと足早に鈴木家を出て、ボクたちの家まで戻ってきた。

 その勢いのまま、お兄ちゃんは自分の部屋へと入ると、ボクはベッドの上へ突き飛ばされ、お兄ちゃんはボクの上に馬乗りになった。

 すると、ボクの左右の腕をお兄ちゃんはそれぞれの手で力強く握りながら、ベッドへと押さえ付けてきている。


 「春花は、俺より恵斗の方が良いんだよな?」


 「お兄ちゃん、離して!!腕が…痛いよ!!」


 念書を書かせて、三十分も経たないうちの出来事だった。これは本当にダメかもしれないと、この時は正直思った。


 「あ゛あ゛あ゛あ゛!!春花…ダメな義兄でゴメンな?痛かったよな…。本当に悪かった…。」


 ボクのことになると、お兄ちゃんは何かスイッチが入ってしまうようで、必死になりすぎるあまり、気持ちだけが空回りして先走り、結果的に暴走したような行動になってしまう。

 二人きりで居る時は、本当に優しいお兄ちゃんなのだが、他の誰かがボクに好意を向けたりすると、豹変する。

 中学に入った頃そんな話を、望月さんに何気なしに相談した際に言われたのだが、DV《ドメスティックバイオレンス》とはまさにお兄ちゃんみたいな行為を指すらしい。

 この世界に来たばかりのボクは、束縛が強いのかな程度に思っていたが、実際にはかなりのゲス野郎の部類に、残念ながらお兄ちゃんは入るらしい。そんな事も知らないこの頃のボクが一番、幸せだったかもしれない。


 「明日は“どようび”だから…ボク、恵斗くんとデートしてくるね?今から、そのお話してくるね?」


 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 ──ドンッ!!ドンッ!!ドンッ…!ドンッ…!


 まだベッドの上に、ボクは押し倒された状態のままでいた。そんなボクの顔のすぐそばのマットレスを、お兄ちゃんは力一杯何度も殴りつけ始めたのだ。

 ボクが恵斗くんとデートする事が余程、悔しかったのだろうか。でもそれは何でもない、お兄ちゃん自身が蒔いた種なのだ。


 「お兄ちゃん…怖いよ…。そんなにボクのこと、殴りたいの…?」


 念書を書いたその日に、二連続だ。


 「ゴメン!!あ゛あ゛あ゛あ゛!!ダメだ…!!春花の事になると…。」


 「お兄ちゃん?よく考えてね?こんなことばかりしてると、ボク…養子縁組が解消されて、居なくなっちゃうよ?」


 年上として、言うべきことはガツンと言うことに決めた瞬間だった。“災厄”と呼ばれたボクを知る者が、この状況を見たら驚くだろう。若造が自分の都合の良いように、ボクを暴力と恐怖で支配しようとしているのだから。

 養子縁組云々の話は、女神がお兄ちゃんに対して、そんな話をしたのを思い出して引用してみただけだったが。

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