終章 アリシアは……

1. 大罪人

 はい。アリシアです。


 絶賛投獄中です。


 周りを見ればそれなり以上に整った調度品の数々。ベッドにティーテーブルに姿見クローゼットと、ほとんど懐かしき私の自室が再現されておりまして。ついついここが牢の中であるということを忘れてしまいそうですが、顔を上げればすぐにでも立ち塞がる鉄格子が現実に引き戻してくれます。


 自前で淹れました紅茶を一口。カップを傾けて舌の上を転がしつつ、香りを楽しむように鼻から細く息を吸って吐けば。春も本格的に暖かな季節だというのに、ひんやりとどこか重たい空気を感じます。


 それもそのはず。ここは王都の外れ、とある施設の地下深く、とっても深く。土家自慢の魔法にて掘られた脱出不能の地下迷宮。その最深部に位置する重罪人用の牢獄なのですから。


 オリビアやジェムス、革命軍により行われた王都に対する狼藉の数々は、私アリシアの名の下に生誕祭のイベントとして処理されたのですが。それはそれとして本来この世界に災厄をもたらしかねない『異能』を手中に置き、あまつさえ民へ異界の兵器を配布したという事実は、まあ予想通りではあるのですが重く受け止められ。


(まあ姉様控えめに言って国家転覆罪ですよね、アッハッハ!)


 ヤケクソめいた、ユリウスの朗らかな笑い声が目に浮かびます。


 私の嫁入り問題について、国が傾いたら誰が責任取るのかなどとのたまっていましたが、巡り巡って全て自分に返ってきましたね、ええ。


「……牢を出たら、次は断頭台でしょうか」


 ぶるりと、カップを持つ手が震え、慣れ親しんだ笑顔が引きつりました。


 飲んだばかりの紅茶が食道を駆け上がり、口内に溢れます。


 これは胃洗浄でもして気を落ち着けるよりありませんね、と再びカップを傾けていれば、壁に設えられた排気口にも似た、小さな穴から土人形が顔を出しました。よちよち歩く手の平大四足は、この地下大牢獄の収監者へ、自ずから糧食などを配膳するためのもの、なのですが。


「……水晶? 魔力の測定器、ですかねコレ」


 私の足元で止まり、見上げるようなそれの背には手の平大の水晶が乗っており。そういえばコレが全ての始まりでしたねえ、などと苦さ懐かしさを笑みの中に思い出しつつ。


 何とはなしに、手を伸ばしてみれば。


「……きゃっ!?」


 粉々に、弾け飛びました。


 指先が触れた瞬間に、跡形も無く。


 誰も見ていないのに女の子全開な声を上げたことについてはもはや今更過ぎて、ツッコむのは置いておいて何が起きたのか分からず困惑する私に、


「――くん! ユー君――!」

「ね、姉様!?」


 遠く、通路の向こうを駆けてくるユリウス……否、本来の『アリシア姉様』が、隣にカリンを伴って腕を振ります。あれ、そういえば随分とシームレスに切り替えられましたね、と首を傾げる『僕』はさておき、駆け寄る姉様は、


「……オウエッ! おべろろろろろろろろろろろろろろろろろろ」

「姉様――っ!?」


 突然膝から崩れ落ちて、床に手を突きもの凄い勢いで嘔吐しました。


 硬い土と石の通路にぶちまけられる、いと尊き吐瀉物。もしやこれまでの心労が祟り遂に精神崩壊ですか!? と鉄格子を掴んで悲鳴を上げる僕を、姉様は震える手で指差し、


「いや、ちょっと、思った以上にヤバ。濃過ぎて、頭が……!」

においですか!? もしかして臭いのことを言ってますか!?」


 最低限の設備とは言えお風呂は毎日入ってますし着替えもしています! いえあの確かに趣味の長風呂はできていませんが。やはり籠るのが原因でしょうか、などと。ゆっくり上げた右腕の脇の下へ鼻を寄せようとする僕には構わず、


「カリン、やって……!」

「はっ」


 僅かに眉間に皺を寄せ、腰元からレイピアを抜き放つカリンが。


 僕と彼らとを隔てる鉄格子を、一閃にて両断しました。


 ええ……? と呆けるばかりしかできない僕へ、カリンはいつものように隣へ控え。瞬時に立ち直った姉様はぐいと口元を拭い、並ぶ僕らの前に立ちます。


「込み入った話は座ってからにするとして……。うぅわ、粉々になってるじゃん魔水晶」

「ええと。姉様、カリン、コレは一体……?」

「うーん。とりあえず、結論から伝えるとね」


 姉様はニパッと、作り物めいて子供っぽい笑顔で。


 両手を広げ、肩をすくめて。


「ユー君、魔力あるってさ」

「……えっ」


 告げられた言葉を、ゆっくりと噛み砕いて、飲み込んで。


 粉々に砕け散った、魔水晶を見下ろして。


 ようやく意味を理解した僕の叫びは、この空っぽの大迷宮中にも響いていたと思います。






        ◇






「不思議には思ってたんだよねえ、ずっと」


 ティーテーブルの椅子に座る僕と、隣に立つカリン。


 ベッドに後ろ手を突いて腰掛ける姉様は、右手を広げて竦め、


「上位以上の貴族騎士でさえ怯ませる威圧感。王家四皇の魔力をモロに受けて平然としてる精神力。最上位魔法の余波の中でも当たり前のように立ち続けられる頑強さ。仮にも王族だし、血筋や精神性に寄るものかなあ、って納得してたんだけど。

 やっぱりユー君にもあったよねえ、魔力。アッハッハ!」

「いえあの姉様、笑い事では……」


 魔水晶の破片をヤケクソ気味に壁へ叩きつけながら声を上げるアリシア姉様。困惑するばかりの僕へ、代わりに言葉を続けたのはカリンでした。


「正確には、アリ……ユリウス様にあるのは、魔力ではなく『魔法』です」

「はい……?」


 僕、さらに困惑。


 首を左右に捻る僕に、姉様は手をプラプラと振って、


「『魔法』。

 無から魔力を生み出し他者へ供給する、言うなれば『創魔の日』。それが、ユー君の持っていた魔法」

「日……? 火では、無く?」

「どっちも音同じだから分かりにくいねえ。まあそういうこと。ユー君は日魔法で常に大量の魔力を生成し続けるけど、自分の内に留めないから、魔力はいつも空っぽなの」


 それに、と姉様が懐から取り出し、僕に手渡したのは。


 一本の髪の毛。


 薄い、青色に光る。


「私の髪ねソレ。革命騒動で、めっちゃくちゃ疲れてた時の」

「色が。魔力が、底を尽きて……?」

「そ。ユー君と、同じ色」


 ようやく。


 ようやくと、腹の中で、色々なことに合点が行き始めました。


 カリンですら怯む圧。王家四皇を前に平然としていられる図太い精神。魔法騎士の戦闘機動にも耐えられる身体。誰一人いない地下深く閉ざされた牢獄へと隔離されたこと。生誕祭の決戦、姉様自身も困惑した、出所の分からない最後の一撃。やたら手に馴染む魔法具。


 なにより。


 僕が指揮する平民たちが、妙に強力であったこと。


 姉様が埒外の魔力を持って生まれたこと。それに勝るとも劣らない四皇の面々。


 かつての忌みの王。彼に従った者たちも、また例外なくそうであったこと。


 全てが、解けて、繋がるように。


 言葉は、思わずと口を突いて出ていました。


「魔力と魔法の有無は全くの別物で。血筋を問わず平民にも魔力があり、魔法の行使以外の用途にも日常的に利用されている……?」

「自分の才能より先にソコ気付いちゃう? 相変わらずだねえユー君」


 はて? 首を傾げる僕に、姉様は吹き出し。隣のカリンを見上げてみても、鉄面皮に僅かな苦渋を滲ませて、首を横に振るばかりで。


 笑いを収めた姉様は、右足を左の膝に乗せ、その上に頬杖を突いて。


「無尽蔵の魔力生成と、他者への供給。魔法能力の有無を問わず、肉体的な強化まで可能とする魔力の性質。精神的にも兵たちの支柱足り得る、絶対的な信頼を得た類稀なる王」


 姉様は、このハーノイマンの頂点に君臨する、最強の火魔法使いは。


 何の迷いもなく、ゆっくりと僕を、返した右手の指で示し。


「君はこの世界において、紛うことなき最強の魔法使いだよ? ユー君」






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