2. 私は
その先は……申し訳ありませんが、ぼんやりと聞き流していました。
僕の日魔法――創魔の日と、魔力と魔法の関係性については、魔法世界の根底を揺るがすものとして、今は厳重に秘匿されること。ただし、今後の展望も含め、平民向け魔法道具の研究開発は内密に進めていくこと。その責任者に、ジェムスが選ばれたこと。
僕が起こした騒動は、異能の危険性及び有用性を貴族平民へ向けて啓蒙するためのものであったとし、罪に問われることもなく。
(まさしく『魔法革命』だねえ)
ついでに、僕と姉様の決着は、最後の一撃を無粋とみなし保留されたこと。
万全の状態で挑めば姉様に敗北は無いでしょうと、苦笑する僕を、しかし姉様は含みのある笑いで見つめるばかりでした。
「何が何やら、ですねえ」
高く青い空、流れる薄雲の向こうに、日の光を見つめます。
王都の北方郊外を、さらに超えて。山々を背にする見渡す限りの草原を、一陣の風が駆け抜け、思わずと目をつむります。なびいて顔にかかる青髪を、農民の作業衣よりは幾分かマシに見える、平民とそう変わらない、青いワンピースのスカートを抑えます。
「アリシア様」
慮るように隣に立つカリンへ。
『私』……アリシアは大丈夫ですよ、と微笑みます。
「……ええ。私に魔法があるなら女装しなくても良かったのでは、などと微塵も思っていませんともうふふふふあははははオウエッ……!」
「アリシア様!?」
両腕で身体を抱き、プルプルと青い顔で震えながら唐突に込み上がった吐き気を、右手で口を抑えて飲み込む私はアリシア。王家に生まれた一人息子。まるでつわりでも堪えるかのような有り様に、カリンが肩を支えようとしてくれますが大丈夫ですと制して止めました。
何度か深呼吸を繰り返し、何とか平常まで戻した心持ちにて、カリンに向き合い、
「例え魔法があろうと、魔力を作り与えるだけのものですから。……どちらにせよ、私は民の前に立ち、国を守る王にはなれなかったでしょう」
最上位貴族を凌駕しうる肉体を持てど。
騎士に勝るとも劣らぬ戦技を身に着けようと。
魔力を空にしたユリウスを相手に、ようやく互角に渡り合える程度の力しかないのです。
「ならば、民の後ろに控え、その背を支える『姫』の方が、まだ格好がつくというものです」
無駄だった、などとは二度と思いませんとも。
ただ、巡り巡って、やっと収まるべきところへ収まった。
そんな納得とも満足とも、諦観ともつかぬ思いに、折り合いがついたのです。
それに、と。
「アリシア様――!」
遠くから、響く声。
振り向けば、私と同い年の、白いブラウスと黒のコルセットスカートが良く似合う、私よりも少しだけ背の高い
僅かな荷物だけを抱えた彼女は、私とカリンの前で立ち止まると、目を伏せて息を整え。
再び開かれた瞳には、いつかと変わらない、強い意志が宿ります。
「待たせたわね! さあ行きましょうか!」
「はい、ええと、それはいいんですけども。その髪は、一体……?」
「抜けたわ!」
「抜けたんですか!?」
毛根が!? と年若い少女の頭皮を心配しだす私に、しかしオリビアは左手を腰に、肘を張って右手を己の胸に当て、ふふんと鼻を鳴らします。
「異能の使い方にもようやく慣れてきてね! この前はええと何だったかしら……そう! げんしりょく? とかいう無尽蔵にエネルギーを吐き出す動力が取り出せたの!」
「早速私の存在意義がなくなりましたか!? というか本当に大丈夫なんですかソレは!?」
「大丈夫よ! おじい様曰く「爆発したら国が向こう百年は死の大地と化す」らしいから、早々に『あっち側』へ帰ってもらったわ! どこに行ったのか知らないけど!」
「全然大丈夫じゃないじゃないですか! あとどこへ行ったんですかどこへ繋がってるんですかその異能は!?」
「それで翌日の朝起きたら髪が白くなってたの」
「もう「そうですか……」くらいの感想しか言えませんね今の話聞いた後だと」
得意気に胸を張るオリビアに対し、僅かな時間で心底げんなりした私。そっと顔を寄せるカリンが「やはりこの爆弾娘は危険です。斬りますか」などと言いますが、とりあえず私が彼女の信頼を得ている内は大丈夫だと思います。どちらかと言うと厄介ファンの類ですかねコレ。色々な意味で私の両肩に世界の命運が乗ってきて胃が痛みますが。吐きそうです。
私が再び軽く口元を抑えていれば、カリンがさりげなく背中をさすってくれました。それはそうと、オリビアは強気な笑みと共に眉を立てて、
「アリシア様とお揃いでなくなったのは残念だけど、隣に居たら見劣りしてしまうもの。私的には今の髪色の方がありがたいわね! カリン様とも対称になるし!
これから他国へ異能の調査に行くのでしょう? この命、どうとでも使って頂戴!」
「ええと、今更ですけど、本当にいいのですか? 恐らく滅茶苦茶危険ですよ?」
「私以上の危険人物なんて、ハーノイマンには王家四皇くらいしか居ないでしょう? それに、噂によれば異能同士は引かれ合うらしいわ! 良いエサになるかもしれないわね!」
「アリシア様、自覚がある分危険です。やはり斬りましょう」
「カリン様の魔法で私の異能も壊せるでしょう? いざとなったらいつでも斬っていいわ!」
「どうしてこの子は、ここまで覚悟ガンギマリなんでしょうか……」
厄介ファン、どころか狂信者の域へ踏み込んでいる気がしますが。これも私が積み上げてきた功績の賜物と思えば喜ぶべきことなのでしょうか。違うと思います。国民全員を死兵へと駆り立てる王がどこに居ましょうか。ここに居ました。私も大概危険人物です。
今後の身の振り方はより一層改めなければと思いつつ。しかし不思議ですねえ、カリンの月魔法で、あらゆる魔法現象を破壊できるのは既に存じていますが、そこに異能、異界の魔法も含まれるとは。目の前で木っ端微塵になった銃器の姿を思い起こしますが、
「まあ、私の日魔法の影響があるらしいという時点で今更でしたかね……。ただでさえ災厄の力へさらにブースト入れたと思うと胃が捻じ切れますけど」
「いっそ、このまま世界各地の魔法も異能も手中に収めてはいかがでしょうか」
「いいわねソレ! 夢が広がるわ!」
「広がるのは破壊と絶望なんですけどー……」
単独で世界をひっくり返しかねない化け物共を一ヶ所に集めてどうしようというのでしょう。最終戦争か神への反逆か、はたまた空の果てから得体の知れぬナニカが墜ちてくるのでしょうかね。もう何が来ても驚かないような気がします。
先の見えない恐れや不安に、まあとにかくできることをやっていくしかないのだという覚悟は、不幸にもとっくに持ち合わせておりまして。
ほう、と苦笑交じりに諦めの息を落とせば、
「アリシア様」
「アリシア様!」
カリンにオリビア。私と同じく、忌みの名を背負ってきた二人。
されど他の民たちと何ら変わらない、ただ私を信ずる者の声が、届きます。
私よりも数歩前、当然と背中を預け、これから行く道を切り拓かんとするように。
「ええ。それでは、参りましょうか」
手を取り合うように。
共に肩を並べるように。
暖かな日差しに見守られながら、私は、誰かが踏み固めてきたあぜ道を、歩いて行きます。
◇
私はアリシア。
今年で十六歳になったお姫様で、ハーノイマンのやんごとなき王家に生まれた一人息子で。時には農民だったり騎士だったり革命軍だったり、王として相応しい力があるのかないのか。民を守ったり守られたり、国を救ったり滅ぼしかけたりな。もしかしたら世界の命運を握るかもしれない最弱にして最強だとか。
自分でも、時々よく分からなくなる得体の知れないナニモノカですけど。
「私は、アリシア・メル・ハーノイマンです」
今は……それだけで良いのです。
―終―
アリシアくんはお姫様! ~男の娘の偽姫奮闘記、嫁入り騒動を添えて~ ヒセキレイ @hisekirei
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