9. 偽物

「……ご武運を」

「はい。後は、任せてください」

「――は?」


 呆けた息を漏らすユリウスを尻目に、私はカリンをそっと横たえ、立ち上がります。


 右腰のポケットに手を入れ、取り出したのは、細く小さな銀の棒金。


 力を込めれば、先込めの魔力が反応し、瞬時に形を変じます。


 細く鋭い、一振りのレイピアへと。


 柄を握り締める右手を下げ、未だ茫然と立ちすくむユリウスへ向き合えば、


「本気ですか」

「冗談に見えますか?」

「魔法が無ければ、僕に敵うとでも」

「ええ、もちろんです」


 だって。


 私は、芝居がかって、立てた左の人差し指を、口元に当て。


「姉に勝てる弟など、居るはずがありませんから」


 そっと、左目を閉じてみせました。


 ユリウスは……空いている左手で目を覆い、俯きました。


 あー……、あー。あー? などと。


 ロクに意味など持たないうわ言を吐きながら、首を傾げたり、腰を折ったり、天を仰いだりして。最後には脱力した両腕を、だらんと身体の横に垂らして。


「なるほど。なるほどなるほど。あなたはソレを選んだんですね。『アリシア』」

「選ぶも何も、私は初めからこうですよ。『ユリウス』」


 胃の中身を空にするように落とされた、ユリウスの長い息に。


 上げられたおもてには、悪魔にも見紛う、凄絶なる笑み。


「潰しますよ、姉上」

「潰させてもらいますよ、愚弟」


 ユリウスは、前傾に腰を落とし、両手で握る王剣を中段に構え。


 私は、右前の半身に、握るレイピアを顔横に持ち上げ、切っ先を真っ直ぐ突き出して。


 行きます。


 ユリウスの踏み込み。五メートルの距離を一歩で殺す鋭さをもって上段から剣を振り下ろします。脳天へ叩きつけられる剣閃、私はレイピアを回しその側面を打って右へ弾き落としました。紙一重を過ぎ去る斬撃、間髪入れず斜め右下から逆袈裟に振り上げられる刃は、一歩を退きつつレイピアの刀身を流してやはり身体の左側面へ流します。青い枝毛の一房が、切り裂かれて宙を舞いました。


 繰り返します。迫る斬撃に逆らうことなく、絡め捕って放り捨てるように刀身を操る。膂力も重さもユリウスが上。って勝れる道理はなく、ならば守りに専念し刹那の勝機を見出すより他に無い。教えは正しく、脳裏に刻まれ反芻します。


「真似事を――!」


 息継ぎとばかりに叫ぶユリウス。否定する意味などありませんから私は黙って目の前の剣戟に集中するまでです。ただ一歩でも踏み外せば終わる死の舞踏を、背後へ踊り続けます。


「偽って、嘘を吐いて。今度は人真似で満足ですか、姉様!」

「ええ。遺憾ながら、それ以外に無い人生ですので」


 力任せに振るわれる一撃を弾き、反撃の機会を見出すも読み切られていました。流された反動も利用してさらなる速度にて迫る王剣に防御は不可能と判断し大きく一歩を飛び退ります。


 うーん、煽る割には超冷静に対処しますし何より楽しそうなんですよねこの王子様は。やはり脳筋、仮にもハーノイマン魔法貴族の頂点に位置する者でした。


 仕切り直しです。また右の半身にレイピアを高く構え、静かな視線をユリウスへ向けつつ、鼻から短く息を吐きます。呼吸は荒れていません。まだしばらくは続けられそうです。


 視線の先、ユリウスの口の端が、僅かに跳ねました。


 来ます。縦横斜め大振り小振りと迫る剣戟を弾いて弾いて弾きます。連続する硬い金属の擦過音。鈍い長剣と鋭い細剣。進む弟と退く姉。しかしなんでしょうこの違和感。


 思っていたよりも、想定していたよりも、何か。


「……余裕が、ある?」






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