8. 剣となりて
「遅かったじゃありませんか。『姉様』」
「お色直しに時間がかかりまして。『ユリウス』」
行儀悪く、ティーテーブルへと腰掛けていた紅蓮髪の少年、ユリウスは、紅茶を一杯飲み干してから、地面へ足を着けます。次いで、傍らに突き立てた王剣を引き抜き、
「何か気の利いたことでも言おうと思って、色々と考えていたんですが。いざ姉様を前にすると、何も言えなくなってしまいますね」
「もはや言葉は不要、ということでしょう」
道理です、とユリウスは左手で前髪をかき上げ、こちらを見据えます。私と、カリン。青髪を晒そうと、変わらず寄り添う姿に、僅かに口の端を吊り上げ、
「何があったのかは、おおよそ察せられますし。その上でここに居る理由も、分かります」
ゆえに。
「やはり、言葉など意味を成さないのでしょう。全てはこの長きに渡った生誕祭を締め括る、僕と貴女の決着のみにて、語られるべきだ」
右の王剣を、真っ直ぐに突き出します。
私とカリン。
背後、今この瞬間も、魔法や映像の向こうで全てを見届けようとする、民へ向けて。
「僕と姉様の未来、その全てを賭けて」
カリンが、ゆるりと前に出ます。
数歩を踏んで、流れるように抜き放つレイピアを、右手に提げ。
「民の前に立つ
「民の後に立つ
火蓋は。
切って落とされました。
瞬きの刹那、王剣の切っ先に渦を巻く特大の火球。振り下ろされれば大地は燃え盛り、舐めるように走る火炎の津波へカリンは真っ向から駆けます。手にするレイピアを真横一文字、切り払えばそれだけで火の手は消散し、焦げた地面が残るばかりで、
「挨拶は済みましたね。小手調べと行きましょう」
声は、頭上高くから。
見上げるよりも先に、熱を感じました。中空に座する紅蓮の王子、掲げる剣先に集う光は、太陽そのものでした。極限まで加熱された白亜。その色を受けるだけで、大地が燃え盛らんほどの、火王が名に相応しき暴威。
微塵の躊躇もなく、振り下ろされます。迫る極熱に、対するは黒の長髪をなびかせる騎士がただ一人。天を貫くが如き跳躍にて、やはり真っ向から。
貫きます。
振り被るレイピアを突き刺し、払えば太陽は跡形も無く霧散し。
その先に、未だ極光は座していました。
五つ。左腕を高く突き上げるユリウスの頭上に、先ほどよりも一回りも大きく。逆光に陰る笑みは凄絶極まり、ただこの瞬間を心の底から楽しんでいるよう。
墜ちます。大きく左腕を振りかざし、星そのものを引き裂かんとするが如き指先から、放たれる太陽は繊細に無慈悲に宙を舞うカリンへと覆い被さり、
「穿ちます」
左右、引き絞られる両手より背後へ、新たに形作られる鋭い輝きが、五本。
交錯する腕から放たれれば、細くも確かな光芒は、真っ向から迫る太陽を穿ち。
拮抗は、刹那。
解くようにして、掻き消しました。
多重の円を描いて消え逝く光は、花が咲く様にも似て。
幻想たる花弁、その中央に舞う黒の騎士は、変わらず空を見上げます。
――王家に代々受け継がれし刃へ、変わらぬ極光を宿す、火王の姿を。
いえ。それは、今まで見たどの太陽よりも、眩く輝いていました。刀身から溢れるのではなく、収束していく極熱は、先の五つを凝縮した以上の白でもって、世界を引き裂いていきます。ユリウスの見開かれた目、歓喜の絶頂に打ち震える笑みに、流れる汗など瞬きの間に蒸発させ、肺腑まで燃やされるほどの空気を、ありったけに吸い込み。
「焼き尽くせ」
「喰い破れ」
黒の騎士は、鉄面皮の内に奥歯を噛み締め、迎え撃ちました。
王たる剣と捧げし剣が交錯し、衝撃が空を震わせます。余波だけで烈風が巻き起こされ、大地が揺さぶられ。立っていることさえままならない神話の闘争の中にあり、私は膝を突きながらも、ただ目を見開いて。
「――カリン!」
「御意……!」
背後へ引き絞る左手の先、連なる九の閃光。
放たれます。王の剣を受け止め鍔迫り合う戦友を支えるように、重ねて突き立つ刃。その姿に、私は場違いな笑みをこぼしていました。あなたであれば、盾でもなんでも作って、受け止めるなり逸らすことだって出来ようというのに。
「この身は全て、アリシア様へ捧ぐ剣なり……ッ!」
あまりにも、不器用な叫びに。
私はただ、祈り手を合わせました。
その想いが、どうか。天高く輝く太陽さえも、穿てるようにと。
「「おおお――」」
重なる咆哮。
交わる月と太陽は、やがて無数の瞬きとなり、縦横無尽の真円にて駆け巡って。
弾け、ました。
解けて、散らばってゆく光の柱の中で、二つの影が地に降り立ちます。
カリンと、ユリウス。五メートル程度の間合い、互いに呼吸を荒げ、肩で息をしつつも、手にした剣は決して離さず。欠片とて衰えることのない闘志を、瞳に宿して睨み合い。
長く。
長く、息を吐き出したカリンが、膝を突き、前のめりに倒れ伏しました。
「カリン!」
駆け寄り、跪き。細く呼吸を繰り返すばかりのカリンの肩を支えて、抱き上げます。同じく、長い排気の後に呼吸を落ち着けたユリウスが、満身創痍の体ながらもこちらを見下ろして、
「壊魔の月。なるほど確かに凄まじい。……ですが、
さあ。
「これで終わりです姉様。約束通りに――」
「アリシア、様」
続くユリウスの言葉に。
カリンは、焦点の合わない目で、けれど確かに私を見つめて、
「……ご武運を」
「はい。後は、任せてください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます