7. お約束

『――四皇金家、トルニトス・ゴルトラオロン。撃破を確認』


 吸い込んだまま止めた息、顔を上げて目を見開き、口を引き結びました。


 胸の内に弾ける歓喜を、言葉にする間もなく、王都の各地にて立て続く衝撃はまるで祝福の鐘の音にも似て、


『P2より司令。木家、セイル・フォレスブルム、沈黙しました』

『P3、水家マリアン・アクルメリアを確保。作戦E4Aを終了』

『P4、土家トマス・ランディール、無力化に成功しました』


 報告と共に、湧き上がる歓声。


 隣を見れば、カリンは、僅かに緩んだ無表情で、頷き。


「……こちらアリシア。了解しました。皆さん、本当にお疲れ様です。しかし、まだ終わってはいません。各部隊は指揮系統を再確認、速やかに負傷者の救護を行なってください。もちろん、その辺に転がっている貴族たちのことも忘れずに」

『『『了解!』』』


 胸に手を当て、安堵の息を漏らします。顔を上げれば、倒壊した建物の下から、兵たちを抱えた我が近衛の三人が顔を出し、


「結局、大した出番無かったっすね俺ら」

「あちこち駆け回って疲れた~。ねえレンちゃん、スイーツ買って~」

「四皇が相手では僕らも足止めが限界だ。効率的な運用を考えるならコレが最適」


 などと軽口を叩き合う姿に、ほっと胸を撫で下ろせば、こちらに気付いたルーシィが元気に手を振ってくれます。私も小さく手を振り返しつつ、未だもうもうと白煙を上げる水蒸気の爆心地へと、恐る恐る近づき、


「大丈夫ですか、トルニトス」

「……ひめさま」


 バラバラと、破片になって崩れ落ちる全身鎧の中から。


 呻き声を上げる、眠たげな目をした少女へと、手を伸ばしました。


 長い金髪の、小さな女の子です。薄手の白ワンピースに身を包む彼女は、確か今年で十六になった、私と同い年のはずなのですが。ただでさえ大きくはない私より、さらに頭一つ分背が低い少女、トルニトスは、細い身体ながらよいしょよいしょと器用にクレーターを登り、私の手を取ります。一息に引き上げれば、煤けた金髪を猫のようにブルブルと振って、


「かんぱい。やっぱりすごい」

「あなたも凄かったですよ。というか、やっぱりとは何ですかやっぱりとは」

「ひめさま、わからないから、いわない」


 でも、と。


「あおがみ、きれー。にあってる」


 にし、と歯を見せる笑みが、小さな手で私の髪を撫でて、


「ありがとうございます、トルニトス。あなたの髪も綺麗ですよ」

「ありがと。……まりょくからっぽ、つかれた、ねる」


 それだけ告げると、目をこすって大欠伸を一つ。糸の切れた人形のように横になって、眠り始めてしまいました。ふむ、見た目に似合わず豪快ないびきです。


「指揮官、副官。トルニトスをお願いします」

「あっ、はい」


 トルニトスをお姫様抱っこに持ち上げた女官とその副官は「うわめっちゃ軽い。ちっちゃい」「一体どういう構造になっているんだ……」などと呟きつつ、大通りを後にします。手元のパッドに目を落とし、他の三部隊も後始末を始めていることを確認して、


「それでは、参りましょうかカリン。仕上げといきましょう」

「はっ。最後までお供いたします」

『『『アリシア様。ご武運を』』』

「ええ、ありがとうございます。行ってまいります」


 カリンを伴い、王宮の隣、既に更地となった離宮跡へ歩き出します。


 彼の、彼女の待つ、最後の戦場へと。






 ……何故か「尊い、尊み……」などと手を合わせる、兵たちに見送られながら。






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