6. 鬼神・姫神
「S1S2、牽制射撃を開始。五秒後に前方回避、決して後ろには下がらないで。相手はイノシシだと思ってください。退けば必ず轢き殺されます。先ほどと同じように、今」
『『『もう慣れました!』』』
「頼もしいです。以降の囮役は全てS1とS2に任せます」
『酷過ぎる!』
『この鬼――!』
「S5は引き続き後方に位置取り、観測班にてトルニトスの監視を継続してください。決して目を離さないで。あなたたちがP1の目、生命線となります。攻撃班は護衛に集中を」
『護衛っても、余波が来そうだったら抱えて逃げるだけなんですけどね』
『うわあああ見てるだけで寿命が消し飛ぶ――!』
「そう言いつつ一切顔を背けないあなたたちは才能ありますよ。S3S4、遠距離から支援攻撃を継続。狙撃と爆撃を中心に、隙があれば滑腔砲を……あ、S4位置がバレてます」
『退避――!』
五メートル超の鉄柱が直線軌道でかっ飛びその先の高い建物、S4の潜伏地点を粉々に爆砕しましたが、煙の中からクモの子を散らすようにバラバラと影が走っていったので大丈夫でしょう。三名ほどが屋上から飛び降り一人が確実に着地をミスりましたが、他の二人に引きずられて逃げていきます。
戦果が無かったことを見届けるトルニトスは、ゆっくりとS1S2を振り返ります。この間にも絶え間なく鉛弾が叩き込まれているわけですが、もはや蚊に刺された程度にも思っていないようですね。立て続く着弾音は全てが鎧に弾かれるもので、かすり傷一つついていません。右手に提げた得物は時折飛来する手榴弾や砲弾を叩き落とすばかりで、音速を優に超える銃弾の嵐は、豆鉄砲のように真正面から歩いて押し通られています。
「どうやら、愚直に突撃しても躱されるだけと見切られたようです。じっくり、ゆっくり、こちらを追い詰めてすり潰す気ですね」
『『『トマトジュースになる――!』』』
「良くて壁画ではないでしょうか。極めて前衛的な」
『『『猟奇的の間違いだろ!』』』
叫びつつも適切な距離で牽制を続けるS1とS2ですが、敢えて左右へ僅かに振れるトルニトスの歩法と、出足の読み辛い突撃に一人が轢かれて遠く大通りを転がっていきました。
唇を噛みつつ、隣のカリンを見上げれば、首を左右に振られます。どうやら私の指示自体は間違っていませんが、それを実行する兵たちに、迷いを生じさせるトルニトスの戦術が上を行っているようです。カリンは、顎に手を当てて補足します。
「一個小隊をまとめて叩くのではなく、兵の一人に絞って攻撃を仕掛けているようです。アレの威圧をモロに受けては、例え上位貴族であろうと脚が竦むでしょう」
「気絶しないだけよくやっています。少なくとも、被害を一人ずつに抑えているのですから」
しかし、今この瞬間にも、損害は出続けています。
まさしくすり潰し。じりじりと追い詰め逃げ場を失わせ、心を折らせたところで剣を砕く。実に容赦の無い、圧倒的な強者のみに許された、殲滅戦術。
恐らくはソレを最も得意とするトルニトスが、悠然と立ちはだかっているのです。
「歩いているだけで城塞が落ちる。武勇に違わぬ、化け物です」
これは紛れもなく、正真正銘、トルニトスの本気。
そう。
ようやく――本気を引き出した!
「S1からS5、これより作戦をE3GからE4Gへ移行。
ここで決めます。どうか、私に力を貸してください!」
『『『――了解!』』』
ピクリ、と兜を揺らすトルニトスに対し、S1S2は同時に後退を開始します。射撃の手は止めないまま一歩ずつ、大通りを後退るように、リロードに併せて数歩を駆け、即反転して再射撃。分隊ごとに五名ずつの二段撃ちを、背後へ駆けながら絶え間なく繰り返します。
無駄だ、と。そう告げるが如き視線が兜の奥から兵たちを射抜き、銃弾の嵐の中でゆっくりと落とされる腰に、両手の内の鉄塊剣が構えられて、
「S1S2、射撃停止。散開して全速後退!」
トルニトスが持ち上げる視線、銃を抱えて一斉に反転後退する二分隊の向こう側。
大通りに列を成す、残る三分隊による砲撃陣。
「一斉射撃!」
狙撃、爆撃、砲撃。
通りを真っ直ぐに駆け抜ける火砲の先に、佇む巨躯の鎧は格好の的に他なりません。狙いを定める必要さえも無く集中するありったけの火力に、S1S2を打ち払うべく引き絞られた大剣は防御に回され、だからどうしたと言わんばかりに踏み込まれる一歩は、
「歩かせません!」
私の手元、叩かれた指の先で、爆散しました。
宮廷の厨房一つが、丸ごと弾けたかのような轟音、衝撃。巻き上がる炎と黒煙の中で煤に塗れた全身鎧が高く宙を舞い、されど止まりません。空中で無理矢理に姿勢を制御、砕けた大剣の代わりに生み出される鉄柱の如き巨剣がその手に握られ、後方の砲撃陣へ次々に投じられます。兵たちが構える通りの、敢えて左右を挟んで突き立つ鉄柱は、家屋を砕き倒壊させ覆い被さりますが、
「射撃継続!」
『『『クッソこの鬼姫――!』』』
叫びと共に変わらず吐き出される火力は、宙に浮かぶ全身鎧を撃ち抜き続け姿勢を崩させ、反撃の隙も与えず地面へ叩き落としました。
先ほどトルニトスを打ち上げた、爆破陣のド真ん中へと。
「再起爆します! 間髪入れずに火力を集中!」
もう一度画面を叩けば再度の爆破、されど今度はトルニトスを打ち上げることなく地面の底深くへと埋没させます。衝撃に僅かな硬直を得た鎧へ、S1S2からありったけの銃撃爆撃が打ち下ろされ、周囲の景色が歪んで見えるほどの熱量に赤熱する全身鎧は唸りを上げながら腕を地面へ叩きつけ。
瞬間、土壁を穿ち、鉄砲水が噴き出しました。
王都にて、一昔前に使われていた地下水路の跡。
新たな水路が整備されたことで埋め立てられたソレを、今、再び駆け抜ける怒涛の水脈は。
鎧の表面が融解するほどの熱量を叩き込まれた、トルニトスへと覆い被さり。
「耐ショック姿勢――!」
『『『もうとっくに対ショック!』』』
王都が、全域にて震撼するほどの、衝撃。
火王家の爆撃にも等しい威力が、噴煙を巻き上げ地表をめくりあげ、黒い雨を降らします。
未だ揺さぶる地面に、私は手を突きながらも、左耳に意識を集中して。
『S5より、アリシア様』
届く声に、瞳を閉じて、息を呑み。
『――四皇金家、トルニトス・ゴルトラオロン。撃破を確認』
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