5. 本気で

「やはり来てくれましたね。四皇金家、トルニトス・ゴルトラオロン」

「ヒメサマ、ヒサシブリ」


 重たい金属音を響かせ、クレーターの中から立ち上がる大巨躯の全身鎧。


 トルニトスは、兜の内より、部隊後方に立つ私を見据えます。


「セイ、トマ、マリー。マチ、コワセナイ。ホンキ、ダシキレナイ」


 ええ、その通りです。


 四皇クラスの使い手は、誰もが単独で国を墜とせるほどの災害兵器。すなわち彼らの本領は、超広域に対する全面破壊にこそ発揮される。


 ですが。


「オレ、デキナイ。シンパイ、ナイ」


 ゆっくりと横へ伸ばされる、トルニトスの右腕。


 瞬時に生成される、もはや鉄塊と呼ぶべき、大人の身の丈すら超える大剣。


 自重のみで地面へ突き立ち、揺るぎもしないソレに、しかしトルニトスは目を向けず。


 デモ、と。


「ヒメサマト、ホンキデ。――タタカッテミタカッタ」


 力の限り握り締めた両の拳を、胸の前で打ち付けました。


 たった、それだけで。吹き荒ぶ烈風が私たちを襲います。防塁の残骸は跡形も無く飛び散り、歯を食いしばり身体を丸めて耐える兵たち。私を庇って抱き締めるカリンは、油断なくトルニトスを見据える眉間に、僅かな皺を寄せます。


 私は粘る汗を左手で拭い、インカムに添え、パッドを握る右手に力を込め、


「全軍へ通達。これより我らは作戦E1へ移行。各隊目標を『四皇の撃破』と設定し、以後、何が起きようと撤退を許可しません・・・・・・・・・。一部隊の壊滅は、我らの敗北と心得てください」

『『『……了解!』』』


 カリンの腕を離れ、数歩を踏み。


 正面、ゆったりとした動作で片手に大剣を掴み上げる、トルニトスを見据え。


 しかと、我が国の大地を踏みしめ、仁王立ち。


「P1、戦闘開始! 一斉掃射!」

「……オシテ、マイル!」


 叫びが、戦端を切りました。


 連続する射撃音、投げ込まれ爆発する手榴弾の中、トルニトスはただ大剣を一振りしただけで、それだけで十分でした。巻き起こされる威風は弾丸も爆撃もまとめて散らし、されど即座に次弾が迫るその僅かな空隙に、踏み込む具足が地面を割ります。


「P1、分隊単位に散開! S3からS5は全速で回り込んで、S1S2は三秒射撃を継続、のちに前方へ突撃しつつ回避・・・・・・・・・・を! ルートはこちらで……今!」

「「「そんな無茶な――!」」」


 叫ぶ兵たちを真っ向から叩き潰すべく振り下ろされる極厚の大剣。大地を殺しかねない一撃、埒外の破壊と激震が突っ走る大通りを、しかし文字通り死ぬ気で潜り抜けた兵たちは既にトルニトスの背後を遠く駆けており、


「……ムウ、ニゲラレタ」


 爆砕の中心でぼやくトルニトスは、立ったまま動かない私へと、視線を向け、


「ミンナ、ツブス」

「潰してはダメですよー? 原型は残してくださいね?」

『『『命を残してください――!』』』


 下らないやり取りの間にも、大鎧は油断なく踵を返し。その巨体に見合わぬ速度で大通りを駆け抜けていきました。


 その背を見送る私は、一度だけ、唇を噛んで、


「祭りと言えど、仮にも全軍司令がノコノコ出て来たのです。おあいこでしょう」


 舐めた真似をしてくれたのは、お互い様。


 あるいは、実戦でも同じだったのかもしれません。


 彼らにとってはこの程度、挨拶代わりにもならない、好敵手へ払うべき敬意でしかなく。


「さあ、行きましょうカリン」

「はい。アリシア様」


 改めて、自分がどれほどの化け物を相手にしているのかを、胸に刻み。


 カリンと二人、破壊の跡が刻まれた大通りを歩き出します。


 ……先の接触にて、完全に意識を飛ばした指揮官と副官を、カリンが小脇に抱えて。






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