3. オタク君さあ……

 三日後。


 厚い雲が空を覆う曇天の下、私は再び軍勢を率いて、王都中心部へと続く大通りの一つを訪れていました。静寂の中、ただ風が過ぎ去る音ばかりが響きます。


 まさしく、嵐の前の静けさといった具合に。


「アリシア様。お時間です」


 隣、控えるカリンに頷き、私は左の耳元へと手を添えます。耳の穴へはめ込んだ、妙に軽くて丈夫な素材の小さなソレ、インカムと呼ぶそうです、を抑えて、


「こちら第一方面部隊、後方司令部。アリシアです。各員、状況報告を」

『第二方面部隊、準備できています』

『第三第四、同じく』


 向こう側から返る声に頷き、今度は手元、やはり見慣れぬ素材でできた薄板、パッドなるものを軽く叩きます。何かを示すロゴが流れた後に、表示されたのは王都の北方外周から、中央部の王宮までを俯瞰した地図です。外周から中央まで走る四本の大通り、それぞれに『P1~4』で示された五十人規模の集団が全て待機状態にあることを確認し、続けます。


「まずは、お礼を。この度は、私のワガママにお付き合いいただいたこと、こうしてお集まりいただけたこと。心の底から感謝を申し上げます」


 言葉に、応える声は様々で。力強い頷き、苦笑、溜め息、唾を飲む音、しかしそのいずれにも、否定や拒絶の意味は含まれていません。


「開戦まで、残り十分を切りました。最終確認を行ないます」


 そのことに、改めて、私がここに居る意味を定めて。


「各方面、それぞれ指揮官の指示に従い、手筈通りに作戦を進めてください。基本的に、こちらから指示は出しません。指揮権を引き取る想定は三つ。一つ、戦力の二割を損失した場合。二つ、指揮官と副官が共に行動不能となった場合。三つ、対処不能の事態が発生したと判断した場合。その他に異常があった場合は、適宜判断を仰いでください」


 次いで、手元のパッドを操作します。それぞれの『P』を叩けば、さらに小さな十人程度の『S』が五つほど表示され、各々が待機する地点の映像が出力されます。


「事前に説明はしましたが、皆さんの見ている景色は、その眼鏡を通じて、時間差なく各指揮官へ共有されています。各小隊の観測班は、とにかく敵を視界に捉え続けることを意識して。また攻撃班は、攻めることよりもまず観測班を守ることに注力して動いてください。それだけで、指揮官は即座に指示を出せます。口頭での情報共有は、作戦単位の開始と終了報告のみを原則とし、イレギュラーの発生時のみ声を上げてください。速度が、最大の武器となります」


 声の先で、各々が頷く様子が映像を通じて伝わります。


「各部隊指揮官へ。訓練の時間が取れず、一発勝負となりまして申し訳ございません。最も負荷の掛かる立ち位置ですが、気負う必要はありません。あなた方が王都へ侵攻し、また拠点を防衛した時のように、状況を判断し指示を出していただければ問題ありません。ただ情報伝達の速度だけがずば抜けていますので、焦らず、一つ一つ対応をお願いします」

『第一方面、了解です』

『第二方面、了解しました』

『第三第四、同じく』


 数日前、革命軍本拠地にて意見を交わした女官と、司令室にて臥せっていた者たちの声が返ります。僅かな緊張を滲ませながらも、はっきりと。


 私は頷きを返し、そういえば私の姿は向こうに見えてないですね、と苦笑をこぼして、


「こちらは基本的に、全体の戦況を俯瞰しつつ、遊撃隊と補給部隊の運用に注力します。状況は適宜通達しますので、現場にて連携を取ってください。作戦時間は一時間を想定。敵主力、四皇を無力化しつつ、中央離宮跡へ到達。火王ユリウスの撃破をもって作戦成功とします。

 確認は以上です。何か質問は?」


 返る言葉は……ありませんでした。緊張か、あるいは何も思いつかないか。まあ、当然ですよね。ぶっつけ本番、とにかくやってみるしかない状況ですから。


 だから私は、見えないまでも、せめて伝わるようにと柔らかな笑顔を作って、


「大丈夫です。皆さんの背中は、不肖この私、アリシア・メル・ハーノイマンが支えさせていただきます。存分に、思うがままに、魔法貴族に対する雪辱を晴らしてください」


 瞬間――熱を感じました。


 通信の向こう、何気ない息遣いや身じろぎから、痛いほどに。


 そう。この国の民であれば、誰もが常々思っていたのです。魔法を持たない無力な平民でも、何か、彼ら貴族たちの力となれるはずだ、と。


 その意志を、きっと。


 誰よりも向けられてきた、私は。


「見せつけましょう。我ら、魔法を持たぬ者共の、持ち得る力を」

『『『応!』』』


 鐘が、鳴りました。


 遠く、王都の中央から届く重たい響きは、さながら運命を告げる喇叭の如く。


「戦闘を開始します。皆さん、落ち着いて参りましょう」


 揺らぐことなく、王宮へと視線を向け。


 そこに座して待つであろう、最強の敵を、見据えました。






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