8. 嘘を吐いて、偽って

「ええええええええええええええええええええ――ッ!?」

「むしろ、お気づきになりませんでしたか」

「気付きません気付きません無理です無理です無理! え、え、え? 嘘ですよね? 腑抜けた私をぶっ叩いて立ち直らせるための方便ですよね?」

「いえ私は紛うことなき男です。脱いで見せましょうか」

「ごめんなさいカリンが冗談言う訳ないですよねだからベルトに手をかけないで!」


 きゃーっ、と両手で目を覆う私はアリシア・メル・ハーノイマン。今日で十六歳になるお姫様……って思考が退行を始めています数日前の朝にまで! 落ち着きなさい私、とにかく今は一番慣れ親しんだ『アリシア』として振舞うのです!


「分かりました私が悪かったですカリン認めましょうあなたが男性であることを。

 ……それでごめんなさい、その次はなんでしたっけ?」

「レン、ルーシィ、ベルも男です」

「でええええええええええええええええええええ――ッ!?」

「むしろ、お気づきになりませんでしたか」

「気付きません気付きません無理です無理です無理! え、え、え? 嘘ですよね? 錯乱した私をぶん殴って叩き潰すための方便ですよね?」

「いえ連中は紛うことなき男です。脱がして見せましょうか」

「ごめんなさいカリンが冗談言う訳ないですよねだからレイピアに手をかけないで!」


 両手で柄頭を必死に抑え込んで止めます。ハアーッ、ハアーッと荒く肩で息をする中、ふと頭の中に降って湧いた疑問は、


「……レンがルーシィに告白されたと?」

「正確には「私の子を産んで欲しい」です」

「ベルにも告白されたと?」

「正確には「お前を孕ませる」です」


 頭を抱えます。処理容量を遥かに超える過負荷に混濁する脳内で「俺はノンケ俺はノンケ俺はノンケ……」と身体を抱いて震えるレンの姿が蘇りああなるほどと合点が、


「行くわけないでしょうが――っ!」

「アリシア様!?」


 懐から取り出した爆弾を力の限り地面へ叩きつけます。ええ大丈夫です、ピンは抜いていませんので万一にも爆発はしませんとも。爆発してほしかったなとは思いますけど。


 ぜえぜえと荒ぶる息を整え、他人の恋路に口を挟むべきでないなる言い訳にて近衛たちの三角関係を思考から追い出し、改めてカリンへ向き合います。


「取り乱しました。もう大丈夫です。何が来ても受け止められますとも。

 ……それで、次はなんでしたっけ」

「私はお仕えする前より、アリシア様がユリウス様であることを存じています」

「どええええええええええええええええええええ――ッ!?」


 以下略。


 私の下着のサイズを言い当てようとしたカリンの口を両手で塞ぎつつ、またぞろ錯乱する脳が弾き出してきた思考は、


「え、ええと。カリンは、私のことを……?」

「はい。お慕いしております」

「へええええええええええええええええええええ――ッ!?」


 以下略。


 懐からスカートの中からありったけの爆弾煙幕弾閃光弾を叩きつけた私は、ぜえぜえはあはあと荒ぶる息を整え、そんなことを言っている場合ではないと、改めてもう一度カリンへ向き合います、が。


「私は、アリシア様を、お慕いしております」


 顔に昇る熱に、息が止まります。


 膝を立てて跪き、己の胸に右手を添えるカリンの黒い瞳は。


 どこまでも真っ直ぐに、揺らぐ私の瞳を、貫くように見据えて。


「アリシア様と……ユリウス様と初めてお会いしたあの日より。

 この身を生涯捧げるべき御方であると。尽くすべき『我が王』であると、信じております」


 告げられた、想いに。


 息を、呑みました。


「それ、は」


 返すべき言葉も定まらぬ私……『僕』へ、なおもカリンは続けます。


「正直に申しまして、見限られたと思いました。仮にも金の上位貴族家系に生まれながら、中位程度の魔法しか持たぬ己に、相応しい主君は無能の王族、偽りの姫であると」


 ですが。


「一目見て、己の傲慢を恥じました。腹を切って詫びるべきと思いました。

 貴方は紛れもなく、この国の頂点に立つべき王の器と、力を持つ傑物でありました」

「そんな。僕は」

「「共に国のため、民のため。力を尽くしてくれますか」と。そう手を差し伸べていただいた時の歓びは、今でも、この胸に焼き付いております」

「でも、僕の、そんな在り方が、そもそもの間違いで。多くを、傷付けて」

「何を、傷付けたと言うのです。何を、失ったと言うのです」


 失礼、と。


 カリンは一言告げて、僕を横抱きに抱え上げました。


 いわゆる、お姫様抱っこです。


「ひゃあ!? ちょ、ちょっとカリン!?」

「跳びます」

「えっ、ええっ!?」


 咄嗟にカリンの首へしがみつけば、黒の景色が上から下へ。ほどなくして降り立ったのは、拠点のほぼ中心に築かれた、物見棟の屋根上でした。


 ご覧ください、と。促すカリンに、僕は閉じていた目をそっと開けます。昏い藍の下、緑の海に沈む革命軍の本拠地。突貫工事ながら強固に築かれた、城塞。


 その、中に。


 確かに揺らめく、かがり火の明かり。


 そこに集う、我が愛するべき、民たちの姿を。


「……ああ」


 思わずと、息が漏れます。


 そこかしこから上がる、賑やかな声。疲れていても、悔いていても、どこか満たされたような笑みばかりを浮かべる人々。交わされる言葉に、耳を澄ませれば。


「誰もが、此度のアリシア様を。ユリウス様を、讃えております」


 ゆっくりと、隣を見上げます。


 変わらぬ鉄面皮に、どこか柔らかな感情を滲ませたカリンが、小さく頷き、


「結果だけを見れば、確かに、彼らを駆り立てたのはユリウス様に他なりません」


 ですが。


「この革命において、ただ一人でも、僅かな手勢を率いて速やかに王都を脱したこと。辺境にて事態の把握に努め、結果、革命軍への手掛かりを得たこと。拠点を襲撃しながらも、一人たりともの犠牲を出すことなく、降伏を引き出させたこと。

 いえ、それ以前に。生誕祭において、ジェムスの提案に耳を傾けたこと。昔に、オリビア嬢からの揺るぎなき信頼を得ていたこと。それに応えて余りある、王たらんとし続けたこと。

 此度の災厄を、全て未然に防ぎ切っていたのは、他ならぬ貴方なのです」


 こちらを見つめるカリンの瞳に、胸が引き絞られます。僅かに身を捩れば、察しの良い、最も古き我が近衛騎士は、ゆっくりと僕を降ろし、また跪きます。


「私は、貴方様にお仕えするため、性別を偽りました」


 ならば。


「三人の近衛たちも、理由は知らぬまでも、主君のために身分を偽りました」


 ならば。


「私が、ユリウス様をお慕いする想いは、偽りでしょうか。近衛たちが、貴方様のために力を振るうと、立てた誓いは偽りになりますでしょうか。偽りの姫が為、その身を捧げようとした民たちの意志は、無意味なものでしょうか」


 ……ならば。


「ユリウス様が成してきたこと。その全ては、無駄でしたでしょうか」






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