7. 誰が為に

「全部……私のせいではないですか」


 気付いた時には、言葉はもう、溢れ出ていました。


 カリンは、何も答えないのを、良いことに。


「何を呑気に、国のため民のためなどと、駆けまわっていたのでしょう。全部、全部私が悪いのに。あはは、あまりにも滑稽で、いっそ憐れですね」


 男のくせに、女になろうとしたこと。


 姉と弟を入れ替え、王の資格を捨て、姫になろうとしたこと。


 髪を赤く染め、のうのうと暮らして、王族の一人として振舞ったこと。


 何もかもが偽り。嘘で塗り固めた『アリシア・メル・ハーノイマン』という偶像。それでも何とかやってきたつもりでした。何度も砕けそうになる心を繋ぎ止め、この国を、民を守るためと努力を重ねてきたつもりでした。


 それでも。


「王族であるならば、当然の責務です。私の苦しみなど、民には何も関係がありません」


 そうなのです。


 私はただ、普通の王よりも、出だしが遅れていただけで。


 やって当たり前のことを、無駄に苦しみながら、こなしていただけで。


「無能であることだけが、偽りも隠しようもない、真実だったから」


 首元に手を添え、揺れる後ろ髪を握り締めます。その青色を、引き千切らんばかりに。


 視界の端……『ユリウス』としての私と、『アリシア』としての私が、見つめていました。


 ただ無力なだけの『小娘』を、蔑み、憐れむように。


「それでも、無能でしかないことを、良しとはしたくなくて」


 努力して、苦しんで。


 せめて、王族の血に相応しくあらんと。


 心を、身体を、限界以上に砕き続けて。


「少しは出来るようになったのでしょうかなどと、いい気になって」


 そんな在り方そのものが、間違いでした。


 無能の分際で、張り切り過ぎたのです。魔法は使えないから、力で国を民を守れないから、せめて他のことで何かできないものかと、何でもかんでもやろうとして。


 結果が、この様です。過剰な努力が半端な実を結び、民からの信を得て、オリビアやジェムスを革命へと駆り立てた。無能な私を守らんとするがために、彼女らに命を差し出させた。愛すべき民を逆賊へと仕立て上げ、守るべき国を脅かした。


 無能の小娘が、傲慢にも、何もかもを守れる王たらんとしたが為に。


「私がただの、お飾りで居れば」


 ……いえ。


「彼の王のように、潔く王座を降りていれば」


 いえ。


「忌みの青が、ここに居さえしなければ」






 ――生まれたことが、間違いだった。






 そう、悟った瞬間。胸の内で、必死に繋ぎ止めたナニカが、砕けたような気がしました。堰を切ったように溢れる、生温かい雫。嗚咽は奥歯を噛み締めてなお喉から漏れて止まらず、塗り固めてきた嘘も偽りも惨めにボロボロとこぼれ落ちて、


「アリシア様」


 そんな私の、情けなさ全てを見据えるように、カリンは跪きます。


 滲んで歪んだ視界の中、彼女の鉄面皮だけは、僅かにも揺らぐことはなく。


「私は男です」


 ――。


 ……。


 ?


「はい?」

「私は男です、アリシア様」

「……はい」

「他三名の近衛、レン、ルーシィ、ベルも男です」

「あっはい」


 ……。


 ……え?


「また私は、お仕えする前より、アリシア様がユリウス様であることを存じています」

「待って待って待ってタイムタイムタイム」


 咄嗟にカリンへ両手の平を立て、次いでTの字を作り背を向け地面へしゃがみ込みます。


 え、ええと。確か昨日の朝ご飯はハムエッグ……はいダメですねコレ完全に脳が逝ってます。はて私は今まで何を考えて、というか私は今誰なのでしたっけ。縋るように明後日の方を向けば『ユリウス』と『アリシア』がわたわたオロオロと錯乱していてダメみたいですね。


 パン、と両手で己の頬を打ちます。無理矢理思考を停止、頭を空っぽにしましてリジェクト。さらに再起動をかけまして、エラーの発生した処理をイチから対応し直します。こういう時はコレが一番と、十年と少しの姫人生で学んでいますとも。


 まず、第一のタスクから。


 カリン・ニーデルフィアは、男である。


「ええええええええええええええええええええ――ッ!?」






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