6. あなたの為に

 深い緑の底に沈む、山間の夜。


 王都とは違う、最低限の明かりが、昏い藍の空に星々を際立たせます。ほう、と吐き出す息が微かに白んで見えるような気さえする、人工物のまるで無い、剥き出しの土と草木ばかりの肌寒さが、染みるようで。


 革命軍の本拠を出て、少し。取り急ぎに築かれたばかりの真新しい防塁に、私は立っていました。ジェムスとオリビアの話を聞いた後、少し整理したいとの言い訳を置いて、カリンさえその場に残して、一人で歩いてきました。逃げ出すように、とまでは行かなかったのは、本当にちっぽけなプライドで、事実その通りでしかなく。


(――「復讐しろ」と、そんな何者かの意志を感じたわ)


 頭を巡るのは、オリビアの苦渋を噛み締めた表情ばかり。


 無能の王、その末裔。


 忌みの青と、異界の魔法……異能。


 何処いずこかよりもたらされ、この世界に混乱をもたらす、災厄の力。


 ある日唐突に、オリビアの手の内に降って湧いたソレの意味は、あまりにも重たく。けれど彼女は強かったのです。それはもう、本当に。


(私に、王族や貴族に復讐する理由なんて無かったから。確かにこの青髪の忌みは、かつての王が、身勝手な自責から背負ったものだけれど)


 ……いえ。


 オリビアの持つ強さは、彼女に言わせれば。


(それは、彼の王としての強さゆえだもの。私が否定する資格なんてない。ましてや……この色を見てなお、当たり前のように、ただの小娘に手を差し伸べてくれた。

 アリシア様を恨む気持ちなんて、私には、微塵たりともありはしないわ)


 私の。


『アリシア・メル・ハーノイマン』から貰った、強さであったと。


(だからこんな力は、隠すことにした。おじい様にだけ相談して、いずれアリシア様が王となられる時の一助にでもなればいいと、密かに少しずつ技術開発を進めて)


 けれど、直轄領地の貴族へ商談を持ち掛けても、望む反応は得られなかった。どころか他家やより上位への情報共有すらされず、ただ無為な時間だけが流れていく。私の生誕祭が迫っていく。公的に、アリシアの王位継承権が破棄される、その時が。


 まるで、何者かの意志に、阻まれるように。


(このままアリシア様が、誰かに嫁入りしてしまうなんて絶対に許せなかった。私の憧れだけじゃない、確かに王たる器と力を持っていて、ただ魔法が使えないだけで、どうして)


 結局、オリビアたちにできたのは、生誕祭の最中に私へ直接話を持ち掛けることだけ。


 そして、苦渋の決断の末に、私の婚約者が決まる直前に、蜂起した。魔法貴族たちを追い詰め、しかしアリシアに打ち倒されることでその威光を示し、王の資格を得られるよう。


 自分たちの立場、今まで積み上げて来たもの、全てを捨ててでも。


「あはは、は」


 乾いた、小さな笑いが出ます。


 近くには誰も居ません。山風に揺れる木の葉が響きますから、溢れるままにしました。何故でしょう、変に堪えれば、もっと、別のナニカになってこぼれてしまいそうで。


 結局……オリビアたちの『革命』は成功して。


 それはもう、想定外さえも遥かに超えるほどに。


 ハーノイマンの中枢を完全に無力化するという、未曽有の危機をもたらした。


「――ッ!」


 右手を力の限りに握り締めます。


 腕を振り上げ、思い切り食いしばった右頬へ、叩きつけ……られませんでした。


 直前に、手首を、掴み取られました。


「カ、リン」

「アリシア様。……お気づきに、なられませんでしたか」


 僅かに、眉間に皺を寄せる、カリンの瞳。


 揺れる青髪の小娘は、あまりにも、情けなく頬を歪めて。


 そっと離された拳を、下ろして、ただ行き場もなく握り締めます。


「全部……私のせいではないですか」






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