5. 忌みと災厄

 もの凄い剣幕で捲し立てられる謎の筋書きに、思わず一歩退いた私をさらに追い詰めるように、オリビアはツカツカと歩み寄ります。ぐい、と私より目線一つ高い位置から顔を寄せ、


「姫の威光を目の当たりにした貴族平民は考えを改め、次代の王として仰ぐ。多少八百長っぽくても、まだなんとかソレで行けるはずだったのに……っ!」


 それなのに。


「王都の貴族は何故かやったら弱いし、簡単に中央を包囲できるし! まあ、最終的にアリシア様が出てきてくれればと籠城戦に持ち込んだのに、いつまで経っても出てこないし! 挙句の果てにこんな僻地へノコノコ現れて、ものの一時間足らずで本拠地制圧されるし! 確かに凄いけど肝心の貴族も平民も誰一人アリシア様の活躍見てないし!

 もう一体どうしていつもこうなるのよおおおおお――ッ!」

「え、ええええー……」


 わああああ、と遂に両手で顔を覆いしゃがみこんで、声を上げるオリビアに私はただただオロオロするばかり。咄嗟にと、頭に浮かんだのは、


「そ、そのようなことをしなくても。私は仮にもこの国の姫ですよ? 立場なんて……」

「無いようなものでしょう!? なら何故、仮にも王位継承権第二位の姉姫が、始めから『嫁入り』なのよ!? 民衆からの人気はユリウス様にも勝っているのだから、貴女が、王として、民の上に立てばいいじゃない!?」


 オリビアの指摘に、咄嗟に、息が止まりました。


 いえ、しかし。それはただ、仕方の無いことで。


「私が、魔法を使えない、無能だからで……」

「まだそんなことを言っているの!? カリン様!?」

「……差し支えながら、アリシア様。此度の制圧戦、貴女様の指揮が無く、我らだけでは十日掛かっても中央を抑えられたか分かりません。ましてや人命損失無し、敵兵を一人たりとも逃さず、全面降伏させるなど」

「いえ、ですから、それは」

「貴女以外の、この国の、他の誰にも出来っこないわよ!」


 肩が、跳ねます。


 だって、そんな、まるで私が『出来る』みたいな。


 王に、民の上に立つに相応しい、とでも言うような。


「そんな貴女だから、ここまでして……力を、示して欲しかったのに」


 私の、ためだけに。


 今回の革命が、起こされたとでも。


「……やはり、こうなりましたか」


 呆れの響きを含む、ややしゃがれた声。扉へと視線を向ければ、目を伏せたジェムスが、額に軽く手を当てていました。


「オリビア。席に着きなさい。アリシア様に失礼だろう」

「おじい様……」

「え? えっ、と……?」

「名乗りもしませんでしたか、不出来な孫娘でお恥ずかしい。アリシア様の事となると、いつもこの有り様で」


 ジェムスに背を叩かれたオリビアは、目尻を拭い、静々と、改めて私の前に立ちます。


 スカートの裾を持ち上げ、目を伏せて頭を垂れつつ、


「……申し遅れました。私はオリビア・ゲオキル。ジェムス・ゲオキルの、孫娘です。また、此度の革命は『王』として、軍を率いております」


 再び、顔を上げたオリビアの青髪を、ジェムスは柔らかく撫でます。鼻から短く息を吐き、こちらへと向ける目には、覚悟と、諦観とが滲んで。


「私共は、かつて忌みの青と呼ばれ、座を退いた火王の、遠い子孫にあたります」


 自ずと、察しはついていました。


 革命軍が揃って掲げる青の色。地毛を晒した私への、憐憫の目。少数ながら混じっていた魔法の使い手は、恐らく当時の王が血筋によるものでしょう。彼はかつての災厄を退けた後に、民を守れぬ無能の己は王座に相応しくないと、市井に降りて、消えていったのですから。


「アリシア様。貴女様の、青の御髪は、生来のものでお間違いありませんね?」

「……はい。その通りです」


 もはや、隠し立てする意味もありません。


 確信めいて告げられるジェムスの問いに、私は頷きます。


 ですが。


「加えて、もう一つ。オリビア、お見せしなさい」


 その続きまで、察するほどの予知めいた直観を、私は持ち合わせていませんでした。


 オリビアは、胸の前で受け皿を作るように、両手の平を揃えます。そっと伏せられる瞼、僅かに俯く顔は、まるで、どこか遠い場所へと祈りを捧げるように。


「――『偽界錬成イデア・リンク』」


 聞き慣れない、祝詞ことほぎ


 その手に集う、燐光。


 唖然と見つめるばかりの私の前で、徐々に形を成していくソレは、少女の両手の平から少しはみ出る程度の、短筒。大きさに比して重々しい、鈍い黒。


 銃器。


「……アリシア様」


 オリビアの呼びかけに、ハッと顔を上げます。


 悔いるように、畏れるように、私と交わる視線は。


「忌みの青。その言葉を生んだ、根源。かつて、この国を襲った災厄。

『異界の魔法』を、私はこの身に宿しました」






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