一念通天
紫苑はふと目を開けた。眠気でうまく開かない瞼の隙間から見るが、そこは寝る前にいた庭ではなかった。
「う…ん…あれ、ここ…」
寝起きのぼんやりした頭で目を擦りながら上半身を起こして周りを見渡して、やっと自分の部屋だと気がつく。
(いつの間に?昨日寝たのは…外じゃん!母さんに寝かしつけられたんだった!この歳にもなって恥ずかしい…)
紫苑はあまりの恥ずかしさに顔を覆って悶えた。しかししばらくして、今日が山に行く日なのだ、と思い出してがばりと顔を上げた。
「結局方法はなんだよー!」
紫苑は思わず叫んだ。しかし、まだ早朝。すぐに一階から胡桃の、起こったような少し荒々しい足音と、声が聞こえてきた。
「静かにしなさい、紫苑!まだ朝早くでしょう!」
紫苑は思わず苦首をすくめて上半身を仰向けに倒し、二度寝を決め込んだ。
(やっぱ母さんは耳がいいや…じゃない、橡をどうやって呼び戻すのか考えなくちゃ。でもなぁ、俺、なんも知識ないんだよなぁ。)
意気込んだはいいものの、何もわからずに今度は意気消沈してぼふりと布団に顔を沈めた。しかしすぐに、紫苑ははっとして顔を上げた。
(そういや、母さんが昔読み聞かせしてくれた本にそんなのがあった気がする。なんだったっけ?死んだ人をなんかの条件で連れ戻すんだった気がするんだけど…)
再び顔を布団に沈め、うんうんと紫苑は唸った。時々体勢を変えたり、部屋の中を歩き回ったりしてみるが、思考はまとまらない。
「さっさと降りてきなさーい!朝ごはん食べないのー?」
胡桃の声に紫苑はぴくりと反応した。そして悩む様子とは一転、大声を上げながら部屋を出て階段を駆け降りていく。
「食べるー!今行くから待ってー!」
(母さんに聞くって手もありかもな…怪しがられるかな。俺今までそんなの信じてなかったし。)
やはり悩みながらご飯を食べすすめ、紫苑は胡桃に怪しがられていた。もちろん本人はそんなこと知る由もなく、ただただ無言で唸りながら食べていた。
(よし、聞こう!なんか分かるかも…てあれ?どんな話だったっけ?忘れるなんて、俺のばか!他のことを考えてたせいだ!)
結局一人で悶々とし続けている紫苑の姿に、胡桃はとうとう堪えきれなくなってぷっと吹き出した。
「しーちゃん、さっきから百面相して何やってるの…ふふふっ耐えきれないじゃない。」
紫苑は首を傾げた。紫苑には、百面相をしている自覚はなかった。考えに考えていたのだから、仕方がないとも言える。
(あれ、なんだっけ。耐えきれない…?あれ?)
胡桃はやっと笑いを収めると、そうだ、と呟いた。紫苑は思考の海から上がってきて胡桃の話を聞く。
「紫苑。ほら、ちょっと前に綺麗な男の人が来たじゃない。月の君、だったかしら。ともかく、その人が今日山に来てって言ってたわよ。約束なんでしょう?」
紫苑はガタッと音を立てて立ち上がった。胡桃が驚いて目を丸くする。
「紫苑、今日はどうしたの?朝から大声出したり、椅子を倒しかけたりするなんて。大丈夫?」
紫苑ははっとして座り直した。胡桃の胡乱げな視線から逃げるように顔をそらし、手を合わせる。
「ごちそうさま!着替えたら山に行ってくる!」
胡桃はため息をついて逃げるように立ち去った紫苑の後ろ姿を見た。いつの間にか胡桃よりも背が高くなっていた。
「もう、頼ってって昨日言ったのに。」
何も言ってくれないことが母として許せないのか、胡桃は不満げに頬を膨らませた。しかしすぐに普段のように優しく微笑む。
「でも、大きくなったわね、紫苑は。前はあんなに小さくて頼りなかったのに。」
静かに、感傷深く呟く。不思議なことに、紫苑の背中はいつもよりも逞しく、頼もしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます