第4話

指さしたそこへ矢吹は目を通す。



「うん」


一度頷くと「いいんじゃないか」と返ってきた。


「あとは商品に関しても業者と掛け合ってみろ」


矢吹から書類を受け取り「はい!」と返事した。


「冨永」



呼び止められ振り向く。


矢吹は眼鏡を外し「今日は仕事早めに終わりそうだから待ってろ」と誰にも気付かれないように微笑んだ。



付き合って2年間、初めて見る矢吹の表情をたくさん見てきた。


慣れてもいいころなのに全然慣れない。


赤くなった顔を見られないように「はい」と私はそそくさと戻って行った。





「見たよー」


自分のデスクに戻ると、帰る支度をする葵が言った。


「な、なにを?」


嘘を吐くのが下手なのは昔と変わらない。


「一緒に帰ろうとか言われたんでしょ」


「なんでわかったの!?」


「梨華の顔見ればわかるわよ」


苦笑いをする葵が吐息と共に告げた。


「それに課長のあんな顔、梨華にしか見せないしね」


「え!?」


「無愛想な課長が他の人にもあんな表情するわけないじゃん」



無愛想なのは昔と変わらない。


でも今は少し柔らかくなったと思う。


「大事にされてんじゃん」



さっきの私の不安を取り払うように葵は言った。


カバンを肩に掛け「じゃぁ先帰るね」と片手を挙げて、葵は去って行った。




いつか矢吹が私の実家に「挨拶しに行く」と言ってくれた。


それは結婚の意味なのか、ただの挨拶なのか、わからない。


私も矢吹も最近までは仕事でバタバタしていて、それどころではなかった。


実家にも中々帰れていない。


周りの友達も段々と結婚していって、それに付き合ってもう2年も経つ。


結婚と言う言葉に過剰に反応してしまう。

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