十六話

 少し話をして、話が終わり。

 そして、一旦息を吐いて現状をまとめる。


「とりあえず、ここは地下下水道よ。貯水槽の何処かに空間を作っているらしいわね、気高くて汚れるのを嫌う吸血鬼にしては珍しい話かしら?」

「何でそう思うんですか? 根拠とかあれば……」

「簡単よ、小型通信機が電波を拾ってないわ。つまり電波がとどかない場所であるここは地下に違いない、他にも微かに水の音が聞こえるわ」

「なるほど……」


 伊勢さんの話を聞いて耳を澄ましてみる、確かに水が流れる音などが聞こえた気がした。

 確かに、彼女のいう通りここは地下だろう。

 水の流れが明確にある、その流れも僕らの頭上だ。


 水流を把握した僕は、次に鉄格子の硬度を確かめた。

 硬い、スキルヴィングなしでこれを破壊するのは困難だろう。

 流石に鉄だ、そう簡単に破壊できるわけがない。


「バカ、そっちじゃないわ。上のコンクリを破壊するのよ、真琴」

「わかってます、一応の確認ですよ」

「ソレなら構わないわ、だけどまだ破壊はしないでね。抜けても、武装がない」

「それに、近くに見張の魔徒もいるみたいですし」


 鋭敏となった聴覚は正確に存在の足音を捉えた、おおよそ10体前後の魔徒が周囲を歩いている。

 死角となっていてその姿を捉えることは困難だ、だが動きはおおよそでも理解できた。

 今抜ければ、ただの自殺でしかない。


「幸運にも第三支部には『嘆きの破壊』がいるし、本庁には『美しき御剣』が滞在しているはず。『特異戦力ネームド』が二人もいれば、吸血鬼の一人ぐらいならどうにかなるわ」

「『特異戦力ネームド』? ソレはあの、クラートの本部に認められた最高位の戦力ですよね? 名前は知っていますけど詳しい話は僕も知らないんです」

「バカぁ!? ソレぐらい把握して起きなさいよ、バカ!! 小鳥遊のバカも説明してなかったの!!」

「小鳥遊さんは……、最近忙しそうで全然顔を合わせてませんでした……」


 僕の言葉に呆れを吐く伊勢さんは、そのまま肩を落とすと息を吐く。

 そして説明するため言葉を纏めつつ、伊勢さんは体を解す。

 僕も彼女に習い、柔軟を始めた。


「個々人の名前や特徴までいう暇はないから軽く説明するわ、簡単に言えば『特異戦力ネームド』はを指すのよ。その力は大小あれど、私たちと比較にならない出力を誇るわ」

「なるほど……、総数は何人いるんですか?」

「知らない、ただクラート全員の1%未満と言われてるわ。特に有名なのは『美しき御剣』や『虚たる牧師』、『笑いの英雄』とか? 最年少って意味では『嘆きの破壊』も該当するわね」

「なるほど? 何となくわかりました」


 体がバキバキという感覚に襲われつつも、解れていく。

 同時に体温が上昇し、心臓が早鐘を打つ。

 鼓動は蒸気を発させ、蒸気は周囲に熱を伝播し。

 伝播された熱は、より体温を高めていく。


 ベストコンディション、と言われればそうじゃないだろう。

 だけど、本能が叫んでいる。

 これ以上なく戦えると、あんな見窄らしい真似は二度としないと。


「取り敢えず当面の目的はここからの脱出よ、あんたは一度外に出てるのよね? さっきの話では」

「はい……」

「こうして舞い戻ってきたのはダメだけど、その蛮勇は評価するわ。命もあるのだし、次に繋げなさい。バカだけど、あんたは愚かでもないし無知蒙昧でもないでしょ?」


 期待されている、僕はそう思い意気込んだ。

 同時に、何をすべきか何をすればいいかを考え始める。


 上に抜けるには下水道を歩かなきゃいけない、そして下水道には大量の魔徒と吸血鬼がいるだろう。

 戦えば、負ける。

 二度目はない、奇跡は二度も起こせない。


「頑張ります」

「そうね、頑張りなさい」


 伊勢さんが言葉を放ち、立ち上がった。

 僕も慌てて耳を澄ます、足音が少ない。

 どうやら入れ替わりか、もしくは別のトラブルか。

 何らかの原因で、数が一気に少なくなったらしい。


「魔徒を生身で制圧するのは困難よ、血液による強化もスキルヴィングの補助なしでは大した強化倍率にはならないわ。だから最初に行うべきことは、スキルヴィングの奪還ね」

「見当はついてるんですか?」

「全く、けど地下の大きさや形状は全部暗記してるわ。隠すにしても、保管するにしても定石がある。私に任せなさい、そう言う事は」


 伊勢さんが自信満々に言うと、そのまま鉄格子を掴んだ。

 そして飛び上がり、一気に地面を蹴り付けた。


 クラートに所属する人間は、魔徒と戦うために人外のような技術や身体能力をもつ。

 その中の一つとして、『血液性身体強化術ナウディスマンナズ』という技術が存在している。


 スキルヴィングを用いて行う身体強化にして、スキルヴィング無しでも行える身体強化。

 鍛え抜けば鉄塊を握り潰し、数トンの物さえ持ち上げるとも言われる技術だ。

 基本的に人口血液を用いて自己を強化するのだが、やろうと思えば自分の血液でも行える。

 

「うん、この程度のコンクリートぐらいなら破壊は容易いわね」

「人間の言葉じゃないですね……、伊勢さん」

「人間じゃないモノと戦うために鍛えてるのよ、人間の範疇の力じゃ魔徒は倒せないわ」

「確かに、ソレもそうですね」


 僕も彼女の言葉を肯定しながらコンクリートを破壊する、同時に上下の接続部分も力技で壊した。

 外れた鉄格子を片手に持ち、視界に入った魔徒を見る。

 相手は三体、こちらは二人。

 伊勢さんは赤髪を軽くかき分けると、彼女も外した鉄棒を握りしめた。


「武装としては不安しかないけど、どうにかするしか無いわね」


 滑るように、一瞬で距離を詰めると飛び蹴りを喰らわす。

 そのまま頭部に鉄棒を突き刺し、一気に抜く。


 鉄棒の長さはおよそ1.8メートル、武装として用いるには少々以上に長すぎる。

 だがその棒を巧みに操り、一体目を撃破した。


 僕も惚けていられない、棒を地面と水平になるように構え一気に突進する。

 男性にしては体重も身長もない僕だが、ソレでも身体強化を行えばコンクリートを破壊するほどの力を獲得できる。

 言い換えれば、こんな弱い僕ですら乗用車が時速30キロで激突するだけのパワーを発揮できるのだ。


 心臓、より厳密に言えば心臓周辺の肋骨に鉄棒を叩き込む。

 破壊音、同時に鉄棒が魔徒へと突き刺さった。

 即座に手を離し、僕は地面を蹴る。

 速度とは力、力とは破壊力。

 地面を蹴ったことで加速した僕の、全体重を掛けた拳は一気に魔徒の顔面に突き刺さった。


「油断するんじゃないわよ、バカっ!!」


 僕の体が浮いた、伊勢さんが僕の腹部に蹴りを入れて弾いたのだ。

 同時に、僕の横にあった壁が砕ける。


 魔徒が拳を握って、僕を殴ろうとしていたのだ。


 口の中に血の味が滲む、どうやら蹴られた時に口を切ったらしい。

 広がる鉄錆の味に吐き気を催しながら、前を見た。


 伊勢さんが僕を蹴った直後、もう一方の足で魔徒の首を蹴って。

 そのまま地面に両手をつき、体のバネを用いて一気に体を弾いた。

 顎を弾かれ、壁に叩きつけられる魔徒。

 半埋まるように突き刺さった魔徒へ、伊勢さんは拳を叩き込む。

 そのまま胸骨を粉砕し、内臓へと手を潜らせると適当な臓器を引き抜いた。


「よし、ここまですれば死んだでしょ」

「う、うぇっ……」

「さっさと吐きなさい、血は飲み込むこと。体外に出せば勿体無いわ、可能な限り体内にとどめて置きなさい」

「もう少し、こうマシな倒し方はなかったんですか……?」


 僕の言葉に首を振り、否定する伊勢さん。

 僕は諦めて、血液を飲み込み吐き気を堪えたのだった。

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