十五話

 まず最初に言おう、下水道に入れたのは偶然だった。

 全てのマンホールは封鎖され、解放されている場所には人が多く存在する。

 だから、僕が下水道に入れたのは幸運だった。


「まさか、ここまで出力が出るなんて」


 『使い古された切り札クラシックジョーカー』に僕の血液と人工血液が溜まっていたらしい、封鎖されたマンホールを上から銃撃にて撃ち抜いた。

 血液を弾丸とし、血液を火薬として打ち出される弾丸。

 このスキルヴィングには、その機能が搭載されている。


「マンホールみたいな鉄板も打ち抜けるとは……、凄い……」


 『使い古された切り札クラシックジョーカー』、その弾丸の威力は一センチメートルの鉄板を打ち抜ければいい方だったはずだ。

 だが、今は2センチ近くはあるマンホールを軽く貫通している。

 凄い、これが魔徒と戦うための武装の力。


「ちょっと怖くもある……、な」


 呑気に感じるかもしれないが、心中は穏やかでない。

 マンホールの蓋を退け、そのまま中に体を投げ入れる。

 中は腐った雨水が溜まっていた、水飛沫を上げて僕はその中央で佇む。


 視界が明瞭だ、暗いはずなのに嫌にハッキリと見える。

 心臓の内から、沸騰するように力が湧き上がってきた。


 音が聞こえた、即座にスキルヴィングを向ける。

 そこには、人影があった。

 人型の存在がいた、人型の何かがあって。

 つまりそれは、魔徒だ。


「ガァ……」


 音が聞こえた瞬間に、引き金をひく。

 アッサリと頭部が破裂し、死んだ。


 同時に、数え切れないほどの足音が響いてくる。

 総数は、128体。

 スキルヴィングに装填された血液では、ソレら全てを殺し切ることはできないだろう。

 なら僕がすべきことは、逃げることだ。


 水の中を走る、感覚で正解の通路を理解できた。


 水中の中に、魔徒がいる。

 感知した瞬間に、僕はトリガーを引いた。

 照準は必要ない、

 目で見えている、そこにいるのを知っている。

 なら、僕の弾丸が当たらないはずがない。


「にしても、こうも多いと……!!」


 逃走開始から、早くも十分。

 銃に装填されていた血液が半分以上も消失した、言い換えればそれだけ消費したのだ。

 残弾数は増やせない、腰に付けていたはずのボトルはない。

 もしも残弾数を増やしたいのならば、僕自身を打ち抜き血液を補充する必要がある。

 ソレは最終手段だ、そして同時に必要ならば躊躇いなくやるべきだろう。


「大変、と言いたいのですか?」


 目の前に現れた吸血鬼を見て、僕は銃を向けた。

 吸血鬼は、和かに笑いながらコチラを見ている。

 一瞬の緊張が流れ、だが吸血鬼の口が緩んだ。


「再度言いましょう、貴方とは戦いたくない」

「要求だ、伊勢さんを返せ」


 余裕綽々と近づいてくる吸血鬼を前にして、僕は容赦なく引き金をひく。

 そこにあったのは意思ではなく殺意であり、意思だった。

 血液が収束する、二重螺旋を幻視させ相手の急所へと一直線に向かう。

 殺意だった、殺してでも救うという意思があった。


 だから、ソレを切り裂かれた時。

 僕は、ビックリした。


「再度、再度言いましょう。ここで戦えば、双方に被害が多すぎる」

「『愚かなエセル・

「では、対抗しましょう」

驢馬トラグト』」


 その一撃を、即死の一撃を避けれたのは幸運だった。

 確実に死ぬと思えた一撃は、偶然にも指がかかった拳銃によって軌道を逸らされる。

 僕は、幸運にも助かった。


 同時に、体に。

 全身に衝撃が巡る、動けない。

 即死しなかった、幸運な結果に収まった。

 それで、初めて致命傷なのだ。


 勝てない、勝てないという弱気な思考が頭を巡る。

 このままでは勝てない、如何足掻いても勝てない。

 弱気な思考が、僕を突き動かす。


「……、気絶で収めます」

「させるかッ!!!」


 引き金を、引く。

 引いて引いて、引き続ける。

 弾丸を放ち、弾丸によって傷を付け。

 だがソレは成されず、周囲に血痕が残るだけだ。


 そして、ソレも途中で終わる。


 弾丸、すなわち血液が不足した。

 これ以上の戦闘行為は、不可能だ。

 血液が武装に装填されていないという事はすなわち、もはや僕に攻撃手段がないことを示す。

 戦えない、如何しようもない敗北だ。


「万策尽きた、そんな顔です。大人しく、投降するのなら」

「そう見えるのなら、その目は節穴だ」


 だからって、大人しく負けるわわけには行かない。

 ここで敗北を認めれば、このまま敗北を認めれば。

 如何足掻いても、伊勢さんを助けられない。


 秘策はある、策とも言えない策が。


 僕は、銃口を手のひらに押し付けた。

 残弾はない、だが空撃ちでも手のひらを吹き飛ばす程度の火力はある。

 そうして、血液を吸収すれば残弾に。

 残弾に、できるだろう。


「僕は、まだ負けていない」


 敗北を認めない、認められない。

 ここで逃げれるものか、逃げられるものか。

 逃げて、堪るか。


 意地だった、無駄な意地だ。

 だけど、僕は意地を張った。

 正しさなんか考えもしない、無駄かもしれない意地を張った。


 だから、もしくは何故か。

 次の瞬間、僕の意識は消えて。

 目覚めると、僕は牢屋の中にいた。


===


 時間感覚がない、何時間経過したのかわからない。

 腰に手を伸ばす、だが何もなかった。

 僕のスキルヴィング、『使い古された切り札クラシックジョーカー』がない。

 当然だ、僕が彼らなら武器の携帯を許すはずがないのだ。


 周囲を見る、中には簡易的なトイレと鉄格子。

 他には特筆すべきものもなく、また拘束もされていないらしい。

 頑張れば出られるか、そんな思考を巡らせていると。


「あんた、馬鹿なの?」


 声が、聞こえた。


 僕は、振り向く。

 僕が囚われている牢屋の正面、そこに伊勢さんは囚われていた。

 弱々しい、だがソレでも気丈に目をむけ。

 痛々しい様子ながら、無理に立ち上がろうとしている。

 僕はそんな彼女を見て、再度自分の無力を痛感した。


「す、すいません」

「ううん、違う。ごめん、言葉が違った。私がいうべき言葉は……、うん。よく頑張ったね、柊 真琴」


 その言葉を、僕は聞いて。

 僕は、余計虚しくなった。


 頑張ってなどいない、勝てていない。

 むしろ、負けた。

 理屈も道理もわからないまま、成す術なく負けたのだ。


「僕は……、そんな……」

「あの後に何があったのか、私は知らないわ。けど、貴方は吸血鬼に出会ったのでしょ? その上で生き残っている。よく頑張っているわ、間違いなく」

「けど……」

「もしソレを否定しても、私はあんたを肯定するわ」


 嬉しかった、というより。

 申し訳なかった、彼女に対して。

 僕は、何もできない愚かな僕は。

 結局、何も成せないままにこうして囚われているのだから。

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