十七話
牢屋から出れば、そこは広い空間だった。
目線の先には、数多くの魔徒が動き作業をしている。
伊勢さんはソレをチラリと見て、眉を顰めていた。
「ダメ、規模が予想以上すぎる。あの中心部にスキルヴィングがないことを祈るしかないわね、本当に」
「何人ぐらいいるんだろう……?」
「見える範囲で50体以上ね、どうやってここまでのコロニーを形成したの? 吸血鬼がいるからといっても流石に多すぎるわ……」
伊勢さんが、疑問の声を漏らす。
確かにおかしな話だ、魔徒がここまでの巨大コロニーを形成する事はあり得ない。
魔徒、一見すれば人の姿に酷似した怪物。
生物系統不明、判明している事は突如現れ人を喰らい超人的な力を振るう事。
そのくせ人間が居なければ共食いを始め、互いに殺し合う。
吸血鬼はソレを統制することがあるらしいが、ソレでも100体以上のコロニーを製作するのは稀だ。
「まず間違いなく戦えば死ぬわね、スキルヴィングなしでは魔徒と戦っても負けるだけだわ」
「豪快に内臓を引き抜いた人の言葉ですか……? それは」
「ソレはソレよ、原則的な話ってわけ」
伊勢さんはそういうと、迷いなく下水道の中へ入っていく。
入った下水道は水が張られておらず、今は使われていないらしい。
そこを歩きながら、伊勢さんは話を始める。
「地上の完全封鎖が行われたのよね? ソレならマンホールを伝っても意味がないわ。もしも入りたいのならあんたが入ってきた場所か、もしくは封鎖されていない場所へ行く以外に方法がないわね」
「流石に場所を覚えてませんよ? 気絶させられて、ソレで連れてこられたし」
「安心しなさい、最初から期待してないわよ。気絶したのなら脳内で地図を描くこともできないわ、当然帰れるはずもないわね」
少しムッとしたが、実際に帰れるわけでもないので黙る。
鉄格子の鉄棒はもうすでに持ち歩いてない、大きすぎて下水道の中では使いづいのだ。
なので僕らに武器はない、武器と言えるものは己の拳だけだ。
僕は拳を握りながら、伊勢さんの後ろについていく。
「なるほど? そういう感じか、警戒網はそう綿密に編まれていないわね。隣町まで向かえば逃げ切れるかしら……、いや普通に隔壁封鎖されてるか」
「結局スキルヴィングを回収するしかないですね、隔壁を破壊するのならこの程度の強化じゃどうしようもないですし」
「スキルヴィングがあれば一瞬で切断できるけどね、ホントに」
そう言いながら伊勢さんは靴底をコンコンと地面に叩きつけ、ナイフを取り出した。
見てみると基本的な折り畳み式アーミーナイフのようだ、残念ながらスキルヴィングではないらしい。
一つを手に取り、もう一つを投げ渡す。
そのまま伊勢さんはベルトに付けていた紐をとって、ナイフに括り付けた。
「狙うべき場所は脛骨よ、つまり首ね。魔徒は人間と似た身体構造をしているから脛骨の神経を断裂させればしばらくは動けなくなる、まぁ難しいでしょうし余裕があればって感じね」
「了解です、できるだけ頑張りますね」
「変に意識しなくていいわよ、異形型に出会えばこんな知識なんて役立たないし?」
ヒュンヒュンと紐に括ったナイフを振り回し、調子を確認している。
ここは伊勢さん曰く、比較的安全地帯らしい。
なんでも警戒するには少し面倒で、潜伏するには敵拠点に近い位置とのことだ。
相当なことをしない限り、見つからないらしい。
「最も相手もバカじゃないわ、時間をかければ即座にバレる。手早く今後の動きを支持するわ、いいわね?」
「はい、もちろん」
「いい返事、じゃぁまずここら辺の簡易的な地図を書くわ」
地面をナイフで傷つける、コンクリートが削れ白い線が引かれた。
そのまま大きな四角を一つ、そこに繋がるように大きな線を三つほど。
大きな線に繋がるように細かい線を無数に描き、そして最後に一箇所に丸を付けた。
「ここ、この円が現在地。そしてスキルヴィングが保管されている可能性が高いのは……、こことここ。ソレにここね、この三か所の何処かに保管されてるわ」
「根拠は?」
「私ならそうする、その行動を看破されててもね。これだけの戦力があるのなら、下手に機密的に保持するのではなく敢えて取りやすくここに置くわ」
よく判らないので、簡単に言い換えてもらうと。
下手に隠すよりも、ある程度取りやすい位置においた方がメリットが大きいらしい。
相手に塩を贈ってるのでは? と僕は思ったが、口に出さないのが賢明だろう。
「基本的に
「体力、あとは数の暴力に晒されませんか?」
「だから
殺意が高い、流石に僕は武器を持たずにそんな思考はできない。
三体相手でもギリギリだった、今からはそれ以上の数を相手にしなければならな句なる。
ダメだ、体が震える。
ナイフを持つ手が、震えている。
「安心しなさい、あんたには私が付いてるわ」
「……、普通なら逆なんですけどね」
「何を言ってるんだか、ソレならもっと強くなってから言いなさい。弱いくせに見栄を張ろうとするんじゃないわよ、バカ」
そう言って、地面に描いた図を消すと伊勢さんはナイフを持った。
息を吐いている、緊張しているらしい。
だがそのまま頬を叩いて、気合を入れていた。
数分後、無言で下水道を走る。
足音は抑えていても空洞に反響し、だがそのおかげで居場所はバレづらい。
同時に僕らも相手の居場所を特定しづらいが、条件は同じだ。
走るように下水道を進む、すれば目線の先で数人の魔徒がいるのを確認した。
「遅れるんじゃないわよ!!」
伊勢さんが言葉を発する、そして一気に身体を強化した。
コンクリートでできた地面にひび割れが入り、天井にその長髪を掠めながら迫る。
勢いを殺さず飛び蹴りを放ち、地面に組み伏せればそのまま首を足で踏み砕いた。
遅れて僕も横に並ぶ、彼女ほどスタイリッシュに動けないので魔徒の一体の顎に拳を叩き込み天井に突き刺すように力を込めた。
天井に叩きつけられ、変形する頭部。
ソレでもなお、動こうとする魔徒。
まるでお伽話の怪物、化け物だ。
だけど、これは現実であり僕は英雄ではない。
足に力を込め、全力でその体を蹴り飛ばす。
幸運にも、飛び掛かろうとしていた魔徒の一体へと的中し2体まとめて地面に転がる。
そこに伊勢さんがナイフを投げ、紐を巧みに操作して2体の体を締め上げた。
一気に紐を引っ張り、地面に引きずり倒す。
そして一気に首を締め上げながら、頭部に拳を叩き込み破壊。
残る一体を見て、さらに拳を構える。
一拍、次に襲いかかっていたのは衝撃だった。
顔面を歪め粉砕するかの如き、美脚の一撃。
壁に叩きつけられ、瓦礫の中で土煙を上げる魔徒。
衝撃は僕にまで伝わり、体が震える。
これがクラートの隊員の、実力なのだ。
「流石……」
「全員死んでるわね? OK、先を急ぐわよ」
それだけの掛け合い、それだけしか言葉を掛け合わず先へ先へと進む。
さらに通路を進めばまた魔徒がいる、先ほどの騒ぎで動き出しているらしい。
だが居場所を正確には捉えられていないようで、僕たちの姿を探していた。
伊勢さんは音なくナイフを投擲し、一体を沈めれば紐を思いっきり引っ張り回収。
こちらへ向かってくる残り2体のうち、片方を僕に任せ迫る。
僕も負けじと足を進め、ナイフを構える。
迫る魔徒、僕は姿勢を低くし足を狙って回し蹴りを。
そのまま柔道のように、相手の服を掴むと背中に相手の重心を乗せてから片手で一気に地面に叩きつける。
叩きつけられた魔徒は衝撃で動けない、だから首にナイフを深く突き立てた。
動きが止まる、どうやら死んだらしい。
「もうすぐよ、ただ気は抜かないことね」
伊勢さんの言葉を胸に、僕は道を颯爽と駆け抜け。
そのさきで、光り輝く部屋を見た。
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