十二話
伊勢さんの槍から炎が湧き出ている、同時に赤の閃光が舞い魔徒が振りかぶっていた腕を切り裂いた。
切断した、その一撃で。
即座に炎を消し、追撃を行う伊勢さん。
僕も銃を構え、迎撃しようと試みる。
だが、出来ない。
「強いわね? 何人食い殺したのよ!?」
伊勢さんが追撃を放とうとした瞬間に、その脇を掠め僕へと向かってきたのだ。
恐ろしい速度だ、普通の人間では反応できない。
僕だって、反応できない。
腹部を鉄塊で殴られたような衝撃が走った、同時に地面から足が離れ壁に叩きつけられる。
痛い、痛くて痛くて吐き気もする。
手からスキルヴィングが離れた、魔徒が追撃を行うように残った腕で僕の胸に拳を叩き込もうとして。
伊勢さんはその狙いを看破し、魔徒の頭部に槍を突き刺した。
「巫山戯んじゃないわよ、魔徒風情がッ!!」
槍に炎が発生する、そのまま槍は下に向かって振るわれた。
頭から、股まで一気に両断する。
血が流れている、僕の顔にも付着している。
赤い、血だ。
血は、赤いんだ。
僕と同じで、血は赤いんだ。
その事実を嫌でも理解した、同時にコレは戦いであると理解する。
嫌でも、理解できる。
二度目だ、こんな風に死にかけるのは。
二度目なのだ、ソレでもこんな風にしか動けない。
「……、ダメね。予想以上に強いわ、しかもこの強さならコロニーも作ってるわね? 参った」
少しだけ、何かを考える様子で怯えた僕に目線を合わせる。
僕は、立ちあがろうとして。
だけど、足が震えて上手く立てない。
「戦闘続行を不可能と見做すわ、このままだと死体が二つになりかねない……。本来なら褒められるべきじゃないんだけど……、少し痛いわよ?」
ヒュン、風切り音と共に右腕が痛くなった。
右腕を見る、そこには少しだけ切断された腕が。
少しだけ、たった1cm程の深さの傷が。
戦闘続行が不可能と思えるほどの、回復が容易い程度の。
そんな傷が、刻まれている。
「シナリオはこう、戦闘中に怪我をしてあんたは一時撤退。いい? まっすぐ帰るのよ、バカでも来た道ぐらい帰れるでしょ?」
頷く僕を見て、少し笑った伊勢さんはそのまま通路の先へと進んでいく。
僕はおっかなびっくりに、通路を引き返していった。
恥ずかしい、よりも安堵が優っていた。
安心した、戦わなくていいと言う事を。
僕は安心した、その負い目があった。
悲鳴が聞こえたんだ、暗い闇の中で。
女性の叫び、助けてって泣き叫んでいる訳でなく。
ただ、圧倒されて思わず飛び出た悲鳴のような声。
僕は、その声を聞いた時。
「伊勢さんッ!!」
考えるよりも早く、足が動いていた。
体が動く、先ほどまでの怯えが消えたように。
スルスルと、震えすらなく。
助けなきゃ、と言う意思のままに体が動く。
無鉄砲で、恐れ知らずに動く僕。
まるで他人のようにも感じられ、だけど心の中にある焦りは本物で。
銃を構えて、一気に血液を吸わせる。
「何者だ、お前は」
一人の男と、無数の魔徒が居た。
そこには、一人の男と無数の魔徒がいた。
女を、伊勢さんを抱える魔徒を支配する。
一人の、怪物がいた。
「初めまして、新たな『
意味のわからない単語、言葉を吐く男に銃口を突きつける。
もしも、動いてみろ。
その瞬間に、発砲してやると。
「おぉ、怖い怖い。ソレでは恐ろしい、対抗する術のない私では容易く殺されてしまう」
「巫山戯るな、お前は何だ!!」
「何だ、と言われれば私は吸血鬼。私こそは老いた『元
「……ッ!?」
目の前の、闇に潜む男を見て。
僕は、ソレでも銃を構えた。
目は真っ白だ、水晶体など関係なく全て白。
その中に黒い点と、一つの輪があり。
その輪には、外に向かって何個も棘がある。
声は嗄れており、顔には皺が無数に入っていた。
片手で懐中時計を持ち、片眼鏡を光らせ僕を見ている。
街中、昼間に出会えば彼を怪物と思うことはないだろう。
優しげな笑みを浮かべた老紳士は、静かに立っている。
そしてその優しい顔とは反対に、左手は血に塗れていた。
伊勢さんを見る、彼女の身体中に無数の線が走っており血が流れ続けていた。
戦い、そのまま倒されたのだ。
おそらくは、何の抵抗もできぬまま。
「怒りで我を忘れているかと思えば、近づいて来ず情報をまとめる冷静さ。覚醒済みである点を踏まえても、中々の逸材と考えられるでしょうか」
「動くな、そこに居ろッ!!」
「断りましょう、同時に戦うのも避けましょうか。『
ニコニコと、優しい笑みを湛えたまま。
その老紳士は歩き出して、僕は容赦なく引き金を引いた。
殺すべき敵と判断した、殺さなければならないと本能が告げる。
殺せ、と。
声が、僕の中で木霊する。
「無駄でありますとも、はい。戦う力衰えようともこの体躯に蓄えた血液は健在であります、殺したくば二重螺旋を解きなさい」
銃口に血液が収束し、再度弾丸が放たれる。
血液の弾丸、通常の銃の数倍以上の威力を誇るソレ。
なのに、その弾丸は薄皮一枚傷つけること能わず。
かの老紳士は、悠然と奥へ消える。
周囲に群がっていた魔徒どもも、同じように。
伊勢さんを抱え、そして僕を警戒し。
彼女を人質とするように、消えていく。
僕は、地面に座り込む。
そして怒りを感じた、恐怖を感じて。
隔絶した、絶対的な壁を感じた。
勝てないではない、そもそも戦うと言う土台にいなかった。
あの化け物は、僕の弾丸をまるで水鉄砲のようにしか感じていない。
ソレこそが恐怖だった、敵わないと言う無力を感じた。
怖かった、同時に安堵してしまう。
あの化け物がいなくなった、この地下下水道で。
命が助かったと、安堵してしまう。
「僕って……、最低だ……」
涙が出て、地面が歪む。
弱い、弱くて弱くて仕方がない。
情けない、イジイジと意地ける姿が情けなくて。
それ以上に、戦う意思を折られた事が情けなく。
ソレでも、動かなければならないと僕は自分を奮起させた。
僕は、銃を。
スキルヴィングを握り締め、下水道を走る。
走って走って、先ほど通った道を引き返して。
今僕がするべきことは、いじける事ではない。
今僕がするべきことは、泣き叫ぶ事でもない。
今僕がするべきことは、泣き言を言う事ではない。
絶望を叫ぶわけでもない、安堵に身を浸す事でもない。
僕がするべきことは、彼女が拐われたことを伝えることなのだ。
下水道から這い上がる、そしてマンホールの上で待機していた古見路さんに言葉を紡ぐ。
言葉を紡ごうとして、喉が詰まる。
嗚咽が漏れる、涙が溢れて。
けど、言うべき言葉を探るように。
僕は、言葉を放つ。
「伊勢さんが、伊勢さんがッ!! 伊勢さんが、吸血鬼に!! 拐われたんです!! 吸血鬼がいて、伊勢さんが!! 彼女が拐われて!!」
動転した僕の声を聞き、古見路さんは目を見開いた。
だが流石は古見路さんだった、レシーバーを一気に取るとそのままチャンネルを合わせる。
その怒気と恐怖に溢れた声を、僕は初めて聞いた。
「私は所属日本第三支部担当秘書官、古見路 美空!! 現在柊上等兵より吸血鬼発見情報がもたらされた、そのため潜伏地帯と思わしき赤佐木町一帯を特別封鎖区域認定の許可を求めます!! また現在被害は暫定一名、伊勢 イエナ下官のみ!! 被害拡大を防止するため警察機関含めた全ての公共機関の連携を求めます!!」
僕は、恐ろしさと同時に肌で感じていた。
今から起こる激動を、今から起こる非日常を。
それ以上に、僕が関わる初めての事件に僕が深く入り込むことを。
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