十一話
目が覚めた、そのまま顔を洗おうとし。
一瞬迷って、一気に洗う。
変に意識するのも違う話だろう、だからこそ下手に意識せず僕は顔を洗った。
頬が少し赤かったのは、見逃してほしい。
顔を洗い寝巻きから着替えると、僕は自分のスキルヴィングを手に取った。
そして、首にかける。
コレから僕は、戦いに向かうのだ。
部屋から出て、集合場所のホールへ向かうと伊勢さんはもうすでに居た。
何なら僕を待って、腕を組んでいる。
イラついている様子はなく、少し心配そうだった。
「どう? 体調、バカは風邪を引かないって言うけど病気は心の病じゃないわ。体調が悪いなら、今日の探索は私一人でするけど……」
「だ、大丈夫ですよ伊勢さん。心配しなくても大丈夫です、ほらこんな感じで元気ですし……」
「なら良かった、と言うわけでコレを持っておきなさい。説明は車の中で行うわ、いい?」
「はい!!」
元気を出して答えた僕の返事、伊勢さんはその言葉を聞いてヨシと言う。
そのまま彼女はホールを抜けて、外に出た。
外では古見路さんが車を停めている、種類はバンだ。
側面にデカデカと『対魔徒決戦部隊』と書かれており、中に入れば後部座席に武装が積み込まれている。
「相変わらずね、日本人って頭が硬いわ。国家の長である首相の頭が硬いのが原因かしら? そもそも魔徒は獣害と同類じゃないって言うのを本当に理解してるのか……、全く窮屈な国ね」
「何がですか……?」
「こんなデカデカとステッカーを貼ってることよ、こんなことをしてたら一発で分かるじゃない。魔徒は知能が低いとか言われてるけど、結構な個体差もあるし無知ではないのよ? 普通にステルス&デストロイじゃなきゃ取り逃すわ」
「そんな物騒な……」
まぁ、
そもそも、デストロイが物騒なのは語るまでもない話だけど。
できれば話し合って解決できるのが最善だけど、ソレは難しいのだろう。
僕がそう考えていれば、伊勢さんの意識が動く気配がした。
どうやら運転をしている古見路さんに、文句を言いたくなったらしい。
「それにこの程度の武装しか用意できなかったの? もう少し銃火器の使用許可が欲しいところよ、ソレと人工血液」
「生憎と、そう言う文句は上に言ってください。私は仕事をするだけですし、また小鳥遊上官は自分のできる最善をしているので」
「はぁ、使えないわね」
「まぁまぁ、そこらへんで……」
僕の言葉を聞いて、ヤレヤレと頭を抱えている。
僕たち二人は後部座席の左右に座り、間にはさっき渡されたアタッシュケースが挟まれていた。
アタッシュケースは二つあり一つは伊勢さんの、もう一つは僕のものだ。
「とりあえずアタッシュケースを開いてくれる? 開いた?」
「指紋認証なんですね?」
「そうよ、まぁ緊急時に一々ダイヤルなんて回せないでしょうしね。そんなことはどうでも良いわ、重要なのは中に入ってるものよ。見たことあるでしょ?」
アタッシュケースを開き、僕は中に入っているモノを見る。
簡単にいえば、ソレは筒だ。
金属製の筒であり、またその中に赤い液体が入っていた。
『
それがこの液体の名前であり、そしてスキルヴィングを使用するときに必須であるアイテムだ。
スキルヴィングを使用するには血液が求められる、しかもただの血液ではなく精製された血液を求められるのだ。
基本的にスキルヴィングを使用できる存在は、その血液を保有している。
だからと言って、使用者の体から血液を与え続けることはできない。
まともに与えれば、先に使用者が貧血で死ぬ。
その対策のために生み出されたのが、この人工血液だ。
「使用方法はわかる? わかるわけないわよね、練習用と仕様が違うし」
「というか、大きさからだいぶ違いますもんね……」
「当たり前よ、魔徒の外皮を貫通させたり特殊能力を発揮させるためには相応の血液が求められるの。取り敢えず、先に使い方を教えるわね? ソレの上側。そう、なんか色々ある方が上。そうそれ、そこにあるレバーを引きなさい」
大きさは500mlペットボトルほど、むしろ見た目からすれば缶飲料の方が近い。
その上にはレバーや、色々な物がついている。
使い方は直感的にわかるが、とはいえ説明を聞かない理由にはならない。
しっかりと、彼女の言葉を待つ。
「開いたら蓋が開くわよね? レバーの横にある赤いボタンを押せば中に溜まってる血液が上部の空間に移動し始めるわ、そこに直接スキルヴィングを付ければ勝手に武装が血液を充填する。武器内の血液残量は感覚で把握してね、まぁ説明しなくても訓練で理解してると思うけど」
「はい、勿論」
「ヨシ、説明完了。なら中の缶を腰のベルトにつけなさい、まさかアタッシュケースのまま持っていくつもりじゃないでしょ?」
「も、勿論」
彼女の言葉を聞き届け、そして支給品のベルトにセットする。
缶には溝があり、ベルトに合わせてスライドすればカチッという音と共にキッチリと固定された。
取り出す時は強引に引けば取れるとのこと、実際にそうすれば取れた。
そうして武装の使い方を再確認していれば、昨日の商店街に到着する。
タイル模様、その中に紛れようと頑張った跡があるマンホール。
その大きさを確認し、古見路さんが独特な形状のソレを取り出した。
「なんですか? ソレ……」
「マンホールオープナーです」
「は、はぁ?」
マンホールオープナー、ひどく簡単にいえばマンホールを開ける物だ。
ソレを使えば、開きづらいマンホールを簡単に開けられるようになる。
古見路さんは手際よく、マンホールにマンホールオープナーをセットしそのまま開ける。
中からゴキブリが数匹飛び出し、悲鳴を上げて逃げた僕の横で伊勢さんはソレを足で踏み潰した。
潰れて尚動くゴキブリを嫌そうに見つめながら、伊勢さんはマンホールの中へと侵入する。
そして下で、僕に来るように声を上げた。
「早く来なさい、遅れなんじゃないわよ」
「ご、ゴキブリがいましたよ!?」
「居るわよ、ここを何処だと思ってんの? 商店街の中のマンホールよ?」
「……確かに?」
その通りだ、同時に感心するまでもない話でもある。
僕は、覚悟を決めた。
顔を思いっきり歪め、僕も下水道の中へと入る。
中は案外臭くなく、だがしかし湿った空気の匂いが鼻に付く。
視界の端で動く虫を無視しながら、僕は制服にあるライトを付けた。
「暗いですね……、うへぇ」
「灯りはやめときなさい、目を慣した方がいいわよ。ライトが付かない状況になった時、周囲が見えなくて遅れをとるわ」
「えぇ、この中で見えるんですか?」
「訓練のカリキュラムにあったでしょ? できるできないじゃない、やるのよバカ」
そう言うと、下水道内の通路を歩く。
下水道の割に水は少ない、と言うより下水道全体が大きい。
高さは3メートル、中央に溝がありそこに水が少しだけ流れている。
気になるものはない、と言うかこの暗闇の中を歩くので必死だ。
とはいえ、一分も経過すれば目も慣れた。
見え難くはあるが、確かに見えている。
伊勢さんはすでにスキルヴィングを展開しており、僕もソレに倣ってスキルヴィングを展開した。
歩き始めて、十分も経過していない頃。
暗闇の中で、少し恐怖に侵されながら歩いていると急に伊勢さんが止まる。
「待って、痕跡がある。血痕……、間違いなく周囲にいるわね? 魔徒が」
ポチャン、と。
僕の顎を伝い、汗が零れ落ちる。
汗が地面に当たり、そんな音が聞こえた気がした。
違う、これは僕の汗の音じゃない。
一瞬遅れて、僕はその事実に気づいた。
コレは汗の音じゃない、汗の音なら何故水面にぶつかった音がした?
彼女も即座に武装を構えた、同時に僕は水路を見る。
「違う、水路の上よ!!」
暗い、黒い闇の中。
視界が明瞭でなく、ハッキリしない状況で。
だが僕の目はその姿を捉える、その蠢く化け物の姿を。
大きさは大型動物ほど、つまりは人間程の大きさ。
ボロ布のような衣服を纏い、天井に張り付きながらその目を僕らに向ける。
白い、白濁とした目だ。
魔徒の特徴として、様々な物がある。
異常な身体能力、蒸気が立ち上るような熱。
幼児から中学生程度の思考能力、人肉衝動。
そして、白濁した水晶体。
理屈としては体が発する熱により、眼球の水晶体が構造を変化させているらしい。
酷く簡単にいえば、卵の白身が透明な様子から白濁するように。
そんな風に、白濁するのだ。
「幸運ね、相手は一体。油断しなきゃ、楽勝よ」
僕が銃を構える横で、伊勢さんは槍を構えていた。
直後、一陣の熱風が巻き上がる。
何が起きた、ソレを把握するより先に。
僕の目の前で、槍から炎を出している伊勢さんがいた。
つまり、それは。
戦いが始まる、その予兆だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます