エピローグ

「三ヶ月ねぇ……」


 ランニングマシン集会所にて、レィルは三人に都市調停組合からの通達を読み上げた。

 唸りを上げたギソードは、ベンチに括り付けられているジュラを見やる。


「どうする? オレとユイで何とかするしかないだろうけど」

「都市に貢献って?」

「俺が縛られてるのはスルーなのか」

「いや……お嬢さんの術式だろ? そういう趣味なのかなって」

「ジュラが悪いんだよ。勝手に退院して走ろうとするから」

「密告ありがとうございます、ユイさん」


 入院した翌朝、ジュラは出血も治らないまま病室から脱走。たまたまお見舞いに来たユイにその後ろ姿を発見され、挙句トレーニングを再開しようとしたため、このように拘束されている。


「これ以上動かないでいると余計悪化するかもしれない」

「はいはい。寂しくないように一緒にいてあげますからねー」

「…………」

 あやすような言葉をかけられ、満更でもない様子のジュラ。


(コイツ寂しいとこうなるのか……)

(あれ? 趣味なのは否定しない感じ?)



 閑話休題。


「冒険しかないだろうな」

 ミノムシ・ペチャパイスキーとなったジュラが提案する。


「冒険?」

「あんま馴染みねぇんだよな」

「都市の外に出て資源を探したり、ダンジョンを攻略したりだな」

「宝探しってこと?」

「でもいいし、都市を脅かすような魔物を事前に把握、可能なら討伐というのも貢献として認められるだろう」


「ジュラは冒険にも詳しいんだ」

「そうでもない。一応二人を連れてイロハを仕込むことはできるが……俺自身、何年も前にやったきりだからな……」

「じゃあ厳しいか……。地味に期間が短いんだよな」


「こうなると思って、有識者に来てもらっている」

「いつの間に呼んだんだよ」

「話し合いの前。レィルが打ち合わせするって言ったから」

「ちゃんと手順踏んだら踏んだで不気味だよね、ジュラ」


 ……。


「やぁ!」

 オズマである。

 ジュラの分のランニングマシンが空いているので、澱みない動きでそこに収まった。


「この前、冒険の話をしてくれるって言ってたからな。せっかくだし」

「……ジュラ。その、鎖で縛られているのは一体……?」

「で、どうだ? 俺たちは何らかの成果で都市に貢献する必要があるんだが、冒険で上手いこといくのか?」

「いくとも! ワタシが少し前まで修行していたダンジョンは、未だほぼ手付かずでね。マッピングでも十分な成果として認められるだろう」

「そうか。ありがとう」

 心のこもったお礼をしたジュラは、途端に興味を無くしたのか、まだまだ本調子ではないのか(瀕死同然ではあるのだが)、ベンチに横たわり、寝息を立て始めた。


「…………」

「気にするだけ無駄だぜ、オズマ。アクターっていう人間の見た目した動物だと思え」

「あんだけ縛られててよく寝れるよね」

「ジュラさんって気絶以外で寝るんですね」

「……お嬢さん、見たことないのか?」

「気絶しているようなことは何度か……。でも、こんな穏やかな……睡眠らしい睡眠は初めてです」


 ここぞとばかりにカメラを連写し、更に自分の膝を枕として提供するレィル。


「やりました」

 乙女、渾身のサムズアップ。


 これにはジュラの奇行に振り回されている一同も、レィルの恋の進展に涙を禁じ得ない。


「ひとまず今後の方針は立ちました。オズマさん、申し訳ありませんが、後ほど詳しくお聞かせください」

「もちろんだとも!」


 ……。


「安心したんだろうかね?」

「安心?」

「やっと寝たって話。アクターに戻ってもペチャパイスキーとしてやってきて、今度は都市調停組合からの無茶振りだ。それに目処がついて、やっと気が抜けたんだろう」

「……だといいね」



◆◆◆



「……もうペチャパイスキーやる必要ないだろ」

「でも無駄にイケメンで目のやり場に困ってたから隠してくれるのは助かるよ」

「………………」


 冒険リハーサル当日。

 都市リベリオ南最外縁にある橋で待ち合わせをしていた“クアンタヌ”。ギソードとユイは、ダンボールを被って現れたらジュラに反応せざるをえない。


「………………」

「怖いって。なんか言えよ」

「………………」

「なんか遠くない? レィルならそこまで束縛するのはわかるけど、さすがに支障出るよこの距離は。絶妙にストーカーの距離だもん」


 およそ二メートルほど。後をつけるにしては近いが、同行するにしてはやや遠い。


「まだ具合悪いならまた今度にするか?」

「……いや、えっと……」

 ついにジュラが声を発する。


「……いまさら二人と素顔で接するのが恥ずかしいだけだ」


「……おう。じゃあ仕方ないな」

「……仕方ないね、そういうことなら」

 あまりにも生娘のような恥じらい方をするジュラに、逆に恥ずかしくなる二人。


 ……。


「まだペチャパイスキーやるってことは、デカパイスキーではなくなったのか?」


 見晴らしのいい草原を行く一行。土と草と風の薫りは、都市にはない豊潤な生命の流れを感じる。


「デカパイスキーだが」

「レィルはそれなんか言ってこないの?」


 道中の話題は恋バナで決まった。

 興行の舞台であれだけ熱烈な告白をしたのだ。必要なアフタートークだろう。


「別に。女性の容姿に対する嗜好と恋愛感情はイコールではない」

「興行以外の話でもその調子なのな」


「ビルを出るときマスクを被ったら、『今日からはレィルスキーですね』と圧をかけられた」

「ほうほう。それでレィルスキーはなんて?」

「あまりにも可愛……面倒だったから、『それは前提だから名乗るに値しない』と答えて有耶無耶にした」


(言い直した! ちょっと言い直した!)

「人生ファンサービス人間が一人にスポット当てるとこうなるんだな。お嬢さん結婚までメンタル保つのか?」


 ……。


「この辺だな」

 端末に表示された地図と周囲の風景を見比べたギソードは、虚空に生じた魔力の歪みを注意深く観察する。


 ここまでジュラが二回、ユイが五回はぐれたり迷子になったりした。


「……やっぱダメかもなこのメンバー」

「すまない」

「ごめんねギソード」

 ちゃっかりいい感じの木の枝を拾っているジュラとユイ。


「やっぱオズマの言う通り、ポーター頼まなきゃ話にならねぇ」


 ナビゲートや荷物持ちのほか、術式含む全能力で冒険者をサポートする専門家、ポーター。


 職にあぶれて仕方なくポーター向きの術式を獲得する者や、ポーターに憧れてそれに適した術式を選ぶ者など、その在り方は多岐に渡る……が、共通するのは『冒険者のサポートをしたい』という理念だ。


「アクターがファンのためにあるように、ポーターは冒険者のためにあることで輝く。俺は彼らを尊敬している。是非会いに行こう」


「……? 誰か知り合いでもいるのか?」

「あぁ。元アクターで、面識がある」


「なんで先に言わなかったのさ」

「恥ずかしいから」

「なにが?」


「……会えばわかるさ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異能興行 マスクド・ペチャパイスキー推参 人藤 左 @kleft

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ