顛末

 目を覚ますと、ジュラはベッドの上だった。

 全身から消毒用のヨウ素液のにおいと色がする。


「ジュラさんっ」

「お、起きたか」

「意外と早かったね」

 目元に涙を浮かべるレィルと、心配していないふりをするギソード、心配より興味が勝つユイが、ジュラの目覚めに応えた。


「…………?」

 全身に包帯。目的は……

「……全身が裂けてる……」

 ジュラは痛みでそう判断した。


 今は麻酔で鈍くなっているが、次第に痛覚も回復し、のたうち回ることになるだろう。


「おや、起きたか。寝てた方があとあと楽だったろうにね」

「メイ。いつものヨレヨレの白衣はどうした?」


 重たそうに引き戸を開けて現れたメイは、いつもの雑巾のような白衣ではなく、糊のしっかりと効いた清潔感のあるものを羽織っていた。


「失礼なやつだね、キミは。なに、ワタシは産業医も兼ねているだけということ。この格好から連想できることはなんでも出来ると思ってくれていいね」

 言ってあまりに余った裾を掴み広げるメイは、

「なんかおままごとみたいだな」

「コラッ、ギソード!」

 である。


「おやおや。おままごとがしたいのかね? 付き合うよ」

「悪かったよ」

「……と、まぁ。顛末を話そうか」


 ポケットから取り出したベルを鳴らすと、メイの側近三名がナース服で駆けつけ、書類とホワイトボード、注射器とアンプルを届けにきた。手ぶらの一人はメイを背負う。ドクターは長いこと自力で立っていられないからだ。


 雑な手つきで鎮痛剤を投与すると、メイはつらつらと語り始めた。


「まず、キミの告白ショーのあとだね。キミがあまりにもあんまりだったので会場にいたアクターが乱入、[菫青アクトレギオン]状態で五十数名を相手に三分間の大立ち回りのあと術式が解除され、そのまま更に一分と四秒戦闘し昏倒。あぁ、心配しないでくれ。キミはこの乱闘に勝利している」

「当然だな」

「ったく……なんなんだよアレ」


「ただ、それだけの出力だ。そもそも[菫青アクトレギオン]は使うべきではないと言うか、まさか本当に使うとは思っていなかった。ワタシはちゃんと説明したはずだがね」


 ホワイトボードに仕様書が貼り付けられていく。


「六つの術式効果の統合。そもそも二つや三つですらブラザーの才能あってこそのものなのだがね、これをやられると、当たり前だが体が保たない。だからキミはいまそうしてミイラマンになっているわけだ」


「ミイラ・ペチャパイスキーというわけか」


「なに言ってんの?」


「なんかユイからの当たりが強くないか?」

「そりゃあ、雑誌とかで憧れてたジュラ・アイオライトがこれじゃあなぁ」

「ギャップ萌えですよね」

 レィルから半歩離れるギソードとユイ。


「結果として予め伝えていた通り魔力回路は焼き切れ、予定外だが全身の皮膚がところどころ裂けている。魔力殻の影響だろうかね。本来は術核も機能不全になるのだが……キミにはないからね。代わりにアダプターがオシャカだ」


 現場保存のような、破損したアダプターベルトの写真がホワイトボードに加えられた。


「なんで白黒なんだ?」

「それはね、ブラザー」

「「イェーイ(遺影)」」

「だからか」

「だからだ」


 不謹慎ギャグを一つ。側近の一人が、アダプターの遺影に『\イェーイ/』と書き加える。


「減俸です」

「博士に強要されたっす」

「ではメイだけで」

「きゃいきゃい」「きゃいきゃい」

 安堵の舞いを披露する側近たち。


「全治三ヶ月。てっきり回路の方は二度と使えなくなると思っていたが、いやはや……三ヶ月に一度は[菫青アクトレギオン]のデータを取れるというのは、さすがだよブラザー!」

「俺、三ヶ月に一回こうなるの?」

「どうした? ビビってんのか?」

「ビビるだろそりゃ、こんなもん」

「三ヶ月に一回全治三ヶ月ってずっとミイラじゃん」

「あ、そうだな。じゃあダメか」

「ダメだって言ってるだろ」

「冗談だよ、冗談……」

 レィルに背後に回られ、メイが折れる。


「……と、まぁ、そんな感じだブラザー。いい機会だ、腹や腕の治療もあるし、ゆっくり休むといい!」



◆◆◆



 先の突発的なレギュレーション:デッドエンドに関し、大きく二つの通達があった。



 一つ、クラン"イミテレオ"およびクランメンバー全員の一ヶ月の謹慎。いかなる興行にも出場することを許されない。特にトリア・トリアおよびノーマ・ルフツは、二週間に及ぶ審問ののち、被害者であるジュラ・アイオライトの嘆願により減刑された上で一年間の謹慎。


 オーナーのナゾラ・イミテ及び彼の息のかかった円卓評議会に対する大々的な八百長疑惑に伴い、ナゾラの引責辞任が決定した。



 二つ、理由はどうあれテロ行為を働いたレィル・クアンタムならびに共犯とされる“クアンタヌ”メンバーの三ヶ月の謹慎。興行の秩序を乱すものであり、到底看過できるものではないが、会場にいたファンやアクターの助力もあり、謹慎期間中、都市リベリオに何らかの貢献があれば無罪放免とする措置が約束された。

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