デッドエンド⑦/決着
幾条もの鎖を掻い潜りレィルへの接近を試みるペチャパイスキーだが、どうにも詰めきれない。
(一本一本、魔力の調子が違う……。それぞれ別の効果があると見て――いや、触れるだけでアウトの可能性もある)
ペチャパイスキーの考察は、概ね正解である。
拘束するという概念であればどのような能力でも付与できるのが、レィルの《
(ジュラさん、そんなにわたしのことを考えて……)
《
レィルがどのように考え、どのように思うか。それを看破することが、術式突破の最短距離なのである。
「うふ、うふふふフフ……ん?」
恍惚の笑みを零すレィルだったが、大きく距離を取ったペチャパイスキーに違和感を覚える。
「………………」
およそ二十メートル。レィルが鎖をコントロールできる、ギリギリアウトのラインで、ペチャパイスキーはただ観察する。
(有効射程を見破られた⁉︎ いえ、まさか……いいえ、さすがジュラさん!)
ペチャパイスキーは見破ったわけではない。ただ経験から、およその目算をつけただけだ。
術式限界発動中のレィルは、大きく動けない。手足を動かす思考リソースすら鎖の制御に回しているからだ。そして、限界発動状態でなければ、ペチャパイスキーはその隙を突いて一撃で勝負をつけるだろう。
このまま遅滞すれば、いずれレィルの魔力は底をつき、
手を緩めても緩めなくても、いずれ負ける。それは素人目に見ても明らかだった。
ペチャパイスキーは、そのような決着を望まない。
「惜しむらくは、レィル」
「…………」
「俺と戦ったことが敗因だ」
(アイツめちゃくちゃなこと言うな……)
(えぇ……)
ペチャパイスキーの暴論に、地下道出入り口で事の次第を見守るギソードとユイはドン引きする。
「だが、同時に俺の負けでもある」
「……ジュラさん……」
息をひとつつくペチャパイスキー。
「ファンの期待に応えなければ、勝利とは言えない。一撃必殺には一撃必殺で、知略には知略で勝たなければ、マスクド・ペチャパイスキーの勝利ではない」
[
意を決したように装填されたのは、いままで使用されたことのない術式デバイスだ。
ペチャパイスキーの腰に巻かれたアダプターベルトが、何らかの待機音を発する。
「この勝負、レィルの勝ちだ」
[
まず三つ。待機音のテンポが変わる。
[
続けて二つ。
「だが、興行だけは負けられない」
[
最後に一つ。
合わせて七つ。ペチャパイスキーの持つすべての術式デバイスが同時に発動された。
(あれは[
そのデバイスがお蔵入りとなった理由は、ペチャパイスキーのアストラル体にもたらされた変化を見れば一目瞭然である。
圧縮された魔力は青紫の鈍い輝きを放ち、ペチャパイスキーを覆い尽くした。背からはデバイスを模した腕ほどの大きさの六本の柱が伸び、それぞれ煙突のように余剰魔力を噴き上げている。更に恐竜のそれのように太く強大な尾が一本、筋肉特有のしなりを見せ揺れている。
およそ、人間の姿ではない。
その異様は、その威容こそは、人であるよりアクターであることを選んだ男に相応しい。
「いくぞ」
尻尾を一際大きく振って、ペチャパイスキーは獣のように駆けた。
(なにか策が……いえ、考えてるヒマはありません!)
それを捕らえようと、驟雨のように鎖が降り注ぐ。
その一本一本に、戦闘続行不能となるような術式効果が付与されている。触れれば最後、決着だ。
触れれば最後、のはずだった。
降りかかる全てを、ペチャパイスキーは手で振り払った。
「どういうことですか⁉︎」
叫びながら、レィルは目撃する。
「ギソード、あれって……」
「あぁ。《
ペチャパイスキーはいま、幾層もの魔力殻に覆われているといってもいい。絶えず生産・放出される魔力の流れは、新陳代謝のように新たな被殻を生み出しては剥がれ落ちていっているのだ。
「これじゃあ……っ!」
これでは、いくら鎖が当たろうと、効果がペチャパイスキーに及ぶ前に離れてしまう。
視覚効果の鎖に切り替える。レィルがペチャパイスキーと過ごした日々を、レィルが抱き続けてきた恋慕を、ペチャパイスキーの脳へ直接叩き込む。一種の洗脳攻撃だ。
ペチャパイスキーは止まらない。
「わたしのこと、好きでもないくせにッ!」
「俺は、マスクド・ペチャパイスキーだ!」
「――――」
どうして、と漏らす声も枯れている。
手応えはあった。気持ちは届いている。
対象を一人に絞り、更に『レィル・クアンタムへの心の距離を表せ』というあまりに限定的な条件を付け加えて、やっと[
見積もりは間違っていない。
間違っているのは、その条件でペチャパイスキーが止まると思っていたレィルの方だ。
互いの熱が伝わるほどに肉薄する。
「レィル」
「は、はいっ」
スピーカーを通したようなペチャパイスキーの声。
これほどの接近を許したという事実が、先ほどの切り札を乗り越えられたという結果が、ペチャパイスキーの言葉ひとつひとつへの期待を高めていく。
「……一目惚れ、だった」
「……え?」
何を言っているのかわからない。声はきちんと情報として受け取っている。意味がわからないのだ。言葉の解釈に齟齬があるらしい。
「一目惚れって、その……あの?」
「ほかになにがある」
「え、っと……いつ、から、ですか?」
「俺が檻にいたときからだ。とても綺麗だと思った」
「……その、最初無口だったのは……」
「照れていた」
「あ、うー、え、えぇ、えー……?」
思い返せば、あれもこれも、とレィルは身を小さくよじりながら狼狽える。ペチャパイスキーの言う通りならば、説明のつく場面があまりにも多すぎる。
「好きか大好きかだと?」
「愛している」
「ライクかラブだと?」
「ラブだな」
「えへへ……」
二人の距離は十センチほどだ。それを詰めようと、レィルは前に出る。
が、同じだけペチャパイスキーは下がった。
「……へ?」
「いや、避けているわけではない。レィルの術式の効果だろう」
「これ、わたしとの心の距離なんですけど」
「……なら、このくらいか」
「は?」
ここで集中を大きく乱したレィルの
試合の結果は、難攻不落の鎖を突破したペチャパイスキーの完全勝利。勝負の結果は、ついにペチャパイスキーの想いを受け取ったレィルの勝ちだ。
止めに入る無粋な輩も、取り立てて大きなヤジを投げかける者もいない。結界の機能は先ほどハックしたままなので、引き続き舞台には二人だけである。
「よくわかんないんですけど?」
「いや……俺としては密着しているつもりなんだ」
「あっ、はい、そうですか……はい……」
嬉しいような、悲しいような。
「それはその、まだ照れていらっしゃる……とか?」
「いや。これは……そう、仮想距離だ。胸は本来、このくらいある」
「……、………………?」
首を傾げるレィル。
「俺が恋愛対象の女性に求める胸のサイズを考えると、これで密着していることになる」
「――」
「言っただろう。俺は胸が大きければ大きいほどいい」
「――――」
「さておき。告白するなら、興行の場で、と思っていた。その方が盛り上がるからな。どうしようかと思っていたが、助かっ」
そこまで言いかけて、方々からアクターが躍り出た。
退場したギソードやユイ、"イミテレオ"のほか、客席で見ていた他のクランのアクターまでもが、アストラル体に換装しペチャパイスキーに襲いかかる。
止める者は誰もいなかった。
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