8②
「あたしを含め、ハチ公も今夜会った者たちも、皆が皆自分に関係ある者の名前しか覚えない。無関係の人間の名前を覚えてる者は誰もいない。そういう事だ」
「そういう事だって、どういう事だよ。筋が通ってねえじゃねえか。今夜会った奴らは無関係じゃねえだろ。挨拶してくるって事は関係あんだろ。だったら――」
「今夜会った者たちは、あたしには何ら関係のない者たちだ」
「――は?」
「あの者たちがあたしの名前を知ってるのは、あたしが『成宮瑠花』だからだ」
「あん?」
「あの者たちはあたしに興味がある訳じゃない。あたしには微塵の関心も寄せていない。あの者たちが関係を築きたいと思い、関心を寄せ、興味を持ってるのは『成宮』だ。あたしじゃない」
「だからお前には関係ない奴らだと?」
「さっきからそう言ってる」
「それが理由で名前を覚えないのか?」
「覚えても意味がない。覚えようとも思わない」
「そこまで思ってんのに、パーティーに出向いて挨拶してくる奴らに笑顔で対応すんのか?」
「そういうものだと教えられてる」
「教え……?」
「招待された時は出向く。顔を知ってる者に会った時は、ただ笑って頷いていればいい。そう教えられた。話を聞く必要はないと」
「誰に?」
「お爺様にもお父様にも兄にもそう教えられた。『成宮瑠花』としてするべき事はちゃんと理解してる」
何だそれ――という言葉が、もうすぐそこまで出かかった。
一旦唇を閉じて、その言葉を呑み込んだ。
ルカの言ってる事は金持ちにしたら当たり前の事なのかもしれない。
ご令嬢だのご令息だのってのはそういうもんなのかもしれない。
俺みたいな一般人には分からない、社交界ってもんに、当たり前に生息する常識なのかもしれない。
そう思った。
そういうもんなんだって思った。
でもいくらそう思ってもルカが可哀想に思えた。
どうしようもねえバカだし、訳の分かんねえ事ばっか言いやがるし、今なんて選りにも選って宇宙人を捕まえようとしてるけど、可哀想な奴だと思う。
ルカ個人に全く興味のない奴らに囲まれて、それでも愛想を振り撒いて、きっと聞いててもつまんねえだろう話を延々と聞かされる。
まだこいつは十六歳のガキなのに、大人の事情に巻き込まれて、利用されてる。
今日のパーティーにいた奴らの中に、ルカに会いたい奴は誰ひとりいなかった。
奴らが会いたかったのは、「成宮」家のご令嬢であってルカじゃない。
ルカが「成宮」でなかったら、誰も見向きもしない。
そう考えて、初めてルカに同情した。
周りにいる奴らの誰ひとり、自分に興味を示さないってどういう気持ちなんだろうかと考えて可哀想だと思った。
何も分からず周りにチヤホヤされて嬉しいのは最初のうちだけだろう。
そのうち誰も自分に興味がないと分かって傷付くんだろうか。
そしてそれが当たり前の事になる。
名前を覚える意味は――ない。
ルカの歩く速度がまた更に落ちた。
息も随分と切れてきてる。
どうしてこんな事をしてまで宇宙人を探したいのかは依然謎のまま。
それでもさっきまでより随分とルカの思考が分かる気がして、距離が縮まったように思える。
「今日会った奴らってよく会うのか?」
「たまに」
「今日みたいなパーティーってよくあんのか? お前が出るようなやつ」
「月に一度あるかないか」
「それに来てる奴らの中でお前と同じ年くらいの奴っていねえの?」
「いるだろうな」
「その中に友達いねえの?」
「いない」
「名前か苗字覚えてる奴は?」
「いない」
「ひとりも?」
「いない」
だからか――と思った。
こうして宇宙人を捕まえるなんて突拍子もない事を言い出すのは、生きてる世界に「友達」がいないからなんだろう。
これはひとり遊びの延長だ。
ひとりでいるからつまんねえんだ。
それで宇宙人を捕まえるなんてバカな事を思い付くんだ。
なまじ権力と金があるから、行動に移せるんだ。
「お前、高校行けば?」
「何故だ」
「暇じゃなくなるからだよ」
「別にあたしは暇じゃない。今だって宇宙人を捕まえるのに忙しい」
「んでも学校行けばもっと違う忙しさがあったりするぞ? もっと現実的な忙しさと出会える」
「今も現実的に非常に忙しい」
「暇だから宇宙人捕まえようと思ってんだろ。高校行って友達作れよ。小学校中学校って行ってたろ。そん時は友達いたろ。つーか、そん時の友達どうしたんだよ。何でそいつらと遊ばねえんだよ。そいつらと遊べ、そいつらと。もっと現実的な、例えば買い物に行くだとか、カラオケに行くだとか、ただ集まってくだらねえ事喋るだとか――」
「行ってない」
「――は?」
「小学校にも中学校にも行ってない」
「……はあ? 何言ってんだ? 義務教育だぞ、義務教育。行ってねえ訳ねえだろうが」
「行ってない。義務教育は家で受けた」
「そんな訳ねえだろ。そんな事出来る訳――出来るのか?」
「どうして出来ないと思うのかが分からない」
ルカはそう言って徐に足を止めた。
いい加減疲れてきたんだろうと思った。
けど実際は疲れの所為じゃなく、
「何か聞こえるぞ、ハチ公特別捜査官!」
音に気付いたからだった。
車一台分くらいしかない山道を歩き続けて数十分。
数十メートル先にある木々の間に光が見える。
話をしながらだったお陰で然程距離を気にせず歩く事は出来て、いよいよ光が発せられてる場所に近付いたらしい。
そして聞こえてくる音は、どこからどう聞いたってエンジン音。
改造車であるらしく、普通の車の何倍もの音がする。
それと、カーステレオから流れてるんであろう、音量がフルっぽい音楽。
改造車だと予想出来るくらいだから、エンジン音ってのは当然「車の」なんだが、
「エンジン音だな」
「UFOのか!」
未だルカはUFO説をごり押しする。
「UFOにエンジンはねえだろ」
「どうしてないと言い切れる!」
「UFOってのは宇宙から来てんだろ!? 何で地球のエンジンが搭載されてんだよ!」
「地球と同じような技術なんだ、きっと!」
「UFO作っちまう時点で同じような技術じゃねえよ。メチャクチャ最先端だ、バカタレ」
「最先端のエンジンか!」
「もういい。分かった。その目でちゃんと現実を見やがれ」
何を言ってもどうしてもルカがUFO説を諦めないから、見せて納得させて連れて帰る事にした。
それでもこのまま道を歩いて光の場所に行くのは絶対に見つかるから、木々が生い茂る森の斜面に足を踏み入れた。
おうおうおう――と、訳の分からん声を出してルカはついて来る。
本人も一応真っ直ぐ突き進むのは危険だと判断したらしい。
まあ、実際本当にUFOがあって宇宙人がいたとしたら、見つかって捕まる訳だから、慎重にもなるんだろう。
身を屈め、足音を忍ばせて光に近付いた。
振り返って様子を見ると、ついて来るルカも同じ感じだった。
光に近付くにつれて、音楽に混じって声も聞こえてくる。
男数人が集まって、喋って、笑って、騒いでる声。
聞こえてくる感じからして、酒を飲んでるか、クスリをやってる感じだった。
だから出来ればこれ以上は近付きたくなくて、ルカに振り返った。
「ほらみろ、人間の話し声だろうが」
「宇宙人の話し声だな」
思いっきり無駄だったんだけども。
「静かについて来いよ?」
忠告をして前に向き直り、更に光に近付いた。
急な斜面をほぼ四つん這いで上っていく姿勢だったから、手も足も散々汚れた。
それでもルカは文句も言わずについて来る。
ようやく光を発する場所が見える位置に着き、大きな木の陰に隠れて、下手から少し見上げる感じでそちらに目を向けた。
ちょうど道が大きなカーブになってる場所に、空き地って言っていいほど広い路肩がある。
そこに四台車が停めてあって、十人ほどの男達が車の周りで騒いでる。
車はどれもがエンジンが掛かった状態でライトを照らしてる。
男達は酒を飲んでるらしく、缶ビールの空き缶がそこら辺に転がってた。
予想通りというか、案の定というか、何の捻りもない結果。
こんな事だろうと思ったっていうより、こんな事でしかないだろうと思ったって結果。
その結果を、後ろからついて来てたルカが隣まで来て眺めてる。
深夜にバカみたいに歩いた挙句、俺の言った通りの結果を見て、ルカが何を言うかがちょっと楽しみだった。
ざまあみろ的な楽しみだけど。
「ほら見ろ、言った通りだろうが」
「…………ふむ」
細心の注意を払い男達の目を向けたまま、囁くような小さな声で勝ち誇った言い方をすると、ルカは素直に返事をした。
思いの外素直だったから肩透かしを食らった気分になったけど、まあ目の前にこんな結果を見せられちゃゴネる事も出来ねえだろう。
「大体、宇宙人なんかいる訳ねえんだよ」
「…………」
「光があったと思ったら、まずそこには人がいるんだと思え」
「…………」
「いきなり宇宙人がいるだの、UFOがあるだのって思うんじゃねえ」
「…………」
「何が不思議な光だ。車の光だ、バカタレ。ただ酔ってる若い奴らが集まってるだけだ」
「…………」
「いいか、今後一切俺の前で宇宙人だのUFOだのと――」
ぐう――と、鼾が聞こえてくる前に、思いっきり寄り掛かられて、バカが寝てる事に気が付いた。
人が説教垂れてる時に大バカ者は寝てやがった。
散々歩いて疲れたのか、それともご令嬢様のお休みの時間なのか知らねえけど、説教も聞かずに寝やがった。
しかも。
「んがっ」
ブタ鼻までお見舞いしてきやがる。
最悪だ。
最悪すぎる。
五万歩譲って寝ちまったのはいいとしても、それで俺にどうしろっていうんだって話だ。
こんな所で寝られたらどうしようもねえ。
担いで帰るにしても、ヘタに動いて酔ってる若者どもに見つかったら困る。
あんな人数相手にしてルカを守れる自信は全くない。
つまりは動くに動けねえって事。
若者どもが帰るまで、ここに隠れてなきゃいけねえって事。
「……マジ最悪だ……」
溜息を吐いて体を反転させて仰向けになって寝転んだ。
これでルカが起きりゃいいのにと思ったけど、ブタ鼻っ子は起きなかった。
それどころか、ブタ鼻っ子は仰向けに寝転がった俺の体の上に、上半身を載せて完全な熟睡体制に入った。
騒々しい音楽と、騒いでる若者どもの声を聞きながら、頼むから陽が昇るまでには帰ってくれよと願った。
願いながら、ズリ落ちていきそうなルカの体を、腕で抱き寄せて支え、夜空に目を向けた。
木々の隙間から見える夜空は月も星もない。
ただ夜の闇だけがある。
何だか吸い込まれそうな気持ちになった――その時、夜空で何かが光った。
丸い、赤い光。
その光は、右へ左へと上へ下へと不規則な動きをする。
目の錯覚かと瞬きをした直後、その光は忽然と消えた。
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