第27話 桜木ジロウは魔法少女を辞めたい

「観光したい」

 そんなワガママはミヤコの口から出た。

「せっかく京都まで来たんだし。桜木、京都に詳しいんでしょ?」

「詳しい……ってほどじゃないけど、まあ多少。でも駿河。ウチの高校、来年の修学旅行も京都だぞ?」

「いいじゃない。それなら下見にもなるし。とにかく観光したいんだってば!」

「いきなり無茶言うな……」

 ジロウは困った顔をしたが、実のところミヤコにとってこれはワガママではなく、切実な理由から出た提案、目の前の問題に対する打開策だった。


「昨日ので畑の野菜が傷んでもうたから、責任取って食べてき」

「責任って言葉の意味、知ってます?」

 ちゃんと畑があったことに驚きつつ、ミヤコは突っ込みを忘れなかった。

 年相応に料理も上手だったハルエの作った大量の朝食をご馳走になり、後片付けを済ませた三人は早々に帰り支度をした。

 その間ほぼ無言。京都に残って出家するというジロウの思惑は、祖母に「アホか」と一言で却下されて終わった。帰りたくないのに帰らざるを得ないジロウの機嫌が悪いのは理解できる。だが何故かネビュラまで黙り込んでいて、ミヤコとしてはただただ居心地が悪かった。

「たまには顔見せにきいや、ジロウ」

「あー……、まあ、うん。気が向けば」

「絶対来なそうな返事やな。まあええわ」

 淋しさを全く感じさせない顔のハルエに見送られて山を下り、麓の神社でハルヒコを待つ間。今なお継続中の沈黙に耐えかねて、ミヤコが「観光したい」と言い出したと、そんな流れで現在に至る。


「いいんじゃないか? 車は俺が持って帰るから、ゆっくり新幹線で帰りゃいい」

 迎えにきたハルヒコが快諾し、三人はジロウが指定した下鴨神社で車を降りた。

「婆ちゃんの家行った帰りによく来たんだ」

「へえ……。いいとこだね、ここ。人も少ないし」

「そうだな。自然の中にも荘厳さがある」

「……」

 会話は生じる。ただし、間にミヤコを挟めばという条件付きで。

「……挟まれるほうの身にもなって欲しいんだけど」

 神社を囲む森を歩きながらミヤコは小さな溜め息をついた。

「宇宙百科で読んだが、ここはただすの森と言うらしいな」

「うん。入口にも書いてたね。どういう意味なんだろ?」

「確か偽りをただすとか何とか。……俺のこの姿も正してくれると助かるんだけどな」

「またそういうコメントに困ること言う」

 そろそろこの状況に苦情でも言おうかとミヤコが考えたとき。

「団子屋というのはどの辺りだろうか?」

 ネビュラがポツリと独り言のように、妙な発言をした。

「え? ……正気?」

「どういう意味だミヤコ?」

「だってさっきあんなに食べたのに」

「近くに有名な団子屋があるとハルヒコが教えてくれたんだ」

「そうなの? 桜木?」

「……まあ。みたらし団子がここの名物だからな。ちょうど神社で祭りもやってるけど」

「みたらし!? え、食べてみたい!」

「……正気か? 駿河。……別にいいけど」

 ジロウは胃の辺りを押さえながらも、二人のために靴の向きを変えて歩き出した。


「なにこれ。美味しい」

「確かに美味いな。熱い緑茶とも良く合う」

「完全に日本人だよね、早乙女くん」

 ジロウが案内した店で団子を買い、店先の長椅子に三人横並びで座って食べた。もちろんミヤコが真ん中で、文字通りの肩身の狭さに辟易したが、団子の美味さが勝った。

「……でもどうしよう、このあと」

 ミヤコは口の中で呟いた。気晴らしのつもりの観光の提案だったが、時間が経つほどジロウとネビュラの距離が離れていっている気がする。原因が分からず対策もない。これはもう自分の手には負えないと諦めかけていた。

 そのとき。

「唐突だが。俺は地球を出て行こうと考えている」

「……え? ええっ!?」

「……!?」

 あまりにも唐突すぎる発言に、ミヤコもジロウも目を大きく見開いた。

「本気……? どうしたの早乙女くん?」

「今回の一連の件だ。失踪するまでジロウを追い詰めたのは全て俺の不徳だ。消えたいとか出家するとか言わせたのも本意じゃない。悪かったジロウ」

 ネビュラが立ち上がって深く頭を下げた。いつも不遜なこの宇宙人らしからぬ、謙虚な謝罪にジロウはしばらく呆然としていた。




「ネビュラ。……そもそもの目的はどうした?資源がどうとか言ってたよな、お前」

 やがて訝しげな顔をしてみせたジロウにネビュラは軽い首肯を返した。

「夏休みの間に目処はつけていく。俺にも公人としての責任があるからな」

「それは許さない」

「ほう?」

「……俺の気持ちは別にして、それでも俺はまだ一応、魔法少女だ。俺の目の黒いうちはお前に地球の物は石コロ一つ持って行かせない」

「分かった。なら資源は放棄する」

「……は?」

 即答したネビュラにジロウは口を開けたまま固まった。

「放棄すると言ったんだ。どこか条件の似た星を探し、再調査をする。時間は要するだろうが不可能ではない。宇宙は広いからな」

「……」

 言葉を失って口をただパクパク開閉させているジロウを眺め、ネビュラは眩しそうに目を細めた。

「……責任感の強いジロウならそう言うと思っていた。よって、昨夜のうちに惑星捜索のための部隊の派遣を母星に依頼もした」

「……本当に本気なんだ。早乙女くん」

 いつものハッタリと思って聞いていたが、どうやらそうではないと、ミヤコはここで気付いた。


「……いや。その……駄目だろそれ……」

「何が駄目なんだジロウ?」

 今度はネビュラが訝しむ。

「俺は資源も必ず手に入れる。俺が去ればジロウの心の負担も軽くなる。あるいは男に戻る可能性が上がるかもしれない。俺が阻害要因の一つなのは間違いないようだしな」

「……それは自惚れってヤツだろ。……いやそうじゃない。その話じゃなくて」

 ジロウは左手で額を押さえ、右手をネビュラに向けて伸ばした。

「……そうだ。資源の話だ。責任があるんだろ、お前。王子さまなんだし。だったら地球でもうちょっと頑張ったほうがいいんじゃないか?」

「桜木?」

 突然わけの分からないことを言い出したジロウに驚き、ミヤコが振り返った。そして息を飲む。ジロウの顔から、全身から。ダラダラと嫌な汗が滴り落ちていた。

「……で、俺のことも。……ネビュラが原因なんてことは絶対ないからな。そこは安心しろ。お前がいても、俺は男に戻れるから。大丈夫だ」

「ジロウ? どうした、体調が悪いのか?」

 ネビュラもジロウの異変に気付き、気遣う素振りを見せた。

「何も悪くないし、どうもしてない!」

 ジロウは勢い良く立ち上がってネビュラを睨みつけた。

「……ほかにも、そうだ! 観光だ! まだ全然京都も案内してないし! 名所も、穴場も。……あとアレだ。ラーメン! この近くの、一乗寺ってところに美味いラーメンがあるんだ。それも食べさせたい!」

「ジロウ! もうやめろ!」

「桜木……!?」

 滂沱のごとく異常な汗を流して支離滅裂な発言を並べるジロウをネビュラが怒鳴りつけた。ふっとジロウの身体から力が抜ける。

「……だから、まだ、いなくなるな……」

「ジロウっ!!」

 膝から崩れ落ちたジロウをネビュラが抱き止めた。




 目覚めたとき、ジロウは団子屋の長椅子の上でネビュラの膝を枕に寝かされていた。

「気付いたか、ジロウ」

「……駿河は?」

「冷たい飲み物を探しに行った。近くの自販機は売り切れらしい」

「二回目だな、これ。情けない……」

「俺の膝で良ければ何度でも貸すが」

「……これっきりにさせてくれよ」

「おそらくは脳のオーバーヒートだ。ここ最近色々ありすぎたからな。多くは俺が原因を作ったんだが」

「……珍しく殊勝だなネビュラ、今日は」

「出て行くという話がここまでジロウにダメージを与えるとは思わなかった」

「感心するくらい腹立つな、お前……」

 ジロウはネビュラに頭を預けたまま目を閉じた。風向きが変わるたびに蝉の声と川のせせらぎの音が入れ替わった。

「……俺は男に戻るぞ、ネビュラ」

「ああ」

「魔法少女も辞める。絶対に」

「ああ」

「……だからお前が地球にいても、文句を言うつもりはない」

「……」

 ネビュラは口を閉じていた。しかしほんの僅かに肩が震えて、その振動が膝を通じてジロウまで伝わった。

「……笑ったなお前、いま」

「いや。笑ってはいない」

「間違いなく笑った。……いいよもう。好きなだけ笑え」

「笑わない。喜ばしくはあるがな。……帰らないでくれと、ジロウのほうから懇願してくれるとは思わなかった」

「ちょっと待て。誰がいつ懇願した」

「ジロウが。つい先ほど」

「……してないだろ! 故障してんじゃないのか! その宇宙イヤーだか何だか!?」

「……心配してたら。なに二人でイチャついてるの?」

 声のしたほうを向くとペットボトルを抱えたミヤコが呆れた顔で立っていて、ジロウは慌てて飛び起きた。

「誰が誰と! ……あ、いや。……ごめん、駿河にも心配かけて。もう大丈夫だから」

 ジロウはゆっくり椅子から立ち上がって、ミヤコが差し出したペットボトルを受け取った。


「……あのさ、早乙女くん……コレなに?」

 喉を鳴らして水を飲むジロウから隠すように、ミヤコはスマホをネビュラに向けた。

「ああ。ミヤコは気にしなくていい」

「いや気になるでしょ! こんなの桜木が見たら……あっ」

 ミヤコは手で口を押さえたが、大概の場合それは手遅れだ。

「……駿河? ちょっと見せてもらってもいいか、それ……?」

 嫌な予感というよりも、確信に近い凶事の存在がミヤコのスマホから匂ってきていた。

「……いちおう言っとくけど。見ないほうがいいと思うよ?」

 躊躇ったミヤコのスマホにジロウが無言で手を伸ばし、画面を自分に向けた。そこには。

「……人気魔法少女アイドルのユメユメに新パートナー爆誕。魔法少女ジロウのビジュアル公開……」

 声に出して読み上げた先のリンクをタップすると、見覚えしかないピンク色の衣装の魔法少女の画像が表示された。

「……ネビュラ」

「どうやらジロウの体調は大丈夫そうだな。なら美味いラーメンとやらを食べに行くか。一乗寺はどっちだ?」

 明後日の方向に歩き出したネビュラの背中に、ジロウは殺気の篭った目を向けた。

「……お前、俺を売ったな……?」

「人聞きの悪いことを言うな。依頼の正当な報酬だ」

「本人に無断で正当もクソもあるか!?」

「一乗寺までは電車なのか? ひとまず美味いラーメンを食べて一旦落ち着こう」

「やかましい! お茶漬けでも食ってろ!」

「あ。桜木が京都っぽいこと言った」


 このあと怒り狂うジロウをミヤコが宥めすかし。一乗寺でラーメンを食べ、終始不機嫌だったジロウの案内で金閣銀閣、清水寺を回り。新京極を歩いて京都タワービルで食事をして。

「なんか雑」

 そうミヤコが不満を呈した京都観光は幕を閉じた。

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桜木ジロウは魔法少女を辞めたい ウメダトラマル @umeda_toramaru

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