第26話 女王VS姫②
「うぉおおおっっっ!!」
ジロウがさらに力を込めると、全身を包んでいた光が柱となって夜空を二つに割った。
「スゴい。超サイヤ人みたい」
「そうだな」
ミヤコの呟きにネビュラが頷いた。
「知ってるんだ?」
「宇宙百科に載っていた」
「載ってるんだ」
地上はどこまでも呑気だったが、空のほうは違った。ジロウが手にした白銀色の大弓で魔法矢を放てば、ハルエは光球を操ってそれらを薙ぎ払い、焼き尽くす。ハルエが光球から様々な属性の魔法弾を撃てばジロウが魔力を纏った手足で叩き落とした。
「やるやないか」
「……そっちこそ」
ハルエとジロウは互いに好戦的な笑顔を向けた。元々ジロウは争いを好まない性格だがこのときばかりは違った。単純に腹が立っていただけだが。
「アルティメットモードになれるゆう話はユメユメちゃんから聞いとったけど、正直ここまで戦えるとは思うとらんかったわ」
「……そりゃどうも」
驚きを隠さないハルエに、ジロウは複雑な気分で言葉を返した。ただでも苦手な祖母の口からユメユメの名前が出たのがまた不快だった。なので一発目を上回る大量の魔法矢も返事のついでにお見舞いした。
「けどそんだけや」
魔法矢はハルエのもとに辿り着く前に、その全てが蒸発して消えた。
「……っ!」
三度、四度。繰り返しても結果は変わらず、ジロウの顔に焦りが出た。
「……なんでウチがこんな山奥に住んでる思う? 魔力が大きすぎてな、普通に暮らしてても漏れ出てまうねん。逆に言えばそうなるまで魔法少女として鍛えてきたゆうこっちゃな」
「…………!」
悲劇のゴリラのような台詞を口にしたハルエの身体が一回り大きくなったようにジロウには見えた。それは錯覚だが気のせいではない。ハルエの身体から溢れ出た魔力が周囲の空気を歪ませてそう見せていた。
「だからジロウはウチには絶対勝たれへんのや。少なくとも、感情に任せてアルティメットモードなんか使うとるうちはな。それを今から思い知らせたる」
ハルエが両腕を掲げると、光球が集まって合体し、一つの大きな光の玉になった。
「元気玉か?」
「違うと思うけど……詳しいね早乙女くん」
「実は家に全巻ある。なかなか面白そうだったからな」
変わらず呑気な地上だが、こちらもそうも言っていられない。強大すぎるハルエの魔力が暴風を撒き散らし、ネビュラは屋敷の周囲に宇宙バリアーを展開していた。
「一撃や。これに耐えれたらジロウの勝ちでもええで」
光の玉が膨張し、一つの形を取る。それは巨大で凶悪な光のハンマーだった。
「……見くびるなよ。何を言おうと、孫の盗撮とかする変態ババアに、逆に俺から一撃食らわせてやる」
ジロウの手の中の弓も変化、巨大化して、白銀色の船のような形状になった。両脇に支柱のある船だ。
「魔法使とるやん。聞いてた話ちゃうな」
「……出来そうだと思ったからやってみただけだ」
「なんや付け焼き刃かいな」
ハルエは鼻で笑った。
「あれは何だミヤコ?」
「……バイキング? 遊園地によくある」
「ああ。ジロウは遊園地が本当に好きだな」
「……コレしか思い付かなかったんだよ! もう黙ってろ、二人とも!」
ジロウがついに地上にキレた。
「そないなオモチャでウチの一撃を防げる思うとんのか?」
「やってみなきゃ分からないだろ!」
「さよか。ほな試してみい!」
唸りを上げてハンマーがジロウを襲う。ジロウのバイキング船は大きく反動をつけてそれを迎え撃つ。具現化した魔力と魔力が衝突し、その衝撃波が京都の夜を大きく揺らした。
「……おかしい。そんなわけあらへん」
ハルエはシワだらけの手で顔を押さえて低く呻いた。
ハンマーとバイキング船は共に砕け散った。その衝撃を至近距離で受けたジロウとハルエは双方意識を失って地上に転落するところを、ネビュラの宇宙バリアーに拾われた。そしてネビュラとミヤコの二人の手によって仲良く縁側に転がされた。
ジロウはまだ気絶していたがハルエはすぐに目覚めた。
「いや、やっぱおかしい。力勝負でウチが負けるはずない」
ハルエは起き上がろうとして失敗し、縁側から転げ落ちそうになってミヤコに支えられた。
「お婆ちゃん、起きちゃ駄目でしょ。トイレ我慢できない? 一緒に行く?」
「……すまないねえ、優しいお嬢さん……ってなんでやねん! ボケ老人扱いすんな!」
華麗にノリツッコミを決めて、ハルエは不貞腐れた顔で再び縁側に寝転んだ。魔力があっても身体に受けたダメージは如何ともしがたい。起き上がっただけで疲れてしまった。
「年寄りの冷や水というやつだ。出前が来ていたから、ジロウが動けるようになったら飯にしよう」
「せやから年寄り扱いすんなて……」
ハルエが散らかした部屋を一人で片付けているネビュラの背中をしばらく眺めて、ハルエは思い当たった。
「分かったで。お前やな、余計なことしたんは」
「何の話だ?」
「あのオモチャの船とぶつかった直後に、急に重さが増したんや。まるで誰かが手助けしたみたいにな」
「そうか。大変だったな」
「……シラ切るならそれでも構わん。お前が手出しした段階で、ジロウの負け確定やからな」
「仮にだが。もし俺の力が加わっていたとしても、それはジロウの力だ。俺の力はジロウのものだからな」
「出た、屁理屈」
話を聴いていたミヤコはネビュラの手助けを確信したが、口出しは避けた。
「……やっぱそうや。その屁みたいな理屈。ネビュラ、アンタさん、ヴァルゴの身内やな。孫か?」
「ヴァルゴ?」
知らない名詞が出てきてミヤコが聞き返した。
「昔、地球に攻め込んできた宇宙同盟とかいうヤカラの首領や」
「ヴァルゴは俺の父だ」
「え? え?」
突然話が思わぬ方向に進んで、ミヤコは軽く混乱した。
「父て……アイツ幾つやねん。相変わらず若い女のシリ追っかけ回しとるんやな。それはええけど、なるほどな。これで納得いったわ」
ハルエは小さく息を吐いて瞼を閉じた。
「え……全然話が見えない」
ミヤコが目を向けるとネビュラが軽く頷いた。
「……昔俺の父がこの星を攻めて、それを撃退したのがハルエということだ。俺も幼い頃から地球には魔法少女という、強く美しい女性がいると聞いて育った。半信半疑だったがジロウと出会い、父の話が真実だったと知ったんだ」
「……なんかスゴい。運命? 因縁? 分からないけど壮大な話だね」
「何が壮大や」
感心したミヤコにハルエが吐き捨てた。
「騙す、平気で嘘つく、目的のためなら手段も選ばん。ウチの知る限り最低の男や。因縁なのは間違いないけどな」
「……あー、それ。間違いなく早乙女くんのお父さんだ」
「どういう意味だミヤコ?」
「そのままの意味だけど」
「う……どこだここ……?」
やっとジロウが目を覚まし、ネビュラは夕食の準備のために居間を出て行った。
「……しゃあない。今回は引き分けにしといたるわ」
ネビュラが温め直した出前のピザにヤケクソのように齧りつきながら、ハルエがボソッと小声で宣言した。拗ねた子供のような口調だった。
「……引き分け……って。じゃあどうなるんだ? 俺、魔法少女辞めていいのか?」
口と手をトマトソースで赤く染めたジロウが顔を上げた。丸一日以上何も食べておらず、ずっと無言でピザを貪っていた。
「アホか。引き分けやぞ。そしたらウチも動画バラまくで」
「……」
「ノーゲーム。仕切り直し。後日にコイツのおらんとこで再試合や」
「再試合……? またアレやるのか?」
ネビュラを指差したハルエは、困り果てたような顔を見せたジロウにわざとらしい大きな溜め息をついた。
「……て言いたいとこやけど、それはナシや。ウチにも人並みの情はある。これ以上ジロウを傷付けたいとも思わん」
「……俺も。できればもう婆ちゃんとは戦いたくない。散々な目に遭わされてきたけど、それでも俺の婆ちゃんだからな……」
「……ジロウ」
ハルエはここに来てようやく毒の抜かれた顔をした。
「なら最初から盗撮とかしなきゃいいのに」
「言うなミヤコ。あとであの動画のデータを譲ってもらうつもりなんだ」
「なんなんジロウ、コイツら?」
「……俺の友達。なんだけどな、一応……」
一応、とジロウは繰り返した。
食事の片付けをして風呂を済ませ、ジロウたちはそれぞれの布団に入った。ジロウとミヤコは互いにやや不本意な女子部屋。まさかこんな日が来るとはと、二人とも同じ思いだったが。
「ねえ、桜木」
「……何だよ」
「早乙女くんのこと、どう思ってる? 今の桜木は、っていう意味で」
何故こんな質問をしたのか、その理由は実のところミヤコにも良く分かっていない。ただ記憶喪失のときのジロウが、傍目にも明らかにネビュラに好意を向けていたのが不思議だった。少なくとも普段のジロウからそんな気配を感じたことは一度もなかったからだ。
あるいはこの件に関して、ジロウとネビュラ、どちらの味方をするか決めたかったのかもしれない。
「……俺は。何度でも言うけど、俺はさ、男なんだよ」
少し離した布団の中で、ミヤコは黙って頷いた。ひどく時間のかかる返事だったが、間怠っこしいとは感じなかった。
「……男は男を好きにはならない。違う人もいるんだろうけど、……俺はそうじゃない」
「そういえば聞いたことないけど、桜木って好きな女子とかっているの? 名前とかじゃなくて、いるかいないか」
「いるにはいる」
「えっ!!?」
ミヤコが布団から飛び出した。
「え、誰? 誰!? ウチのクラス??」
「誰とかじゃないって言ったよな!?」
「だってまさか、いるって思わないし! 興味なさそうなこと言ってたし! 誰のこと?聞くまで寝かさないからね!」
ミヤコはジロウの布団を剥がして放り投げた。
「おいっ」
「ほら早く! 絶対秘密にするから!」
抗議したジロウの身体をミヤコがグイグイ揺さぶる。女子の恋バナ好きを甘く見ていた自分をジロウは恨んだ。
「……名前は言わない。長い黒髪が凄い綺麗で、背が高くて、スタイルも良くて美人で。あと物静かで」
「へえ……。ウチのクラスにいたかな? そんな目立ちそうな女子。そういう人が好みなの?」
「どうだったかな。今はどっちかって言うとあんなふうになれたらって、憧れてる感じだけど……あ、いや」
「ちょっと待って。今なんて?」
「……いや違う! 間違えた! そうじゃない!」
「……やっぱり女子になってきてるんじゃないの、桜木? 心っていうか頭のほうも」
「だから違うんだって! 言い間違い! 言葉のあやだ!」
「やかましいわ! 何時や思うとんねん!」
ハルエが怒鳴り込んできてこの話は強制終了となった。
蝉やら虫やら風の音やら、静寂とは無縁の京都の山の夜で。ネビュラのいる居間だけが不気味なほど沈黙していたことに、この時点では誰も気付いていなかった。
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