第4話 宇宙人ネビュラ

「ここで何をしていた、桜木ジロウ」

 金髪の宇宙人はもう一度、静かにその台詞を口にした。

「……なんで俺の名前を知ってるんだ」

 ジロウは辛うじてそれだけを喉から搾り出す。その程度にこの宇宙人から受ける圧は凄まじいものがあった。

「我々を舐めるな。宇宙の調査力を持ってすればこの程度は容易いことだ」

「……?」

「?」

 今ひとつ言っている意味が分からず、ジロウとミヤコの頭上に同じ記号が浮かんだ。

「答えられないか。なら質問を変えよう」

 金髪が一歩踏み出し、ジロウは同じだけ後退した。真っ直ぐにジロウを見据えている目を見て「瞳も金色なんだ」とミヤコはやはり呑気なことを考えていた。

「桜木ジロウ。お前はその女が恋愛対象なのか?」

「は……?」

 思わずジロウはミヤコを振り返る。実に不愉快そうな顔をされて、また心にダメージを負った。

 もちろんそんなつもりはない。だがクラスの女子に対して全否定もマズい気がする。とはいえこの場凌ぎの方便でも同意などしてしまえば、先程の行為に妙な意味が生まれてしまう。最悪のタイミングで最悪の質問だった。

 ジロウは悩んだ。悩んで悩んで、結局妙案は浮かばなかった。なので最も無難と思えた台詞を選んだ。

「……俺は女子をそんな目で見たことはない!」

「え、桜木、それって」

「……男子をそんな目で見たこともないからな。一応、念のため言っとくけど」

 また違う意味で嫌な反応だった。

 金髪は少しの間ジロウを黙って眺め、ごく僅かに頷いた。

「……ふむ。ならば俺も矛を収めよう」

 金髪の宇宙人から怒りの波動が消えたことをジロウもミヤコも察知した。だが。

「ようやく本題に入れるな」

 金髪は大股で一歩踏み出し、唐突にジロウの前で片膝をついた。そして手にしていた花束をうやうやしく差し出すと、ジロウを見上げ、聞き間違いようがないほどハッキリとその言葉を口にした。

「桜木ジロウ。お前に結婚を申し込みにきた」


「……は???」

「なんて???」

 あまりにも唐突すぎて、ジロウとミヤコの頭の上の疑問符が増えた。

「俺と結婚して欲しい、桜木ジロウ」

 根元から折れ曲がり、半分ほど花弁も散った無惨な姿の花束を差し出したまま自分を見上げている宇宙人を、ジロウは文字通り宇宙人を見るような目で見下ろしていた。

「……クシャクシャだけど。花束」

「ああ。失礼した。これはこうするんだ」

 ミヤコの指摘で初めて気付いたらしく、金髪は花束に向かって手を翳した。すると二人の見ている前で花束は元の瑞々しい姿を取り戻した。

「凄い……けど、何したの?」

「宇宙パワーだ。大概の損傷はこれで修復できる」

「宇宙パワー」

 魔法に宇宙。もう何でもアリだ。

「……あのさ、ちょっといいか?」

 おずおずとジロウが小さく手を挙げた。突然のプロポーズで茫然自失していたものが、やっと戻ってきたようだった。

「俺、男なんだが。見ての通りと言うかなんて言うか」

「舐めるなと言っただろう。お前の正体があの美しくも可憐な魔法少女ということも既に調査済みだ」

「!!!?」

 ジロウは絶句した。まさかいきなりそこまでバレているなどと考えもしなかった。

「さあ、桜木ジロウ」

 金髪の宇宙人は、金色の瞳に隠しようもないほどの恋慕を湛えてジロウを見上げた。返す言葉も出ない。ジロウはジロウで、隠しきれないほどの鳥肌を懸命に手で擦っていた。

「その地味な擬態を解いて、あの美しい、本当の姿を俺に見せてくれ」

「ちょっと待て。今なんて言った」

 ジロウは反射で突っ込んだ。




「その地味な男子高校生の擬態を解いて、本来の魔法少女の姿に戻ってくれと言ったんだが」

「……コイツは一体、何を言ってるんだ?」

 ジロウはついミヤコに意見を求めたが。

「……擬態だったんだ、それ。確かに地味で目立たないもんね」

「悪かったな。地味で目立たないのは生まれつきだよ。って言うか、分かってて言ってるよな、駿河」

「うん、まあ」

 悪びれもしないミヤコに、ジロウは深い溜め息を吐いた。

「どうした、桜木ジロウ?」

「どうしたもこうしたも! こっちが正体!魔法少女が仮の姿だ! いい加減にしろこの勘違い野郎!」

 ジロウは全力で怒鳴りつけたが、金髪の宇宙人はやれやれとばかりに首を振った。

「誤魔化さなくていい。俺たちの間に隠し事は不要だ」

「あー……もう、どうすればいいんだこれ。コイツ」

 この残念で頑固な勘違い宇宙人に、一体何を言えば理解させることができるのか。ジロウは本気で頭を抱えた。


「ところで、あなた……宇宙人さん? はどこの誰なの? そう言えば名前も聞いてないけど」

 ここでようやくミヤコが助け船を出した。陽が落ちて一層寒くなり、そろそろ帰りたいと思っての発言だが、結果的に助け船になった。

「……俺としたことが、失念していた」

 すまない、と金髪は立ち上がって日本式で頭を下げた。

「俺の名はネビュラ。お前たち地球人が乙女座銀河団と呼ぶ、遥か遠くの宇宙から来た」

 それがどこか全く分からないが、遠いということだけはミヤコもジロウも理解した。

「そんな遠くから、何しに? 婚活?」

「それもある」

「あるんだ」

「だがそれは個人的な目的だ。当然、公人としての目的も有している」

「……そっちの目的を話せよ、宇宙人」

 ジロウが疲れ切った声を出した。ネビュラと名乗った金髪の宇宙人に呆れ果てていたが、そうとも言っていられない。

 宇宙人という存在は多くの場合において侵略や誘拐、最悪の場合人類殲滅など、ロクでもない目的を持っている。わざわざ遠くから来るのだから当たり前なのかもしれないが、それは向こう側の論理だ。地球に敵対行為を働く気なら、ジロウとしては阻止をしなければならない。

 宇宙人ネビュラは地面、つまり地球を指差した。

「この星に眠る資源の略取だ。阻む者がいるなら殲滅も辞さない。全権は俺に委ねられている」

 限りなく最悪に近い答えだった。


「……なら俺が止めるしかないな」

 ジロウは肩に掛けていたバッグから魔法ステッキを取り出した。しかしネビュラに、餌を前にした大型犬のような爛々とした目を向けられて、そっとステッキをバッグに戻した。

「変身しないの、桜木?」

「……なんか嫌な予感しかしない」

「でもガッカリしてるよ、ほら」

 ミヤコが指差した先。ネビュラは餌を取り上げられた大型犬のような目をしていた。

「ちょっと可哀想。変身してあげたら?」

「絶対嫌だ。……にしても他人事だよな、駿河」

「まあ、うん」

「うんて」

「寒くなってきたし、そろそろ終わらせて帰らない? 桜木も」

「いやそうしたいのはやまやまだけど……」

 スマホを見ると、時刻は七時半を回っていた。

「……いや。俺は残って、もう少しコイツと話す。誤解だけでも解かないと気が気じゃない。だから駿河は先に帰ってくれ」

「いいの?」

「ああ」

「俺も構わない。遅くまで悪かった」

 何故かネビュラも同意した。

「じゃあ。風邪引かないでね、二人とも」

「ああ」

「気遣い感謝する」

 ジロウと何故かネビュラ二人に見送られ、ミヤコは小首を傾げながら公園をあとにした。



「……結局あれから三時間かかった」

 翌朝、席を訪れたミヤコにそう答えたジロウはすっかり鼻声で、見事に風邪を引いていた。

「大変だったね。……で、分かってもらえたの?」

「どうだろうな。全然分からん……」

 ジロウはそのまま机にへたり込んでしまい、この話はここまでになった。

 始業のチャイムが鳴り、担任の山田先生が入ってくる。続いて教室に現れた人物を見て、ミヤコはバッグから出したばかりのペンケースを床に落とした。さりげなくジロウに目を向けると、水揚げされた魚のように口をパクパクとさせていた。

「おはよう。えーと、急だけど転校生。自己紹介、いい?」

「ああ。今日から世話になる、早乙女ネビュラだ。よろしく」

 男子の夏服を着た金髪の宇宙人は、クラスメイト全員に向かって慇懃な礼をした。

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