第10話 逃げた生徒会長

「うぅ〜〜〜〜〜……」


 入店した刹那、このかは対面式の二人席テーブルの上で酷く頭を抱えながら唸り続ける。


「そう落ち込まないことよ。私たちの前の人たちでちょうど販売が終わっちゃったんだから」


 せっかく手に入れたかった限定グッズが、このかのところで完売となってしまった。そのことに、このかは大変なショックを受けている最中だ。


 方やここでも冷静沈着な栞奈かんなは、用意された水の入ったグラスを口に付けながら、こんなのは当然よとこのかに唱える。


「で、でも、やっぱり欲しかった戦利品は必ず手に入れたかったので――」


 このかは頭を抱えていた両手を膝の上に置き、悔しそうに言葉を繋ぐ。


「私は昔から幸せという賜物たまものから無縁の女子なのでいいんですよ。おみくじ引けば必ずといっていいほど大凶を引きますし、信号機のある横断歩道を渡ろうとしたら必ず赤になってしまいますし――」

「あ、あの、それとこれとは――」


 唐突に始まったこのかの不運エピソードに、栞奈は無関係だと否定する。


 それでもこのかは陰キャオーラを醸し出しながら話を続ける。店員が二人が注文した料理が運ばれていることに気づかずだ。


「あ、あぁ。どうぞお気になさらず」


 このかの陰キャぶりに、店員も唖然とした表情を作りながらこのかを見つめる。空気を察した栞奈が機転を利かして対応する。


 そんな状況下でも、このかはぶつくさと自身の不運ぶりをボヤき続ける。


「そうよ。そうに決まっているわ。私のような陰キャは常日頃から見えない疫病神と隣合わせで生きているからこんなにも不幸が続いているのよ。やっぱり不幸と死ぬまでつき合っていくしかない人生なのよ。そうよ。私はそんな運命を辿たどっていくしか――」


 深刻にまで酷くなっていくこのかの陰キャぶりを変えたのは、自身の口中に広がる芳醇な甘味あまみと酸味だ。


(……こっこれは!酸味と甘味の効いたこのフルーティーな風味!こんなネガ思考を一気に吹き飛ばしてくれるこの風味は一体何なの!?)


 その甘みが脳内を刺激し、いわくネガ思考が次第に消えていく。


「ちょっとでもいいから気持ちを切り替えなさい」


 俯いていた顔を栞奈の方へ向くと、彼女は呆れた表情を作っていた。


「あなたがくよくよしている間に、もう注文していたスイーツがきたわよ。しっかりと食べて元気を出しなさいよ」

「あっはい……」


 このかは爽やかなソーダ色のゼリーの上に甘くてクリーミーなソフトクリームが、更にその上に苺のソースと色とりどりのチョコチップがかかったパフェ。栞奈は赤と紫のベリー系のフルーツソースがたっぷりとかかったパンケーキを注文した。


 パフェは『まほミク』のヒロイン――ミクロンのキャラクターそのものをモチーフにしている。明朗快活ながら爽やかな性格をイメージしたソーダ色とゆるふわな印象をイメージしたソフトクリームが、いかにも彼女らしさが伝わってくる。


 方やパンケーキは、『まほミク』のマスコットにしてミクロンを魔法少女にした謎の生物――イミテの表裏ひょうりある内面をソースに見立てることによって、イミテのおぞましさをより引き立たせる色合いを再現されている。


 とは言えども味は悪くない。には、こんなにも心を動かすスイーツが世の中にあるのかとこのかは感動する。


「あっありがとうございます……」


 このかはパンケーキを食べさせてくれた栞奈に、ペコリと頭を下げて感謝の挨拶をする。


 しかし、このかはふと疑問をいだく。


「とっところで生徒会長。たっ確かそのパンケーキ、生徒会長が注文したパンケーキ――」


 このかは手をガクガクと揺らしながら、栞奈のパンケーキを刺しているフォークを指さす。


「うん?そうよ?これからわたくしが口にするパンケーキよ。何か不思議に思うことがあるの?」

「あっいや……。不思議という前に、その――」


 栞奈が口にするそのフォーク。それは先刻このかが口を付けたフォークだ。


(つ、つまりこれは、いわゆる間接なにがしってやつなのではっ……!?)


 コミュ障故に生半可な気持ちでハッキリけるはずがない。


「せっ生徒会長!!」


 このかは何を血迷ったのか、パフェのソフトクリームに刺さっていたの細長いスプーンを持ち、チョコチップがかかったソフトクリームを乗せたスプーンを栞奈の口に無理やり押し込む。あまりにも突然の出来事に、栞奈は目を丸くする。


「……こっこれでおあいこです」


 栞奈の口に押し込んだまま、このかはまるで主人公が言いそうなセリフを口にする。


「ふぁ、ふぁぬいはん、ひっはい、はひひへふほよ⁉」


 栞奈は照れ臭さのあまり、顔を朱に染めながらスプーンを咥えて質問をぶつける。じっくりと耳を傾けて聞くと「讃井さぬいさん、一体何してるのよ⁉」と言っているのだろう。


「えっ?……あっその……。生徒会長がか、か――」


 このかは眼前の生徒会長の染め上がった顔が、機嫌が急激に悪化しているのと勘違いし、とにかく返答しようと努力する。


 しかしコミュ障なこのかは、ストレートに『間接キス』とハッキリ言って、更に栞奈の怒りを買ってしまわないかと躊躇ちゅうちょしてしまう。


「ご、ごめんなさい讃井さん!ちょっとお花摘みに!」

「あぁ……」


 椅子の脇のかごに入れているリュックサックをせかせかと背負い、速足でそのままお花摘み――もとい、お手洗いへ移動した。


 しかしこのかは、お手洗いに行くだけで何故リュックサックを背負う必要があるのかと疑問をいだく。


 それからというもの、栞奈はこのかの前に現れず、かれこれ三十分が経過した。


「空いたお皿をお下げしてもよろしいでしょうか?」

「あっはい……」


 このかのパフェはからになったので店員がそのことを確認すると、このかは視線を逸らしながら了承する。


 方や栞奈が注文したパンケーキはそのままだ。戻ってくるだろうと想定したからか、持っていくことはなかった。


(むぅ~……。生徒会長、お花摘み長すぎませんか?待たされている私の身にもなってくださいよ……)


 このかは心の中で栞奈のお花摘みの長さに不満を漏らしながら、彼女が食べる予定だったパンケーキをフォークで角の部分をひと欠片かけらだけ切って口に入れた。


 ☆☆☆


(生徒会長、一体どこなの……?)


 コラボカフェを後にしたこのかは、忽然と姿を消した栞奈をさがしながら秋葉原一帯を走り回っている。


 これだけの人が行き来しているから捜すのに骨が折れるが、これ以前からこのかにとって骨が折れる出来事があった。


「あっあの……、キャ、キャッシュ決済で――」


 支払いをする際、レジ係の店員と目を合わさないどころか会話もままならなかった。それでも何とか意地で第一関門を突破した。


 あとは栞奈を捜すだけ――なのだが、一体どこへ隠れたのかアテがないのが事実。


 まだ出会って日も浅いから、彼女が隠れそうな場所が把握できない。


(はぁ~……。一体どうしたらいいんだろう……)


 このかはコレといった万策が思いつかず、大きく落胆する。駅前の広場を八方見渡しても無意味なのは理解しているが、きっと近くにいるかもしれないと信じるあまりつい捜してしまう。


(はぁ~……。私はやっぱり部長失格よ。部員の気持ちなんてこれっぽっちも考えないもの……)


 このかは今までずっとぼっちで過ごしてきた人生。それ故に他人と行動を共にしたことなんて一切ない。


 そのツケが今になって現れてしまった。


(……あれ?私、なんで涙を流しているの?)


 不思議と涙を流していることに、このかは自身の感情の異変を感じる。


 寂しい?それとも悔しい?


 ぼっちの時には経験したことのないまぜこぜした感情に、このかの胸が苦しむ。


 その証拠に、無意識のスマホをポケットから取り出してメッセージアプリをひらいている。


(こっこれは一体どういうことなのっ!?何で勝手に手が動いているのっ!?)


 その行動はこのかも理解していなかった。どうしてアプリを開いて栞奈に通話しようとしているのか。


 やっぱり会いたい気持ちが強く出ているみたいだ。そうと思えば、至急連絡取って栞奈に会わなければ――。


「ちょっとすみません。お時間よろしいでしょうか?」


 このかが栞奈に通話しようとしたその時、一人の男性が声をかけてきた。

(続く)

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