第9話 コラボカフェ

「どう?戦利品はこれで足りた?」

「あっはい。『まほミク』グッズの他にも、新刊の漫画やラノベもたくさん買えましたので……」


 このかと栞奈は、アニメショップ専用の青いレジ袋をげながら談笑して次なる目的地へ向かう。


「……そ、そうね。あなた両手に何袋か提げているものね……。いくつか持つのを手伝うわよ?」


 よく見ると右手に五袋、左手に四袋――両手に計九袋を提げている。袋の中身も漫画やラノベの新刊が大半を占めている。まるでバーゲンセールで大量購入した野菜類のようだ。これだと袋だけでなく指まで千切れてしまいそうだ。


「いっいえ……。生徒会長のそのお美しき手指しゅしの皮を削ぎ落とすわけに……は――」


 自分のなけなしの小遣いで購入した戦利品は自分で最後まで自宅に運ぶ――このかは、そんな思いを胸に、重さのある袋を力の尽くす限り自分で運ぶ。


「……えっ?」


 見かねた栞奈は、右手に持っている重そうな袋を持ち、運ぶのを手伝う。


「そうは言っても、わたくしがこの一袋だけ持っては可哀想よ。運ぶのを手伝うわよ」


 そう言いながら栞奈は、右手で提げている中身がスッキリとしている袋を黒のリュックサックに入れて、代わりに右手の五袋のうち三袋を持つ。


「あっありがとうござ――」

「あなたね、もう少し限度を知りなさい。いくら欲しいものは今すぐ手に入れたいからと言っても、売り切れわない限り逃げないわよ」

「すっすみません。気になる戦利品を見つけるとつい手に取ってしまうのでその、あの、はい……」


 このかが感謝の言葉をかけている途中、栞奈のお説教が始まってしまったので、結局は萎縮してしまった。


 ちなみに栞奈の買ったグッズは何なのかは不明だ。一応このかは中身についていてみたものの、栞奈は「秘密よ」と一言だけ返答するのみだった。


 そんなに秘密にすることかと首をかしげたくなるけど、まぁそこまで追及することじゃないと気持ちを改める。


 このかは栞奈の横を歩いていると、つい気になってしまうことがある。


(いいなぁ生徒会長は。スタイルがいいからどんな服も似合うだろうなぁ……。生徒会長のような人が、こんなにも颯爽とサブカルタウンのど真ん中を歩いたら、そりゃあ目を引くに決まってるよ。それに引き換え私と来たら、クローゼットの中を開ければ人気アニメの名言が書かれたシャツと学校の予備のジャージしかないもんなぁ……。私のような芋っが生徒会長が着ている服なんて着たら印象違ってくるだろうなぁ……)


 心の中で栞奈のスタイリッシュなコーデに見惚みとれ、自身が同じ服をまとったって似合うはずがないと、つい比較してしまう。


「んっ?どうしたのよ?」

「あっ!いや、その……、生徒会長の服って、どうしてこうも似合うのかなぁと思った次第で――」


 栞奈がこちらを向いて訊いてきたので、このかは正直に話す。どうせなら誤魔化すよりはマシだ。


 そして栞奈の様子はどうだろうか。褒められたことがあまりないせいか、頬を朱に染めては一瞬言葉を失ってしまった。


「あ、ありがとう。まさか讃井さぬいさんがそこまでわたくしのファッションをたたえるなんて思いもしなかったわ……」


 栞奈は、このかがあそこまでベタ褒めするなんて夢にも思わなかったから、素直に感謝する。


「そう言う讃井さんも結構似合ってるわよ。どんな服にも似合うんじゃ――」

「そっそう言われましても、これは妹から拝借したものてまして……」


 栞奈がこのかの仮初かりそめファッションを逆ベタ褒めすると、当人は後頭部をポリポリと掻きながら正直に話す。


 しかし栞奈の逆ベタ褒めは、どういうわけか途中で打ち切った。


 このかの初めて見る私服姿を首の下から靴の爪先つまさきまでまじまじと見ていると、どうしてもある部分が気になって仕方ない。


(讃井さん、わたくしより背が低いのに――。どうして?)


 この瞬間とき、栞奈は自身の両胸に手で軽く触れながらどうしても眼前の良いものの持ち主と比較してしまう。


「あっあの……。やっぱり似合わないですよね?何せ妹の借り物ですから――ひぃっ!?」


 このかが自己否定的な言葉を栞奈にぶつけていると、唐突に栞奈がこのかの両肩の上に手を乗せてきたので、恐怖のあまりこのかは歯を食いしばりながらおののいてしまう。


「讃井さん。次は部活関係なしに洋服を買いに行きましょう……」

「えっ?えっ……?」


 そして栞奈は、きびすを返して再び前に進んで行った。


(えっ……?一体どういうこと!?今のは……!?怒らせた!?何か怒らせることとかした……!?)


 一体何が原因で栞奈の機嫌を損ねたのか、このかは見当けんとうもつかなかった。


 不思議なモヤモヤを残したまま、このかと栞奈は、次の目的地に向かった。


 それにしても、本当に爆買いし過ぎたとこのかは栞奈を追いかけながら自戒する。袋の重さが邪魔になって、歩くスピードがゆっくりな気がする。


 それでも栞奈が一部を持ってくれたおかげで、多少は追いついた。


 流石に重さのある袋を持ち歩いたままでは手も痛くなるし疲労が蓄積するので、近くのコインロッカーに袋を入れてから次の目的地へ向かう。


 その目的地は、駅前のオフィスビルの横にある小さな二階建てのビル。


 そこは人気アニメとコラボレーションしたスイーツやドリンクが楽しめるお店で、これまでにも幾多の作品とコラボを行い大盛況となっている。


 そんなカフェで今コラボをしているのは、これまた『まほミク』だ。


 一期の放送中からコラボをして欲しいという声が多かったのだが、二期の放送終了にコラボが決まり、今回満を持しての開催となった。


 実は今回の課外活動の目的こそ、このコラボカフェに行き、二人で堪能するためなのだ。


 流石には覇権作品とだけあって、コラボカフェとしては異例とも言える行列ができている。入り口から最後尾まで800メートルまでの長さがある。


 栞奈とこのかは今か今かと心を躍らせながら、行列に並んでいる。


 特にこのかは、目をキラキラと輝かせており、行列の先のお店に今すぐにでも入りたいという気持ちが先走っている。


「讃井さん。随分と躍起になっているわね……?」

「そりゃあそうですよ!だってお店の中では『まほミク』の世界が忠実再現しているって言いますしそこでしか食べられることのできないメニューだって豊富ですし!それになんと言ってもこのカフェにしか手に入ることができない限定グッズもありますからそりゃあ心が躍るに決まってるじゃないですかぁ!」

「なるほどね。確かにそれはいやが応でも手に入れないとね」


 このかは最推し作品の世界を体験できるカフェということもあって、栞奈にいつもの熱量のある口調で高揚感を伝える。彼女のこの状況に慣れっこな栞奈は、その熱を普段通りに受け入れる。


 しかし、コミケほどではないものの膨大な人数を誇るこの行列、しかもその列がなかなか動かない。これが『まほミク』の凄さだ。いつまでも浸っていたい作品の世界観は、一生離れたくないのは理解できる。


 それ以降はかすかながら列は動くけど、まだまだカフェまでは遠い。それまでこのかはスマホの電子書籍アプリで『まほミク』のコミカライズ版を読み、栞奈に至ってはナンプレに集中している。


「お待たせしました」


 ようやく店員の声がかかってきたのは、並んでから一時間が経過してからだ。


(やった!これで限定グッズが貰えるわ!)


 待ち焦がれていたコラボカフェ限定のグッズが入手できる瞬間ときがやってきて、このかは心の中で更に高揚する。

(続く)

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