第11話 戻ってきた生徒会長

 整髪料で固めたツーブロック、純白のワイシャツの上に青とオレンジのストライプ柄のネクタイ、ネイビーカラーのスラックスという社会人にしてはややラフな格好の男性がこのかをたずねてきた。


「あ、あう、あ……」


 初対面との会話が苦手なこのかは、言葉を紡ぐことができず、ただ産まれたての動物の鳴き声のようにうめく。


 こんなこのかだというのに、男性はそれでも伺いを続ける。


「今、弊社では十代女子を対象としたスマホ割引のキャンペーンをやっておりまして――」

(ちょ、ちょっと待って!これって何かしらの勧誘!?これって一体どう返答したら正解なの!?)


 男性がキャンペーンの説明をしている中、このかは返答方法に戸惑っている。


「実は弊社はありとあらゆる携帯会社と提携を結びまして、各社問わず月々最大64ギガまで使いたい放題!しかも月々たったの900円ポッキリ!スマホでネットを使って調べたり動画観たりSNS使って世の中の情報を得る昨今、こんなにも大容量なギガは他にありませんよ?」

「あっあの、わわわ私はそこまでもも、求めてはいないといいいいい……」


 早口で説明する男性に対して、このかは声を震わせながら断ろうとする。


「いいんですかぁ?ここで逃したらもったいないですよ~?」

「あっうぅ……」


 とどめを刺すかのように圧をかける男性に対して、このかの限界は越えようとしていた。


「えっ……」


 そんなピンチを救ったのは、唐突に握られた手の感触だった。


「ごめんなさい。これからわたくしと帰るところですので、その話はまた次の機会にしていただけませんか?」


 この聞き覚えのある口調に、涙を浮かべているこのかは目を丸くした。


 先刻までこのかの前から姿を消していた栞奈かんなが、助けてくれた。


 そしてそのまま駅へと向かい、男性から離れた場所に移動した。


 ☆☆☆


 それから時間はどれくらい進んだのだろうか。


 空が夕焼け色から次第に夜空に変わる頃、このかと栞奈は、ロッカーから先刻アニメショップで大量購入した袋を携えながら駅のホームのベンチに座っていた。幾度も幾度も乗ろうとしていた電車には乗らず、ただ走り去るのを見送っていた。


 欲張って購入した漫画やラノベは相変わらず重い。でも、これくらいの重さはこのかにとってまともな方だ。


 重いのはむしろ、二人の間に流れる微妙な空気だ。


 このかは下を俯いて落胆しているし、栞奈はこのかとは反対の方向を見て彼女の視線を逸らしている。


 栞奈の頬は朱に染まったままだが、これは怒りというより羞恥しゅうちに近い、そんな感じの色合いだ。


「あっあの、生徒会長――」


 このかは借り物の妹のスカートを掴み下を俯きながら、栞奈を肩書きで呼ぶ。


「いっ一体どこまで逃げたのですか?私、凄い心配したんですよ?そっそれに、どうして私の居場所を突き止めることができたのですか?」


 その時の質問時のこのかの口調は、珍しく怒りの感情が入り混じっていた。それはイチ女子としてというよりも、二次元同好会の部長としての口調だ。


 先刻のコラボカフェでの一件で栞奈はお花摘み――もとい、お手洗いに移動したきり、全然戻ってこなかった。混雑が苦手な二次元同好会の部長が秋葉原一帯を捜したのを唯一の部員は、そんな苦労を知らないだろう。


 もちろん、自身の行動にも問題があったが、それでお手洗いへ行くと嘘をつき、そのまま退店し、連絡も寄越さずに黙ってどこかへ逃げるも問題はある。


「……逃げたって人聞きが悪いこと。嘘をついたことに関しては謝罪するわ。でもね、勘違いして欲しくないのは、これが単に逃げただけで判断するのは大間違いよ」

「大間違い……?」


 このかは栞奈の言い分が理解できず、首をかしげる。


「少し……、あんなことをされたのは羞恥しゅうちの沙汰というか……、心臓が跳ね上がってしまうんじゃないかと思っちゃって――」


 栞奈は今まで体験したことのないことをやられたことに緊張してしまい、パニックのあまり逃げてしまったようだ。


「それで……、頭を冷やすことを兼ねて讃井さぬいさんに見つかりづらい駅前のビルのペデストリアンデッキにいたの。でも、色々と考えていると、を想像したわ。こんな街中で、きっとわたくしを捜しているに違いないと。そう思ってここにいる旨をアプリでメッセージを送ろうとしたら、通話の通知がきたの。それで開いたら、男性の声が聞こえて――」

「えっ!?」


 そういえばその時、このかは無意識に栞奈をメッセージアプリの通話機能を使って居場所を特定しようとした。その刹那に、あの男性の勧誘がきた。動揺するあまり、このかは通話を切るのを忘れていたようだ。


「――で、アキバで勧誘が多い場所といったら、駅前の広場だから、きっとと思って移動したら、ちょうど讃井さんが男性と絡んでいるのを発見したのよ。わたくしはあなたのコミュニケーションが他の方よりも欠如しているのを存じているので、急いで男の魔の手から離そうと必死になったのよ」

「コッコミュ――」


 栞奈がこのかを男性から助け出すまでのいきさつは把握できた。しかし自身のコンプレックスを指摘されたこのかは、大きなショックを受ける。


「いい讃井さん。駅前や付近の繁華街というのは、ああいう勧誘とか客引きがたくさんいるのよ。そういうところに一人でウロウロしていると、かえって目立つのよ。街中には怪しいハイエナのようなやからがそこらじゅうに――」

「……………」


 このかが部長らしく部員をガツンと説教をするどころか、逆にされる側になってしまい、このかは沈黙して聞くしかなかった。


「……ウフフ」

「何がおかしいの?」


 唐突にこのかが不敵に噴き出したので、栞奈は怪訝そうにく。


「良かったです。生徒会長の元気が戻りまして」

「んっ?どういうことよ?」


 このかの言葉の意図が掴めない栞奈は、更に質問をぶつける。


「今日の生徒会長は、ずっとらしさがなかったというか、あんまり本調子じゃなかったっていうか――。ずっと緊張していました。何だかその……、あまり友達と遊んだことがないというか――」

「ちょ、ちょっと待って!それってわたくしが友達がいないみたいな感じになっているじゃないのよ!?そんな理由でこのわたくしが今日元気がないってことっ!?」

「いっいや。私は生徒会長を怒らすつもりで返答したわけではないので、その、はい……」


 返答の内容があまりよろしくなかったようで、かえって栞奈を逆ギレさせてしまった。


「……でも、讃井さんはそこまでわたくしのことを理解していたとは――いや、讃井さんだからこそ、私の心の奥底に秘めていた内面を取り出してくれたのかもしれないわ」

「えっ?」


 怒りをしずめた栞奈は、両手をこねくり回しながら過去を打ち明け始める。


「わたくしは普段から人との関わりというのが苦手で、讃井さんとは事情が違うけど、コミュニケーションもあまり上手じょうずじゃないの。そのせいで人づき合いもあまり得意じゃなかった」


 栞奈は暗くなった空を見つめながら、数年前の経験を思い出し、淡々と語る。その話を聞くこのかは、その時の彼女の表情が何とも寂しいそうに映った。


「それに加えて、わたくしは生真面目きまじめな性格で、ちょっとしたことでもつい注意しちゃう癖があるのよ。さっき讃井さんが『まほミク』のグッズを大量購入する際、きつく注意したわよね。もちろん後先のことを考えて注意したのだけれど、それと同時に幼稚園の時を思い出したの。あれは幼少期の頃――」


 栞奈は目をつむりながら、幼少期の出来事を話し始める。

(続く)

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