第8話 生徒会長と初めての課外活動

 ここは東京・秋葉原。


 池袋と並び、都内――いな、国内有数のサブカルタウンであり、平日や休日問わず多くの観光客で賑わっている。特に休日の午後は、大通りが歩行者天国になるので、人通りがより一層多くなる。


 そんな日本を代表する観光スポットに、栞奈かんなが一人、スマホを操作しながらこのかと待ち合わせしている。


 栞奈はオフホワイトのモックネックシャツとブルーのチェック柄のロングスカートをまとっている。


 栞奈は今、電気街の南口の前にいる。ここなら見つけやすいし、付近にゲーセンやラジオ会館があるからこのかにとっても分かりやすい場所だろう。


 つい数日前にID交換した無料メッセージアプリに、現在いる場所をメッセージで伝えたが、あれから一時間ほど経過しても既読がつかない。


「遅いわね……。もう十一時だというのに、どうしたのよ……?」

「せ、生徒会長〜……」


 栞奈の背中側から、何やら疲労困憊こんぱい感の拭えない声が聞こえてきた。これからがスタートだというのに。


「全く。遅いわよ讃井さぬいさん。一体わたくしがどれくらいこの場で――」


 遅刻するこのかを説教すべく栞奈は身体からだごと顧みる。刹那、説教が打ち止めになった。


 顔は病人かと思うほど青ざめ、そして滝のような汗を流している。


「だ、大丈夫なの讃井さん。今日は打ち切って次の週末でも……」


 今にでも命が尽きそうなこのかに、栞奈は心配する。


「だ、大丈夫ですよ……。こ、これくらい……う、うぅ……」

「お、お手洗い行きましょう!ここでやるとマズいわよ!」 

「そっそうですよね……。こんなところで戻したら……う、うぅ……」

 

 最悪こんなところで出したら大事件が発生するのは目に見えている。それはこのかも理解している。


 大ごとにだけはけたい二人は、秋葉原駅内の駅ナカ施設のお手洗いに移動した。


「はい。お水よ」

「あっありがとうございます……」


 栞奈とこのかは、駅ナカ施設のベンチに座り一旦休憩する。栞奈の場合は一時間ほど立ちっ放しによる脚の疲労除去も兼ねているが。


「どうしたのよ?さっきのあの体調は?乗り物酔いとか?」


 慣れない乗り物での移動だから、きっとそれで気分が悪くなったのかもしれない――栞奈はそう思いミネラルウォーターの入ったペットボトルの蓋を閉めるこのかにく。


「いっいや。乗り物は平気です。ただ人混みに酔っただけです……」


 電車の揺れが原因ではないとなると何なのか?栞奈はますます首をかしげる。


「乗っていた電車が信号故障で遅れちゃって、それで人混みの圧力で酔っちゃって……」

「あ、あぁ……」


 理由は人同士の密集だと理解した栞奈は、何も言えずただカラスの鳴き声のような声を発するしかなかった。


「いっいや、そもそも電車乗ること自体は滅多にないので、あんなに人がたくさん乗車するとは想像もしなかったというか――」

「そう、なのね……」


 栞奈はこのかの説明を聞けば聞くほどどうフォローをすればいいのか分からなくなり、戸惑いながら返答するしかなかった。


「まさかとは思うけど、讃井さんはわたくしに気をつかって今回の課外活動を許可したわけじゃないわよね?」

「あっえっ!?そそそそんなわけはありませんよ!私、部長ですから、部長なら部員のお願いを叶えるのもお仕事ですから!その、はい……」


 このかが外出が苦手だと察した栞奈は、困惑した表情を作りながら返答に迷いそうな質問をぶつける。そりゃあそんな質問されたら気を遣って否定するしかない。


「そ、それではどこへ行きましょうか!?私秋葉原アキバと池袋にはうるさいですので覚悟をしていただければ!」


 先刻のグロッキー状態はいずこやら。このかはテンションを上げて案内役を立候補する。その証拠に途切れのない早口だ。


「それはありがたいわ。でも私も幾度かは秋葉原に足を運んでいるから別にいいわ」

「うっ……」


 せっかく部長らしく振る舞おうと考えた矢先にあっさりと断られしまい、このかはショックを受ける。


「それよりもわたくし、どうしても行きたいところがあるの。讃井さんもきっと喜ぶかもしれないわ」

「あっはい……」


 結局部長らしい場面を見せることができず、結局このかは、後から入部してきた栞奈に先導されるしかなかった。


 駅から大通りの歩道に移動しているが、一体どこへ向かうというのか?このかは歩きながら疑問に思う。


 それにしてもアキバは人が多い。今では日本人だけでなく多くの国から外国人がたくさん来ている。もはやここが日本かと疑ってしまうほどだ。


 これだけ多いと、はぐれてしまいそうで危ない。


 このかは人混みには耐性がついていない。こんな危険な場でぼっちにされたら精神崩壊どころか命が尽きてしまいそうだ。


「えっ?」


 これ以上離ればなれは嫌と思ったこのかは、無意識に栞奈の手を繋いできたので、唐突に訪れた手の感触に小さく驚く。


「きゅ、急にどうしたの讃井さん。私の手を繋ぐなんて――」

「えっ、えっと。……はぐれたら怖いので――」


 このかも自身の今の状況に気づいたが、特段驚かず淡々と説明する。


「……そ、そうね。やはり休日だから相当な人の多さだもの」


 栞奈も周囲を見回しながら人の雑多さを理解しているみたいだが、このかが手を繋いだ刹那、顔を赤らめた。


「ここよ。讃井さん」

「えっ?ここって――」


 栞奈が指さした先が目的地に、このかは小さく驚く。


「アニメショップじゃないですか!」


 目的の場所がこのかが人生で一回行ってみたい場所なので目を一番星のように輝かせる。


 それもそのはず。そこはこのかにとっても、そして全てのアニメファンにとっても宝箱とも言える場所である。


 地上七階建ての縦長のビルの中には、多種多様なアニメ関連のグッズを取り揃えており、なんでも欲しい物があればここで手に入れることができる、アニメ好きにとっては非常に欠かせないショップだ。


「あああありがとうございます生徒会長!こんな素晴らしい場所にいざなってくださいまして!」

「え、えぇ。でも、こんなところでそんな激しくお辞儀しないで。周りが見ているから……」


 派手に上半身を前後激しく動かすこのかに、栞奈は周囲をキョロキョロ見ながら制止の言葉をかける。


 それが何らかのパフォーマンスに見えたのか、近くを通りかかろうとした外国人観光客がスマホで撮影している。


「ほ、ほら!行くわよ!」

「あっはい……」


 恥ずかしくなった栞奈は、このかの手を引いて早足で入店した。


 流石は国内有数のサブカルタウンにあるショップとだけあって品揃えが豊富ほうふだ。


 このかと栞奈は、まず多くの人気アニメのグッズがたくさん揃うキャラクターグッズフロアに向かう。


「せっ生徒会長!ここに『まほミク』のグッズがありますよ!」

「そう興奮しないの。また好奇の目で見られ――」


 目を輝かせるこのかの手にしているカゴに栞奈は仰天する。


「え〜っと……。讃井さん、そんなにカゴいっぱい買うつもりなの?」

「はいっ!!」


 栞奈の指摘に、このかは元気よく肯定する。こういう時だけは語頭に「あっ」はつけないから二次元の威力は偉大だ。


「しかもこれ全部同じグッズじゃないの!?」


 カゴの中は、キーホルダーしかりクリアファイル然りタペストリー然りフィギュア然り――枚挙にいとまがない


「これはあれですよ!使う用と鑑賞用と沼落とし用と棺桶に入れる用とそれから――」

「それぞれ一個ずつにしなさい」

「いっ一個ずつ……」


 このかが各々おのおののグッズの使用用途を説明すると、栞奈は子供連れの母親の如く叱る。


「そんなに大量購入したい気持ちは分かるわよ。けどね、あなた以外にもそれぞれの商品を求める人だってたくさんいるのよ。それに、ただでさえ大量購入して、それをネットオークションで転売するやからとかも多いのよ。讃井さんだって疑われたくないでしょ?」

「あっはい……」


 確かに栞奈の言うことは納得いく。他の来店客も、きっとこの商品を欲しがっている者がいるに違いないし、それに最近は転売目的で大量に購入して儲けようとする輩も多い。


 このかも転売に関しては物申したいことが山ほどある。そりゃああれだけ高額に売られているとこぶしを握りたくはなる。


「ごめんなさい。やっぱり一個ずつにします……」


 反省したこのかは、カゴの中の商品の一部を棚に戻そうときびすを返す。


「……ちょっと、言い過ぎたかなぁ?」


 栞奈は、このかの寂しそうな背中を見ながら、そんな自戒する。


 それと同時に小学生の頃の記憶をよみがえらせてしまった。あの時も生真面目な性格が災いして、一人を悲しい思いをさせたから――


「ごめんねミクロン。私と一緒におうちに帰れなくて……」


 その時を思い出しながら『まほミク』のメインヒロインがえがかれたキーホルダーに別れを告げるこのかを見つめていた。

(続く)

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