第7話 妹の初めての優しさ
「あぁ~……。約束しちゃったぁ~……。私、何であんなことを――」
このかは自身の部屋の中のベッドの上で、枕に顔をうずめながら呻き声を出し、そして後悔の念に駆られていた。
更に思い出す、数日前の約束。
(――行きましょう!どこへでも!私も遠出できるくらいの体力を作りますので!)
手を握りながら交わしてしまった栞奈との約束。
思い出せば思い出すほど顔が次第に熱を帯びていく。
「ぐわぁぁぁぁぁぁ――――――――――っ‼思い出すと恥ずかしくなるぅぅぅぅぅぅ‼」
絶叫しながら
「ちょっとお姉!何またぼっちで暴れているの⁉」
「ぴぎゃっ‼」
打ちつけている壁の向こう側の部屋の住人が、このかの奇行に苦情を入れにきた。
「……こ、このみ?」
勢い良くドアを開けたのは、このかの妹――
髪は姉と対称的に、
このかとは二つ年下の中学三年生で、ぼっちで陰キャでオタク趣味な姉とは対象的に、友達が多く陽キャ、休日は外で遊び、動画配信を趣味にし、将来はインフルエンサーを目指している。
これだけ外では完璧な女
「どうしたのお姉。普段からおかしな行動をしているけど、今日は特におかしいよ?壁にぶつかってガンガン叩いて。そんなにぶつけてどうするつもりなの?『世界おでこで壁を壊しましょう選手権』たる大会に出場するための訓練でもしてるの?」
世に存在しない大会を口にしながら、このみは腕を組み姉の奇行に呆れる。
「なっ、何を言ってるのこのみ!私がこのお
「思うね」
このかが慌てながら誤魔化している途中で、このみは冷淡さのある口調で、たった一言で肯定する。
「それにしてもお姉。こんな女子力ゼロの部屋でハズくないの?」
このみは左右に首を振りながら姉の部屋を見回す。
このかの部屋は、二次元同好会の部室と変わりなく、壁はアニメのキャラクターが
「そ、それはやっぱり、趣味だから譲れないんだ……」
自分の部屋なんだからどう使おうが自身の勝手。そんな質問、全オタクに対する
何せこのかは家族を大事にする。ヘタに逆ギレとかしたら、かえってトラブルが大きくなるに決まっているのは本人も理解している。
「ふ~ん。そう……」
姉の言い訳に、このみはたった一言で片づけた。
このみも一つか二つくらい趣味を持っているから多少の理解はしているだろう――と、このかは信じたい。
「……あっ。もうこんな時間だ。じゃ、私はこれからライブ配信するから、お姉は部屋ん中で奇声とかあげないでね!」
「あっはい……」
このみは、この後行うライブ配信の邪魔をするなと忠告をしてからゆっくりとドアを閉めた。
(はぁ~。またこのみに怒られちゃったよ……。それもこれも全部生徒会長の――)
このかは再びベッドで横になりながら妹に説教された怒りを、今この場にいない新入部員に八つ当たりする。
「だぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――っ‼想像すると余計にハズいわぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――っ‼」
このかは栞奈の優しい笑顔を頭に浮かんでしまい、またしても絶叫してしまった。
「はひっ!」
ドアが勢い良く
「お姉。約束を破るの早くない?これはもう奥の手を使うしか……」
「え?えっ?え――――っ⁉」
このみは漆黒のオーラを
これで口封じしようかと企んでいるようだ。しかしこのかは即座に謝罪し、何とかお
姉妹揃って夜中の大騒動を繰り広げられているのを、元凶は知る
☆☆☆
「ふぅ~……」
○讃井姉妹がドタバタと騒いでいる頃、栞奈はお風呂に入って気持ち良く息を大きく吐く。こうして一時間くらい入浴して一日の疲れを癒すのが彼女の入浴法だ。
そして無言のまま湯気で真っ白になっている天井を見上げる。
(――行きましょう!どこへでも!私も遠出できるくらいの体力を作りますので!)
栞奈も栞奈で、このかに手を握られた数日前の出来事を思い出していた。
「フフ……。あの子らしいね……」
「……はっ!わたくしったらまた――⁉」
ここ最近このかのことになると、妙な感情を
「少しぬるめないと……」
いつもはちょうどいい湯温なのに、今夜ばかりは少し熱く感じる。
リモコンのぬるま湯スイッチを押して湯温を下げる。
「ふぅ~……。これからは少し、お湯の温度を下げないと……」
今まで四十度くらいがちょうどいい湯温だったのに、このかに会ってから――というよりかは、二次元同好会に初めて足を踏み入れてからは――そうはいかない時が増加傾向にある。
一体この謎の感情の正体は何なのか――栞奈は顔半分を湯船に浸かりながら悩んでいた。
☆☆☆
そして迎えた、このかと栞奈の初めての課外活動の日。
「うぅ~……」
このかは自身の部屋のクローゼットの前で腕を組みながら、その中身に対して酷く唸っている。
何せこのかは基本的に休日は外出しない、言わばインドア派だ。
そのため、クローゼットの中身は人気アニメの名言が書かれているシャツや学校の予備のジャージしかなく、よそ行きの服なんて一切ない。イマドキ
「はぁ~……。どうしたらいいのか……」
「お姉」
「んっ?」
このかがどんな服を着て行けばいいのか悩んでいると、このみが姉の部屋に入ってきた。右手に自身の衣服を持ちながら。
「これは?」
「私の服に決まってるでしょ?」
淡いピンク地の半袖ニットトップスに黒のスカートを見て、このかはつい至極当然な答えが返ってくる質問をしてしまう。
「こっ、これ、私が着てもいいの?」
「うん。お姉と違って私はたくさんオシャレな服を持っているからね。今日もこの後友達と一緒に渋谷に行って新しい服を買いに行くから」
「とっ、ともだ、ち……」
このかは妹が発した「友達」というワードに、思わずハニワのような顔を作りながら身震いしてしまう。
「ほら。これを早くこれを着な。もうそろそろ家出る時間でしょ?」
毎日のように見ている光景だからか、このみは驚くことも呆れることもせず、手にしている服を姉に渡して着用を促す。
そしてそのまま
「あっありがとう……」
「……その、同じ部活動の人と楽しんできてね」
このかが感謝をすると、このみは優しく言葉をかけてきた。それは初めてに近しく、このかは目を丸くした。
(えっ?何っ⁉このみどうしたのっ⁉急に優しくなっちゃって……)
これまで姉のことについてはあまり称賛も褒めること、応援することもなかった妹が急に態度を軟化してきたことに、むしろ恐怖心を覚える。
とはいえども、趣味衣装しか持っていないこのかの救世主となったこのみに感謝しながら、渡してくれた衣服を纏う。
「じゃあ、いってきます」
このかは、まだ家の中にいるこのみに外出の挨拶をする。返事はなかったものの、きっと心の中で「いってらっしゃい」と返してくれただろう。
楽しみ半分、緊張半分の栞奈との課外活動が始まる。
(続く)
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