第6話 二次元同好会 新装開部‼

 それからというもの、二人校舎内――ではなく昇降口まで移動した。


 校庭を見渡せば、サッカー部や野球部が声を大きく出しながら練習をしている。


 しかし二人の足は、熱気を帯びている校庭ではなく校舎と体育館の間の狭い裏路地。


 まだは高いというのに、夜中かと勘違いしてしまうほど暗い。故に栞奈は、スマホのライト機能を使って周囲を照らしながら歩いている。


 高校生一人分のくらいの狭さで、途中で反対側から誰かとすれ違ったら、どう引き返すか分からないくらいだ。


「やっと着いたわ……」

「えっ?」


 ようやく暗闇から脱出し、栞奈は安堵をする。そしてこのかは、その光景にかすかに驚く。


 見渡す限り、色とりどりの花が咲いており、特に百合の花が多く咲いている。そのうちの一輪に二匹の蝶が蜜を吸いにとまろうとしている。


 幻想的なのはそれだけではない。


 花畑を囲むようにポツンと置かれている平屋建てのおうち


 白いペイントと小さなピンクのタイルで敷き詰められた外壁、ライトグリーンの屋根の端には煙突が立っているのが特徴。


 先刻の校内の日常とは相違して、そこはまるで別の世界が広がっているようだった。


「あっあの、生徒会長」

「んっ?」


 背後からこのかが声をかけてきたので、栞奈は彼女の方をかえりみる。


天高あまこうと異世界って繋がっていたのですね!」

「まぁお気持ちは分かるけど、非現実的過ぎてどうツッコめばいいのやら……」


 二次元のことばかり頭にないこのかに、栞奈はもはや諦めムードになる。


「いい讃井さぬいさん。ここは元来農園だった場所なのよ」

「の、農園、ですか?」


 初めて通う高校の裏側の正体に、このかは目を丸くする。


「かつて天高の周辺は広大な農地だったのだけれど、なり手が不足してどんどん縮小していったのよ。それで天高が造られる際に、この用地を買い占めて天高の用地のひと区画になったの」


 このかはふと思った。自身には天高についてまだ知らないことがたくさんあるということ。そして今まで訪れたことがない、いわゆる未踏みとうの地を知らない卒業生がたくさんいるということ。


「まぁ表側に比べれば狭いし樹々が生い茂ってるから人目つかないわよ。人見知りなあなたにとっては大変ありがたい優良物件だと思うわよ」


 そう言われてみると、校舎のほとんどが高い樹によって隠れている。しかしファンタジー世界から転移した平屋建ての上空だけが不思議と空間ができて、明るく照らされている。


「今日からここが、の部室よ」


 栞奈は平屋建て――改め、二次元同好会部室のアンティーク調のドアの前で、このかを見ながらリスタート宣言する。


「ほわぁぁぁぁ……」


 その瞬間、このかはキラキラと目を輝かせ、独特の鳴き声で感激する。


 そして何も言わずして、新装開部した二次元同好会の部室に足を踏み入れた。


「おぉ〜……」


 このかは、真新しくなった部室を見て感嘆する。


 タペストリーや本棚、アニメフィギュアの棚、そしてテーブルやソファーの位置などが初代部室当時を忠実に再現している。


「ミクロ〜〜〜ン!寂しかったでしょ〜?あなたの友達が帰ってきたよ〜!」

「讃井さん、三次元の友達がいなくても二次元の友達はいるのね?」


『まほミク』こと『魔法少女ピュアミクロン』のメインヒロインに感動の再会を果たしたことに涙を流すこのかに、栞奈はやや引きながら唖然とする。


「生徒会長、私は三次元ではぼっちでも、二次元にはたくさん友達いますし、ましてやイマジナリーフレンドでは五千人もいますから!」

「そんな謎の自慢、報告しなくてよろしい!」


 自信満々でいらぬ自慢を披露するこのかに、栞奈は激し区ツッコむ。


「あっそれと……、ホントにありがとうございます!」

「んっ?何を急に感謝して?」


 唐突のこのかの感謝に、栞奈は首をかしげる。


「こっ、この部活――私の数少ない憩いの場をまもってくださいまして!そっそれと、私のために、こんな静かな場所を新たな活動場所に造ってくださいまして!こっ、このご恩はいずれ何かしらの形で返しますので!」


 心のり所である部活が廃部どころか継続をして、さらには新しい部活の活動場所が人目や周囲の環境を気にするこのかにとってちょうどいい場所であることを嬉しく思ったようだ。


「ま、まぁそれは天高内で居場所を無くされてはお互い困ることだし、二次元同好会を他の部活に負けないくらいのより良い部活にしていかないといけないから……」


 栞奈はサラサラとした淡い紺色のストレートロングをクルクルと人差し指で巻きながら照れてそう言う。


「ク……クーデレ……」


 眼前の栞奈の仕草に、このかは頬を赤くそめながら呟く。


「……何か言った?」

「あっ、いえ。何も言っていませんので、はい……」


 栞奈は鋭い口調でこのかの呟きがどんなのだったかをく。案の定このかは怒らせてしまったのではないかと思い、萎縮してしまった。


「そ、それよりも今日はどうしましょうか?やはり『まほミク』ですか?いつもの前のクールの異世界ものとか――」

「まぁ、それももちろん大事なことだけど、じ、実は……讃井さんに一つお願いしたいことがあって――」


 このかが今日の活動を提案しているさなか、栞奈は何故か困惑気味に頬を人差し指でかきながら逆提案をしてきた。


「……ままままさか、部員を増やせってことですか!?むむむ無理ですよ!私、同じ空間内では三人以上は窮屈に感じるタイプなんですから!」

「あ!そ、そういうことじゃないけど、その――」


 栞奈はこのかの不安を払拭させようと、早く言わなければとハッキリ頭では理解しているのに、それがなかなか思うように口がそうさせてくれない。


 しかしこのかは、栞奈が部活以外で何か言いたげだと瞬時に察する。


「……ま、まさか、この私とどこか出かけるとか?」


 このかの勘に栞奈は首肯する。


「あっ!か、勘違いしないでほしいんだけど、これは普通に女子高生同士で仲良く遊ぼうとか、そういう意味じゃないから!あくまで部活動の一環としてのお話、だから……」


 栞奈は急に怒り口調になったかと思えば、急にシュンとなってトーンを抑えていくクーデレぶりを見せる。


(外か……。確かに行きたいところは山ほどあるのよね……。だけど、学校以外で外に出るなんてあんまりしないし――)


 外出の気持ちはある。しかし基本インドア体質なこのかにとっては、土日は基本家の中でウェブ小説の執筆やアニメ視聴、漫画とラノベの読書をした方が充実する。


(ここはもう――)


 意を決したこのかは、栞奈の方を見て外出を断る旨を伝える。


「あっあの生徒会長。私は――」


 すんでのところでこのかは断りの言葉を飲み込んだ。


 何故なら栞奈の様子が、どこか寂そうな表情だったから。


 それはまるで、友達を誘おうとしても、趣味が合わないという理由で断られ、結果一人ぼっちになってしまった悲劇のヒロインのように見えた。


「……せっ、生徒会長。私、正直に言えば遠出をしたり、イベントに参加するのは苦手です。はっきり言えば、外に出ること自体が苦手です。あっ!もちろん学校は例外ですよ!だから、遊びとなると別問題になります。ぼっちだからこその優越感と言いますか、その――。で、でも、ここ最近、生徒会長が新たな部員になってからは新しい世界が見えてきたというか、むしろぼっちじゃなくても楽しくなってきました」


 勇気を出しながら一語一句紡ぎ出しては繋ぐこのかの言葉。視線はそっぽだけどここまで長く話すなんて見たこともなかったものだから、栞奈は自然と耳を傾けていた。


「そっ、それで……。私と生徒会長は立場が違えど部活内としては私が先輩で尚且つ二次元同好会の部長です。後輩の提案を飲むのも部長の役目ですので――」


 このかは部長らしく熱い言葉を新入部員にかけてはいるが、どこか偉そうに感じる。それはこのかも同じだ。今までそんなリーダーシップめいたことなんて皆無だったから。


「い……い……、行きましょう!どこへでも!私も遠出できるくらいの体力を作りますので!」


 このかは大きく目を見開きながら栞奈の手を握っては謎の宣誓をする。


「……あっ。あっ!す、すみません!私、興奮してつい――」


 ようやく自身が何をしているのかに気づき、熱を帯びた頬を両手で冷やす。


「う、ううん。でも、急にあなたがそんなことをするものだから、こちらも暑くなったわ。とりあえず――」


 栞奈も体温が上昇したために顔が熱くなり、左手をうちわ代わりにしてあおぐ。


「……えっ?」


 すると栞奈は、壁際に設置しているリモコンの前に立ち、スイッチを押した。


「……えっ?」


 天井から流れてくる、かすかながら心地の良い涼風りょうふう。それが四方に流れ、このかにぶつかってくる。


 そう。これはエアコンの風だ。


「はぁ~……」

「せ、せ……。生徒会長?それってもしや……?」


 気持ち良く風を浴びている栞奈に、このかは手を震わせながら指をさす。


「よく分かったわね。この部室は今年度分の天高の予算の六割を使って改装したからね。これもあなたとわたくしがより一層、充実した部活動が行え――って、讃井さんっ⁉」


 つい数日前に予算を他の部活に満遍なく使って欲しいと願っていたのに、学校の予算の半分以上を投資したことに、このかはショックを受けて泡を吹いて倒れる。


「だ、大丈夫⁉どうしたの⁉」

「ヨ、ヨサンロクワリ、ヨサンロクワリ……」


 このかはあまりのショックから、呪詛のように「予算六割」を棒読みで呟く。


「……次はAEDもつけないといけないわね」


 このかが気絶寸前だというのに、栞奈はまた新たな予算の無駄遣いを思いつく。


「あれが二次元同好会ね……」


 近くに謎の人影が部活の小屋を見つめながら呟いているのをつゆ知らず。

(続く)

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