第二章 課外活動

第5話 部室が転移?

 天ノ宮あまのみや高校の生徒会長――湯ノ口ゆのくち 栞奈かんなが二次元同好会に入部して早数日が経過した。


 この部活の部長である讃井さぬい このかは、校内での影の薄さをいいことに、窓辺の青空を見つめながら授業を上の空で聞いていた。


(はぁ〜……。最近生徒会長なかなか会えてないなぁ〜……)


 澄み切った青空にふと浮かぶ栞奈の凛々しい笑顔。どういうわけかが強くなっていく。


(――いやいやいや!何で生徒会長のことばかり考えているのよ私は!今は大事な時期なんだから授業に集中しないと!)


 そう自身に喝を入れてから、今は授業中だと言い聞かせる。


 それもそのはず。今は中間テストという大事な時期だ。この時期になると、どの部活も活動を止められている。それはこのかが部長兼部員である二次元同好会も同様だ。


 しかしこのテスト期間、このかにとっては大変酷とも言える期間だ。なぜなら――


(う〜〜〜ん……。勉強とか現代文以外はついていけない……。数学とかなおさらよ……)


 小説の執筆で培った読解力により現代文意外と成績はほぼ壊滅的。数学に至っては毎回のように赤点を取っては放課後の補習授業を受けている。


 あまりの成績の酷さにより、担任からテスト期間中のアニメの視聴や漫画・ラノベの拝読の禁止、さらにはウェブ小説の使用禁止が言い渡されてしまった。


(あテストの最終日までまだ五日くらいじゃないのよ……。早く二次元に手をつけないと私の心と精神がおかしくなっちゃう〜……)


 かれこれ二週間ほどこのかは疲弊しきっている。この際早くテスト期間を終わらせて早く部活動を再開したいと願うばかりだ。


 ☆☆☆


「や、やっと終わった……」


 時間というのは意外と早く過ぎるもので、テスト期間が終わって次の週の月曜日になった。


 長く辛い期間から解放されたとはいえども、このかの顔つきは病み上がりのようだ。


 頬がやせこけて、顔中かおじゅうが血のが引いているかのように青に染まっている。このことから、このかは如何いかにテスト期間が過酷な時期なのかがうかがえられる。


「ようやく今日から部活動が再開だぁ……。今まで二次元から離れていたからメンタル的にもヤバい……」


 疲労困憊こんぱいといった感じの口調でこのかは、部室の鍵を鉄扉てっぴの鍵穴に差し込む。


「ミクロ〜ン!待ってたぁ?……あっ」


 部室内に置かれている『まほミク』こと『魔法少女ピュアミクロン』のメインヒロイン――ミクロンのフィギュアに声かけする途中、このかは部室の異変に反応する。


「あっあれ……?部室間違えた……?」


 このかの視界に広がるのは、それまでありとあらゆるアニメ作品のフィギュアやタペストリー漫画、ライトノベル、円盤ブルーレイといった、言うなれば戦利品が完全に取っ払っていた。


「えっええええっ!?どどどどういうことなの……?」


 あまりにも予想外の展開に、唇を震わせるこのか。


 テスト期間前までは何の変哲のない推しだらけの部屋の化していた部室が、今は地味でひびがいくつも生じているコンクリートへきに変貌している。一体どうしてなのだろうか?


「ま、まさか、部室だけが異世界転移したとか……?ラノベでもよく見かけるわ。なぜか突如として現れた謎の魔法陣によって、主人公やクラスメイト全員が転移されるっていう展開は見たことあるけど、なんで部室だけなの……?」


 異世界系作品のラノベの読み過ぎで、ありもしない展開ばかり想像するこのか。


「あら讃井さん。やっぱりこんなところにいたのね」

「せっ、生徒会長……」


 久方ぶりに耳に入れた声色こわいろに、このかは涙を浮かべながら頭だけかえりみる。


 そこにいたのは、天ノ宮高校の生徒会長にして二次元同好会の新入部員――栞奈だった。彼女は神妙な面持おももちでこのかを見つめている。


「ぶぶ、部室が……、い、異世界に飛ばされました……」

「……何言っているのよあなたは?」


 このかがもぬけの殻状態の元・部室を指さしては、彼女らしさ溢れる独特な表現で嘆く。当然のこと、栞奈は理解に苦しむ。


 ☆☆☆


「えっ?引っ越し、ですか?」


 二次元同好会の部室は、異世界に飛ばされたわけではなく天高あまこうの別の棟に引っ越しただけだった。


「そうよ。あそこは天高の校舎の中で最も古くからあるのよ。確か築七十年くらいかな。色々と老朽化が激しくなったものだから、テストが終わったら取り壊すことが決まっていたのよ」

「そ、そうなんですね……」


 栞奈の説明に多少の納得をするこのか。


 部室が別の場所に移転したことは理解したけど、ただ一つ疑問に思うことがある。


「……そ、それでしたらもっと早めに報告してほしかった、です」


 言われてみれば、それは確かにその通りだ。そのような重要なことは、もっと早く言ってほしかったものだ。


「そ、それは仕方ないことじゃないのよ!本当はあの時に言おうと思ったのに、あなたが私のオススメの作品に対して熱くなり過ぎたせいで言いたいこと全部忘れちゃったのよ!」

「あの時?――はっ!」


 このかは目を丸くしながら思い出す。


 それは栞奈がオススメの百合作品を紹介した際に、なぜか自身を押し倒したて身体中からだじゅうが謎の熱を帯びた時。


「あっ!あぁあの時ですね!そ、そうですよね!全てこの私の責任ですので!」


 その時の出来事を思い出すと、頭の中がショートし、そこから白煙を出しながら激しくペコペコと謝罪する。


 更にこのかは、移転や数日前の不可抗力以上にもっと大事なことがあるのを思い出す。


「そっ、それでしたら私の大事にしていた宝物はどこへ行ったのですかっ!?まさか、私の許可を得ずに焼却処分したとかないですよね!?」

「してないから落ち着きなさい!」


 滝のような涙を流しながら大声で嘆くこのかに、彼女の頭を強く押しながは処分を否定する。


「ホッ、ホントですか……?」

「本当に決まってるじゃない。このわたくしが嘘をつくような人間とでも思うの?」

「あっいえ。そこまで思っていません。はい……」


 確認のためにいた質問だが、かえって栞奈を怒らせてしまい、このかは萎縮してしまう。


「ちゃんと新たな部室の中にあるわよ」

「よ、良かったです!」


 少ないお小遣いをはたいてまで購入した戦利品や宝物だ。しっかり大切に新しい部室に保管してあることに、このかは感激する。


「あなたって本当に現金なんだから……」


 コロコロと感情が変わるこのかに、当然ながら栞奈は呆れる。


「一応言っておくけどね讃井さん。わたくしだってどの作品もどのキャラクターも大事にするわよ。そんな大事な作品を燃やすとか捨てるとか、そんな二次元好きにとって罪を犯すようなことは絶対しないわよ」

「……そ、そうですよね」


 栞奈の二次元愛溢れる言葉に、このかは若干の驚きを見せながらも共感を覚える。


「あっそれでしたら新しい部室はどこにあるんですか?」


 このかは安心したところで、本題である新・二次元同好会の部室の場所を訊く。


「……えっ?」


 すると栞奈は、無言のままきびすを返して反対方向へと歩みだしたので、このかは動揺しながら後をついていくことにした。

(続く)

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