第4話 部室環境

 一体何が起こったというのか?


 それはこのかだけでなく彼女を倒した本人にも分からなかった。


 このかも栞奈かんな身体中からだじゅう熱を帯び、なまめかしく息を断続的に吐く。その熱を冷ます役割であるはずの汗も、今日ばかりは一段と生温なまぬるい。


(……せせせ生徒会長!?何血迷って私を押し倒したんですかぁ!?ちょっと待って。本当は私との会話でイライラしているの!?られるの?私が――)


 このかは眼前の生徒会長の真剣な眼差まなざしが苛立いらだっている表情に見えてしまい、恐怖のあまり全身の血のが引く。


「うひぃっ!?」


 栞奈は何を考えているのか、このかの細い首回りを両手で回るようにして触れたではないか!


(やっ、やっぱり殺られるんだわ!きっとこの後、私は生徒会長に首根っこを絞められてそのまま――)


 悲惨な展開ばかり考えてしまうこのかは、一応の覚悟をする。


 そして栞奈は、迷いなど一切なくこのかの首に力を入れる。当人の顔もなんだか苦しい。


 このかの首の細さは、軟弱な棒だったら即座にアルミ缶のようにグチャグチャに潰れていたかもしれない。


「はぁ~……」

「……あっ」


 栞奈はため息つきながらこのかの首を掴んでいた手をゆっくりと離した。


「ご、ごめんなさい讃井さん。あなたにこんなことをするなんて、その――、生徒会長としてのはしたないわね?」

「いっいや。それは――」


 はしたなさというよりかは、なんの前触れなく栞奈が襲ってきたものだから、正直ドキッとしたのがこのかの心境。


 それでもこのかは理解している。きっと今のは『白百合女学園しらゆりじょがくえんの日常』のワンシーンを再現したかっただけだろうと。


「ちょ、ちょっと暑くなったわね!この部室は窓が一切ないどころか、換気設備とかも壁際の上の換気扇一つだけだものね……。あなた、よくもこんな高温多湿という劣悪な環境下で部活動を行えたわね」

「あっはい……」


 自身の行いを棚に上げ、部室の環境に責任を転嫁した生徒会長。これにはこのかも返事するしかなかった。


「あっ、あぁ!でも暑さ対策ならできていますよ!実はこの部室の片隅に扇風機がありますので!」

「……うん。かなり年季入っているけど大丈夫なの?」


 このか慌てながら取り出した電化製品は、推定四十年ほど前に造られた古びた扇風機だ。しっかりと起動できるか栞奈は心配になる。


「だっ大丈夫ですよ……。コンセント差して電源ボタンを押せば――」


 そう言ってこのかは、扇風機の弱ボタンを押す。


「……あっあれ?」


 しかしボタンを押しても全く反応が返ってこない。


「捨てましょ!かなり時を経た電化製品は危ないわよ!」

「そ、そうは言われましても、どんな物でも大事に扱わないと――」


 扇風機が劣化しているのにもったいない精神でまもろうとするこのか。


 それでも栞奈は、いつまでも使用不可寸前の扇風機を護るこのかの気が変わるべくさとすように叱る。


「いくら大事に使おうと思っても、中の部品は劣化していたりでもしたら元も子もないわよ?それに何年か使い続けると、それで発火して部室全体が火事になるかもしれないわよ?」

「――はっ!」


 栞奈のお叱りの言葉が効いたこのかは、目を大きくして驚く。


(古い扇風機を使う。でも使い続けた結果火事になる。部室が燃える――)


 心の中で、眼前にある扇風機を使用を継続したあとの展開を想像する。


(あ、あ、あぁ……)


 このかは部室が燃え広がったあとの展開を想像すると、口許くちもとが次第に震えだして言葉を失う。


 燃え盛る炎によって次から次へと炎に包まれて焼失する宝物、消火器の使い方が分からずあたふたするこのか、そして逃げた刹那に天高あまこう全体に広がる炎。


 いつしかこのかが放火犯として特定され、そして裁判にかけられ――


「古びた扇風機使って学校を燃やした罪で死刑!」


 裁判長に告げられた、かなり独特の罪状により死刑宣告を言い渡されるというオチ。


「りょ、了解しました!扇風機はすぐに処分します!」


 まだ塀の中で暮らしたくない――いな、絶対に暮らしたくないこのかは、扇風機の処分を了承する。


 そもそも元はといえば全部栞奈が悪い。一体なぜあんな暴走に出たのか皆目見当かいもくけんとうがつかない。


 考えれば考えるほど、また身体からだ火照ほてってしまう。


讃井さぬいさん。ここはわたくしの職権しょっけん使って、この部室にエアコンをつけるわ。そうすればきっとこの夏も快適な部活動ができると思うけど?」

「あっで、でも、大変ありがたいお話ですけど、そこまで暑くはない部屋ですので大丈夫ですので、はい……」


 栞奈がこの夏を乗り切るための提案を二次元同好会の部長に投げかけるが、当人はそこまでといったところだ。


「えっ?せっかく生徒会長であるこの私が二次元同好会に入ったのよ?そうは遠慮せずに何なりと言ってごらんなさい」

「そっそう言われましても――」


 まるで『アラジンと魔法のランプ』に登場する魔人のように、どんな願いごとを叶えてあげるの精神でこのかに申しつける栞奈。


 しかし、スポーツ系の部活動が盛んな天高なのに、こんな誰も寄りつかなくつ目立たないインドア系の部活のためだけに空調機器を設置して楽してもいいだろうかと、このかは心配する。


 どの部活も、夏は暑い中冬は寒い中頑張っているのに――。


「わっ、私はこの環境の方がしょうに合っているというか……、むっ、むしろ、こういったジメジメとした環境に慣れているというか――」

「あなた、梅雨時のナメクジみたいなことを言うね……」


 このかの言い分に害虫に例えながら失礼込み込みのツッコミを入れる栞奈。


「いいんですよ。いくら環境が悪くても、アニメを観たり、漫画やラノベを読んだり、ウェブ小説を書いたりしていればそういったのはあまり気にはしませんので、はい……」


 環境の問題よなんて好きなことに熱中していれば断然気にしない――このかはそう伝えたかった。


「それに、そうした学校の予算っていうのは満遍なく、ほかの部活に使った方がいいですよ。こんな部活よりかは――」

「讃井さん……」


 このかの周囲の部活に対する気遣いに、栞奈はただ彼女の名字を呟いた。


「……そうよね。讃井さんの言う通りよね。あなたの言うことはまさしく天高生そのものよ。わたくしは生徒会長として間違っていたわ」


 自身のはなはだしい職権乱用ぶりを自戒し、えらく落胆する栞奈。


 しかしこのかはその落胆ぶりに首を傾げた。生徒会長としての反省というよりかは、好きな友達と喧嘩別れしたかのような、どこか寂しげな様子に見えて。


「ごめんなさい。今日はちょっと用事があるから……」

「あっ――」


 そして栞奈は、マイバッグを持ってそのまま駆け足で部室を出て行った。


「生徒会長……」


 このかが栞奈の肩書きを呟いた際には、鉄扉てっぴの錆びたきしむ音だけが部室に小さく響いた。


 彼女の後ろ姿が、どこか悲哀を感じてしまったこのか。彼女の右腕は、栞奈を呼び止めようと伸ばしたままだった。


「ううん。これでいいの。本来はこうやって一人で活動するのが私にとってベスト環境なんだから……」


 そう言いながらこのかは、本来は栞奈と共に鑑賞するはずだった前のクールに放送した異世界もののアニメを観ることにした。


「…………………………」


 流石は流行はやりの異世界ものとだけあって、面白さやアクションシーンに見応みごたえがあって終始」画面に釘付けのこのか。


「あっ……」


 このかはふと横を向いて栞奈にアニメの感想を求める――けど、横には誰もいないのを今気づく。


「……あれぇ?何だろう?この寂しさは?」


 このかは、今まで味わったことのない心のモヤモヤに違和感を覚えた。

(第二章へ続く)

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