第3話 生徒会長の好きなジャンル
(あ〜……。一体どうすればいいんだろう……?生徒会長が新しい部員になったのはいいけど、何のアニメが好きで何のジャンルが好きなのか全然理解できないわ……)
二次会同好会に新入部員が入ったのはいいが、それがまさかの同じ学校の生徒会長なのは正直驚きだった。それ以前にどう接すればいいのか、コミュ障のこのかにとって人生最大の喫緊課題を突きつけられた。
時間はもう夜の十時半。今宵のアニメは十一時スタートなので、今は机の前でSNSアプリをひらきながらスワイプを繰り返している。
その中で流れるタイムラインには、今期のアニメの次回の概要や新キャラの説明などが映し出されている。フォローする作品あれどフォロワーはゼロなのもこのからしさがある。
操作していくうち、時折その手を止めてしまうことがある。
頭の中でずっと鋭利な目つきでこちらを睨む
「あ〜……!何が好きなんだろうなぁ〜……!特段コレといったのが想像つかないわぁー!」
このかは頭を抱えながら栞奈の好みのジャンルに悩み大絶叫した。
「……あっ」
そんな大絶叫をしたものだから壁からドンドンと叩く音がしたので、このかは申し訳なさでいっぱいになった。
このかの部屋の隣は、中三の妹のこのみの部屋だ。ぼっちで陰キャでオタク趣味な姉とは対象的に、友達が多く陽キャ、休日は外で遊び、動画配信を趣味にし、将来はインフルエンサーを目指している。
ちょうど今の時間はライブ配信中なのをこのかは忘れていた。それと同時に、よく世界中に顔を晒して配信出来るなぁと感心する。
そして我が妹の陽な性格を羨ましく感じる。彼女みたいな性格だったら、きっと栞奈とは上手くいっていただろうなと。趣味は別として。
「あ〜あ……。私もこんな性格でなければ……」
このかは自身のが陰キャな性格を持っていることに、遂に自身を恨んだ。
☆☆☆
翌日の放課後。
いつもは行く気満々な部活も、今日ばかりはしんどく感じる。どおりで今日の授業が全く頭に入らなかったと思ったら。
そして無意識のまま、二次元同好会の部室の
(はぁ~……。とうとうこの
今までは一人きりが当たり前だったから、今日から中に栞奈がいるだけで脈拍が激しくなっていく。
今日もドアノブを握る手が、尋常ではない汗で濡れている。同じ手汗でも、きのうの緊張感とは違い恐怖心とでは質が違う。
それだからこそなのか、今日は鉄扉を開けることなく、ただ握るだけで開けようともしない。
そしてそのまま、このかはあらぬことを思いつく。
(今日は部長が急病につき急きょ休部ってことにしよう。うん!それがいい……)
これ以上栞奈に会わぬよう、仮病を使って部活を欠席する作戦を企てた。
「必殺!逃げ足の術!」
そして
「イタッ!」
しかし反対側から歩く生徒にぶつかり、このかはそのまま尻もちをつく。
「痛いのはこっちも同じよ。廊下は陸上競技のトラックじゃないのよ?」
鼻を押さえながら上半身をゆっくりと起こす。
ぶつかった相手が栞奈であることに、このかは内心驚く。
「ごごごごめんなさい!これは逃げるつもりで走ったわけでははははは……」
栞奈の表情は生徒会長らしく、学校のルールを守らない生徒に何か言いたげなご様子の表情だ。このかは、そんな彼女に怯えながら謝罪する。
「逃げた?それじゃ何の目的で廊下を?どんな理由であろうと廊下を走った生徒は、ペナルティとして学校内のトイレをくまなく清掃しなくてはならないんだけど?」
「は、走ったのは幻覚です!私は考えごとをしていただけです!ぶつかったことには謝罪します!」
部室の施錠忘れよりもツラいペナルティをこれ以上課されたくないこのかは、慌てた状態を維持したまま言葉を続ける。
「考えごと……?」
このかの言い訳は、かえってチャンスを作った。
栞奈は、このかの言葉を一部をオウム返ししながら首をかしげる。
☆☆☆
「――で、何よ?」
「あっはい……。実は生徒会長は一体どんなジャンルがお好きなのかなぁと考えていまして……」
栞奈と共に一旦部室に入ったこのかは、きのうからの悩みを直接本人に打ち明ける。
「あなたったら……。そんなことで今日の授業
「ご、ごめんなさい……。こんな悩みくらいでいちいちウジウジするなって言いたいですよね、はい……」
「そ、そこまで辛辣な思いはしてないけど……」
栞奈のその驚きと呆れのリアクションは当然の結果だ。このかは萎縮しながら謝罪する。
「わたくしはどんなジャンルでもお好みよ。それは少年漫画誌原作のアニメだって観ますし、ラブコメだって平気ですから……」
「わ、私と一緒です!」
栞奈のジャンルこだわりなく何でも好きなことに、このかは共感する。
「あっ、す、すみません。嬉しくなったあまりつい大声を出してしまいました……」
あまりにも自分らしくない感情を爆発させたものだから、自分が恥ずかしくなってしまう。
「い、今のは記憶から消してください!」
「そうは言っても、あなたの見たこともない感情にはとてもインパクトが大きかったものだから、記憶に残っちゃったわ。消せと命令されてもそう簡単にはできないわよ」
「う~~~……」
一枚
「……ち、ちなみになんですが、まほミク以外で何か他に観ている作品はありますか?」
熱を帯びた顔を冷やすことを兼ね、このかは顔を覆ったままの手指の隙間から目を覗かせながら栞奈に素朴な質問をする。
「……そんな質問をされると、かえって返答に困るわ。なにせ今までたくさんのアニメを観続けてきたものだから……」
確かにアニメ好きに
「……あっ。それだったらひと作品ハマっているのがあるわ。漫画作品だけど」
何か思い出したかのように言いながら栞奈は、バッグの中身をガサゴソと探る。
「おぉ~……!」
このかは、栞奈のバッグから取り出した漫画の表紙を見るや、輝かしい目で感激する。それはまるで光り輝く宝石のようなものに見えた。
「こ、これ、『
学生服を
『白百合女学園の日常』――都内屈指のお嬢様学校である白百合女学園に通う二人のヒロインが繰り広げるガールズラブコメ作品である。現在まで六巻も発売されている。
「片方はお嬢様だがもう片方は貧乏と身分のの差異がある二人が格差や立ち位置という壁に立ち向かいつつ次第に恋に惹かれ合いそして結婚を誓う作品ですよね!?格差や女子同士の恋愛といったタブーを取り入れつつも、ほんわかとした日常やギャグコメディも取り入れられ、どの層でも読みやすい構成になっているから知らない人はいませんよっ!?特にSNS上で神回と話題なのが原作二巻の二十二話ですよ!あそこのシーンで二人のヒロイン――」
「分かったわよ!落ち着きなさい!」
「あっはい。ごめんなさい……」
「あなたって、知っている作品があるとつい熱くなるタイプなのね。よく好きなことになると熱くなって早口になるって聞くけど、まさかリアルにいたとは……」
あまりの豹変ぶりに栞奈もついカッとなってしまい、このかも自身のクセを申し訳なく感じ謝罪する。
「それにしても時代は変わるものね。女子同士の恋愛がここまでメジャーになっていくものだから……」
表紙を見ながらボソッと作品に与えた影響を語る栞奈。
それにしても不思議だ。彼女が何故その作品に興味を持っているのだろうか――このかは何やら不穏な予感がして身の毛がよだった。
「あっあの、生徒会長。今日はどのアニメを観ますか?前のクールに放送した異世界ものでも――」
「
「あっはい!」
栞奈がこのかの名字を叫んだ刹那、彼女を倒し、自身も彼女の上で四つん這いになった。
(続く)
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