#32−①「あたしだけを見て」

まどかは仕事終わりにジムに来ていた。


一通り、ウエイトトレーニングを終えた後、ランニングマシーンで20分ほど走る。

そろそろ頃合いだと、ボタンを押してスピードを落とし、歩いていたところ、歩が現れた。


「お疲れ様」と声をかけられ、上がる息を整えながら、深く頷いた。


姿を見て勤務していると確認はしていた。

このタイミングで声をかけてくるとは、歩はまどかの終わる頃合いを見計らっていたのかもしれない。


「最近、よく来るね? 何か目標があるの?」


「今度、友達の結婚式があるの。それまでにもうちょっと痩せたくて」


「全然太ってないでしょ」


「うーん……昔買った、この時期用のパーティードレス、着てみたらきつかったの。だから、綺麗に着られるように痩せたいんだよね」


「なるほどね」


飲み会が続き、太ってしまうと、なかなか体重が元に戻らなくなってきた。年齢には抗えないことを実感していた。


完全に呼吸が落ち着いてから、ランニングマシーンを降りた。


「……今から帰る?」


歩はまどかの意図を汲んで、「少し待っててくれたら」と答えた。




まどかは汗だくの服を着替え、歩とともにいつもの回転寿司にやって来た。

痩せたいのであまり多くは食べられないが、居心地がよい場所なので、ついついここを選んでしまった。


「聞いてほしいことがあるの?」


お互いの前にお茶をいれた湯呑みが置かれてから、歩はまどかに訊ねた。


「余裕綽々の人から余裕を奪う方法って、何かあるかな?」


「奪う必要ある?」


「必要があるかどうかは別として、方法があるか、教えてほしいの」


歩は湯呑みのお茶をズズッと飲んだ。


「それって彼氏の話?」


湯呑みを置いた歩の目がまどかの目を捉える。


まどかはためらいがちにこくりと頷いた。

隠しても仕方がないが、歩に呆れられていると思うと、気が引けたのだ。


「余裕があるのはいいことでしょ? 落ち着きがあって、心が広いってことだよね? 悪いことあるかな?」


「だってぇ……悔しいでしょ? あたしだけが慌てて切羽詰まってるなんてさぁ……」


まどかは両手で顔を覆い、大きなため息を吐く。


「……僕、のろけられてる?」


淡々とした声に手を外して歩を見れば、声よりも冷たさのない表情で安心した。


「まどかは傍からみれば余裕あるように見えるよ? 意外と彼氏もまどかに余裕があるように見えるだけかも?」


「んー……そうは思えないけどなぁ……」


まどかは唸りながら思い返す。

本当に余裕のないときは、あの自信満々な仮面が外れて、感情が手に取るように見えるのだ。


普段、そんなことはない。あり得ないことだ。


「ただ、もし余裕をなくした様子が見たいなら、惑わそうとは思わないことだよ」


「え?」


「色々と画策するとバレるから、結局上手くいかない。あくまで、自然に振る舞っている中で、見られるものだよ」


「そんなものかなぁ……」


「そうだよ」


歩が言うと、その通りに聞こえるから、不思議だ。


確かに、歩の言う通り、狙えば狙うほど、不意をつくことは難しいだろう。


思い返せば、絢斗の驚いた顔は、まどかが狙っていないときばかりのように思えてくる。

こんなふうに頭を悩ませていることさえ、絢斗の手のひらの上で転がされているような気がして、頭を振った。

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