#12−①「好きな人と付き合ったことあるの?」
絢斗がやめた方がいいと言ったからではない。
そのおかげで決心がついたのは本当だが、それが一番の理由ではない。
直接会って、ちゃんと断る。
そのために食事に行く。
ただそれだけだ。
絢斗への当てつけではない。断じて違う。
誰にでもなく、自分の心の中でたくさん言い訳を重ねたまどかは、仕事終わりに同級生である山本と待ち合わせをしていた。
一度、自宅に帰るとき、羽衣の働いている近所のコンビニを通り過ぎた。
羽衣がコンビニの前ののぼり旗を撤去していたところで、まどかに気づいて声をかけてきた。
「今からどこか行くの?」
「うん」
「デート……って顔じゃないか」
「どんな顔?」
「浮かない顔」
苦笑いしか出てこない。
心情が分かりやすく顔に出ているらしい。
「ちょっと食事に行ってくる」
「気をつけてね」
「ありがとう。羽衣も仕事頑張って」
「うん」
なんとか笑顔を取り繕って見せたが、羽衣と別れたら、また逆戻りだった。
全く気分が上がらない。むしろ憂鬱だ。
約束なんてしなければよかった。
さすがに直前にキャンセルするわけにはいかない。体調も悪くないし、いい大人なのだから。
山本と約束するくらいなら、絢斗と会った方が――と考え始めて、頭を振り、考えを振り払う。
ノリで付き合った男に期待してはいけない。
本気になったら負けだ。
辛い思いをするのは、絶対に自分なのだから。
山本と約束していたのは、イタリアンのお店だった。時間通りにお店に入ると、すでに山本は席に座って待っていた。
思っていたより高級そうなお店で怯む。
早めに話を切り出して、食事だけして帰ろうと、心に決めた。
「三戸さん、今日は来てくれてありがとう」
「ううん」
山本はまどかの話す隙を与えず、喋り続ける。
同窓会のときも思ったが、やはり高校時代の印象とはかなり違う。
「山本くん、あのね……」
「まず食べようよ」
料理が運ばれてきたら食事に集中することになり、話を切り出すタイミングが全く見つからない。
「このワインもおいしいよ」
ワインがグラスからなくなる度に、山本はまどかのグラスにワインを注ぐ。
「もう大丈夫だから」
注がれるのを防ぐために、途中から一口ずつしか飲まないことにした。
デザートも食べた、最後の最後で、山本は「話があるんだったね」と言った。
やっと話せると思ったのに、山本は会話の主導権をまどかに握らせてはくれなかった。
「2人きりでゆっくり話せるところに行こう」
奢ると言う山本に、何とか割り勘にしてもらってお店を出た。
仕方ないので、帰り道に話そうと思っていたら、山本がふと足を止めた。
バーにでも行くのかと思っていたのに、止まったところは、ホテルの前だった。
「えっと……」
「ここならお酒も飲めるし、2人きりでゆっくり話せるでしょ」
ライトアップされたホテルを見上げる。
同窓会で会って、一度食事した帰りに、ホテルに寄れる女と思われているのか。
ろくに話もせず、お互いのことをよく知りもしないのに、どうしてそんなことができるのだろう。
落とすためにいいお店を予約して、お酒をたくさん飲ませて思考を鈍らせる。
どう考えても、まともな男がすることとは思えない。
「今の俺なら、三戸さんとも釣り合うと思うんだ。これでも俺、意外と稼いでるんだよ」
――あぁ。無理だ。
好きだったというわりに、安い女扱いされて、全く大切にされている気がしない。
これでついてくるような女と思われたことが、何より不快だった。
「そういうつもりじゃない。ただ、山本くんと話したかっただけ。メッセージ、いくらくれても、応えられないって言いたかっただけなの」
「しおらしくしても無駄だよ。分かっててついてきたんでしょ?」
――あたし、馬鹿だ。
あんなにしつこくメッセージを送ってきたやつだ。
変なやつに決まっているのに、どうして食事だけでも行こうと思ったのだ。
手を掴まれそうになって、気持ち悪くて振り払う。
「あたし、彼氏いるの。こんなことされても、本当に困る」
手を振り払われて、驚いた山本が凝視してくる。
「……本当に話すためだけに来たわけ?」
「そう」
山本は大きなため息を吐いた。
「三戸さんって、もっと男慣れしてるのかと思ってた」
「……ごめんね。勘違いさせて」
しおらしくは言ってやらない。
強い口調で言い切った。
のこのこ来た自分も悪いとは思うが、それとこれとは別だ。ホテルに行く理由にはならない。
「山本くんって、もっと賢い人だと思ってた」
「え?」
山本は、思い通りにいかないからか、苛立ちが声に乗っている。
「この程度でヤッてもいいかってならないよ? 今まで上手くいってたのかもしれないけど、あたしは無理だよ」
「“ヤッてもいい”……」
どうやら山本も、下条と同じように、まどかを“清楚で控えめでおしとやか”な人だと誤認していたようである。
まどかの発言を聞いて、信じられないものを見るような目をし始めた。
“男慣れ”していると言ってみたり、都合のいい男だ。
押したら抵抗なく流されてくれると思っていたと思ったら、より腹が立ってくる。
「高校生のときに付き合ってた人も知ってるのに、自分が相手にしてもらえるって思うんだね。あたしを簡単にホテルに連れ込めると思ってるなんて、見くびられたもんだわ」
「えっ、あっ……」
「そんなキャラだったんだって、思ってる? そうだよ。あたしは山本くんが思ってるような人じゃないから」
一度話し出したらもう止められなかった。
全て吐き出さないと収まらない。
「もっと魅力的に思える人だったらついていったかもしれないけど、山本くんはない。同窓会のときにもっとはっきり言うべきだった。無駄な時間、使わせちゃってごめんね。まぁ、それはお互い様か」
山本からしたら、腹が立つ言い方だろう。
わざとそうしているのだから。
それなのに、山本は呆気に取られるばかりで、何も言い返してこない。
「……つまんない」
一方的で会話にもならない。
絢斗なら言い返してきて、言い争いになっていた。
そもそも、これほどまでにまどかに発言させることはなかっただろう。
「もうメッセージも送ってこないで」
山本からの返事はなかったが、俯く姿は了承を得たと判断するに足り得る態度だった。
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