ⅩⅩⅠ.約束の日

クリスマス当日は、あっという間にやって来た。


クリスマスデートは夕方からスタートした。

律騎が迎えにきて、めぐみはともに律騎の予約してくれていたレストランへと向かった。


コートの下に、めぐみは綺麗めのワンピースを、律騎はジャケットを羽織っていて、いつもと違う雰囲気は新鮮だった。


ディナーはコース料理で、慣れなくて緊張した。

しかし、同じくらいの年齢のカップルが、音を立ててナイフとフォークを落として慌てふためいているのを見て、周りも同じようなものだと気づいて、少し気が楽になった。


食事が終わってデザートが運ばれてくるまでの少しの間、律騎がめぐみの名前を呼んだ。

顔を上げると、律騎はリボンのかかった箱が目の前に現れた。


「え、これ……」


「プレゼント」


律騎の笑顔と箱を交互に見やる。

めぐみが驚いたのは、箱がブランドのマークがプリントされていたからだ。明らかに高そうだ。


「ありがとう」


深々と頭を下げて受け取り、リボンを解いて箱を開ける。


手のひらサイズのポーチとネイルポリッシュ、リップグロス、アイパレット、チークが入っていた。

プレゼントはクリスマスコフレだった。


「らしくねぇって思った?」


「う、うん……」


図星で詰まるが、律騎を配慮できず、それよりも眼前の箱の中が気になり、目が離せない。

普段は手が出せないブランドで、それが今手の内にあることが信じられなかった。


「マジで悩んだんだぞ」


「ありがとう。本当に嬉しい」


律騎は得意げな顔の中に安堵の色をにじませて微笑んだ。


「そしたら、私からも……」


クリスマスに会うとなったら、プレゼントを渡さないわけにはいかない。

唯衣のアドバイスを参考に、めぐみは律騎へ渡すプレゼントを選んでいた。


わくわくしている律騎を見て、その期待に応えられるのか不安になりながら、めぐみは律騎にプレゼントを手渡す。


「さんきゅー」と言って受け取ると、ラッピングを解き、箱を開けていく。


喜んでもらえるだろうか。

不安もあって、一気に緊張が高まる。


息を止めて、律騎の反応を見守った。


「あ、ベルトだ」


律騎は箱からプレゼントのベルトを取り出し、眺めている。


プレゼントにベルトを選んでからも、どこのブランドで、何色にするか、など、大いに悩んだ。

最終的に選んだのは、本革のプレーンベルトで、ビジネスで使えるよう、シンプルなものにした。

色はどのスーツでも合うように黒にしようかと考えていたが、黒は持っているだろうからと、暗めのブラウンを選んだ。知的で上品な印象で、選んだめぐみも気に入っている。


律騎はベルトを眺めているだけで何も言わないから、不安になってくる。

無難なものを選んだつもりだけれど、律騎にもこだわりがあって、趣味とは違っただろうか。


「社会人になったらスーツ着るでしょ? だから、いつも身につけてもらえるものと思って、選んだの」


不安から言葉を発さずにいられなかった。


「ベルトは自分で選びたかったかな?」


「いや」


窺うように問えば、律騎は即否定した。

そして、ベルトからめぐみの方へと視線が移動する。


「マジで気に入った。めぐにもらえると思ってなかったから嬉しい」


「……よかった」


めぐみは安堵の声を漏らした。



デザートを食べ終え、イルミネーションスポットに寄って遠回りして帰ることにした。

街はイルミネーションで輝いていて、昼間とは違う装いである。


「ホテル、予約しとこうか迷った」


「……うん」


前を向いたまま、歩きながら話す律騎にならって、めぐみも歩く方向を見ながら相槌を打つ。


「けど、めぐは緊張しそうだし、やめた」


おもむろにめぐみの顔へと下りてきた視線が熱くて、目を合わせるのにためらう。


「……ホテルの方がよかった?」


めぐみは律騎を一瞥してから、首を横に振った。


「そう」


律騎は少し安心したようだった。


その後は、沈黙が訪れた。

律騎でも緊張するらしい。緊張が伝わってきて、めぐみも話を切り出せない。


このまま家に帰ったら、1ヶ月前の約束を果たすことになるだろう。

徐々に現実味を帯びてくる約束事に、落ち着かない気分になってくる。


「綺麗……」


歩いてたどり着いた駅前にある大型ツリーは、この季節の風物詩で、迫力があった。

思わず見惚れて、めぐみは呟いていた。


細かいところに目を向ければ、光は個々に眩しく輝いている。このどれもが欠けてしまうと、成り立たない。


「……何?」


律騎の視線を長く感じて、きまりが悪くなった。


「いや」


律騎はフッと笑って目線を外し、めぐみと同じようにツリーを見上げた。

律騎の手がめぐみの小指に触れ、手繰り寄せるように指が絡められ、自然と手を繋いだ。


最寄り駅からアパートまでの道のりは、先ほどとは打って変わって暗かった。

照らすのはたまの街灯と、丸々とした月だけだ。



「――どうする?」


「……え?」


ぼーっとしていたので、律騎に問いかけられたことにすぐに気づけなかった。律騎の声が小さかったせいもあるだろう。


「俺ん家来て、シャワー浴びる?」


――な、生々しい……。


めぐみは平静を装おうとしたわけではなく、驚きで上手く表情が作れなかった。


唖然としているうちに、律騎が歩を早めたのか、めぐみの歩が遅くなったのか、気づけば律騎の方が半歩先を進んでいた。


「――ま、浴びなくてもいいんだけど」


「そっ、それは駄目! 自分の部屋で浴びてくる!」


思いの外、大きな声が出て、急に恥ずかしくなった。


律騎は顔だけめぐみの方を向ける。


「了解」


フッと笑った律騎がかっこよすぎて、めぐみは胸を撃ち抜かれた。



自宅に入り、そわそわしながら、急いでシャワーを浴びた。


長々と自宅で過ごしてしまうと、律騎の部屋に行くのに必要な勇気が大きくなってしまう。

分かっているのに、部屋の中を歩き回り続けている。


ムダ毛もないか確認したし、下着も派手すぎず地味すぎないものを選んだ。

爪は綺麗に整えて、ウインターカラーフットネイルを施した。


足に視線を落としてみると、足だからと思い切りすぎたかもしれない。思ったより派手で、自分らしくない。浮かれている心情が表れている。


これ以上、律騎を待たせるわけにはいかない。


めぐみは意を決して、深呼吸1つした後、玄関へと向かった。


吐く息が白い。

シャワーを浴びたばかりで体は熱く、それほど寒さは感じない。


ドア前に立ち、目を閉じて息を大きく吸ってから、息を止め、細く長く息を吐く。

緊張を何とか抑えながら、インターホンを押した。


待っても待っても声での返答はなく、ややあって代わりにドアが開いた。

そこから現れた律騎は、上半身裸だった。


惚れ惚れしてしまうほどの精悍な体躯に怯んでしまう。

見たことのある裸は、もうずっと昔の薄い体だったから、急に男だと見せつけられたようで、動揺した。


「寒いだろ。早く入りな」


「う、うん……」


先に入った律騎は、無造作に髪を掻き上げる。

その仕草が色っぽくて、見ていたいような見ていられないような、落ち着かない気持ちになる。


「……りつの方が寒そうだよ。早く着たら?」


「着る着る」


律騎は顔だけ振り向いて答える。

顔を前方へ戻す瞬間に見えた顔がしたり顔だった。


――……わざと肌を見せたのだろうか。


そうだとしても、そうでなかったとしても、律騎に感情をあっちへこっちへと揺さぶられていた。


「水飲む?」


「あー、今はいいかな。喉渇いてないから」


「そう」


律騎は服を着てリビングに戻ってきたかと思うと、真っ直ぐ冷蔵庫に向かい、ペットボトルを取り出すと、水をごくごくと飲み出した。


めぐみから見て横を向いているから、律騎の首筋があらわに見え、飲む度に喉仏が上下に動く。

色気を感じて、目が釘付けになる。


部屋に入って数分しか経っていないというのに、この有り様だ。

寝るまで心臓が持つか、自信がない。


とにかく意識を他に移さねばと思い、律騎から視線を外し、部屋の中を見回す。

テーブルの上の救世主を見つける。


「テレビつけてもいい?」


リモコンを掴んで掲げて見せなから、律騎に問う。


「いいけど、何か観たいのあんの?」


「面白いのやってないかなと思って」


「ふーん」


律騎はキッチンからお風呂場の方へと向かう。


許可を得たので、めぐみはテレビをつけて、適当にザッピングする。

お笑い芸人がコントを披露している番組やクリスマスにちなんだ映画、淡々とした語り口のナレーションのノンフィクション番組など、特に観たいものがあったわけではないので、決まらない。


そうこうしているうちに、律騎はリビングに戻ってきてしまった。


「観たいもの、なさそ?」


「あー……」


ないと言えば、テレビの電源を切ることになるのだろうか。そう思ったら、ないと言い切れない。



「めぐ」


「……何?」


身構えてしまい、体が強張るのが自分でもよく分かった。


「もっとリラックスしなよ。急に襲ったりしねぇから」


「お、襲っ……」


律騎はめぐみの手からリモコンをひょいと取り上げると、テレビを消してしまった。リモコンはまた元の場所へと戻された。


「あ……」


律騎は、空中に浮いたままになっためぐみの手を掴むと、何も言わずに引っ張って歩き出す。

その行く先は、ベッドだった。


「え、ちょ……」


「ちょっと座って話そうよ」


律騎に誘われるまま、ベッドへとたどり着き、先に腰掛けた律騎の隣に、めぐみも浅く腰掛けた。


「来てくれたってことは、嫌ではない?」


「……うん」


俯いて膝の上にある自分の手を見下ろす。


「何か気になることがあるのか?」


いつもより一段と優しく穏やかな声色がめぐみの心を解きほぐすようだった。


「……緊張してるだけ……じゃなくて」


「“じゃなくて”?」


「先に進んだら、絶対に元の関係には戻れないと思うと、勇気が出ない……」


律騎は呆れているだろうか。

ここまで来て、ぐずついているなんて。


「言っただろ。戻らなくていい。そのときの新しいベストな関係を作ればいい」


“元に戻らなくてもいいだろ。そのときのベストのかたちがあるから”


そう言われたのは、まだ陽生と付き合っているときだった。


関係の変化を恐れるめぐみに対し、律騎は変化を恐れていなかった。

めぐみが好きな人、つまり、律騎からアプローチされているのに怯んでしまう一方で、律騎は後悔したくないとそのアプローチをやめなかった。


「……本気で先に進みたくないなら、来なきゃよくね?」


律騎の声色が変わった。

小さいながらも鋭さがあり、めぐみはひやりとした。


「それは……りつといるの、楽しいから……」


自分の口から発された声が震えていた。


「今日は約束の日なのに? 心の準備ができたから来たんじゃねぇの?」


「確かに、できてなかったら来てない……けど……」


律騎の冷淡な態度や言葉に、めぐみは動揺する。


――嫌われただろうか。


律騎には嫌われたくなかった。

しかし、律騎だからこそ、流されることはしたくなかった。


律騎は、はぁと大きなため息を吐いた。


めぐみはぴくりと肩を揺らした。


「部屋に入ってから――いや、その前からだな。ずっと俺のこと意識しといてよく言うよ」


「え……」


予想外の言葉に、ベッドに座って初めて律騎の方を見た。


「俺に見惚れてぼーっとしたり? 顔を赤くしたり? あれで隠せてるつもりだった?」


「私、そんな、だった……?」


「だった」


また、物欲しそうな目を律騎に向けていて、それが律騎にバレていたとしたら、恥ずかしすぎる。


「今が一番顔赤いな」


「メイクしてないから……」


めぐみは慌てて両手で顔を隠した。


「隠してももう無駄だろ」


律騎はフッと笑った。


優しい律騎に戻っている。

めぐみはホッと胸を撫で下ろした。


「めぐは考えすぎだ。俺のことが好きで、触りたいなら触ればいい」


律騎は立ち上がり、めぐみの前に立つと、めぐみを腕で挟むようにベッドに両手をついた。


「えっ、触りたいなんて言ってない」


「触りたいんじゃねぇの?」


「いや、それは、そうだけど……」


「またそれ。“けど”ばっかだな」


「ごめん……。面倒だよね」


「は? できねぇからっていじけるほど、子どもじゃねぇよ」


苛立ちを隠しもせずに言い放つ。

言葉とは裏腹、いじけた子どものように見える。



「それに、その気にさせたらいいもんな」


「え……」


律騎の顔がゆっくりと近づいてきて、身を引いたらバランスが崩れて、押されてもないのに、ベッドに背中を預けてしまった。


「俺に触られるの、嫌じゃねぇだろ?」


律騎はめぐみの上に覆いかぶさってくる。


今度は逃げ場がない。

律騎のキスを拒否しないのが、ほぼ律騎の言葉への答えだった。


組み敷かれ、たくさんのキスを浴びていると、自然とめぐみも律騎に応えたくなってくる。

こんなに愛情を向けられているのに、自分が返さないわけにはいかない。


「したくなったら言うんだぞ。無理やり進める趣味はねぇから」


「言うってどうやって……」


律騎はどうやってでも、めぐみに言わせたいらしい。

律騎のことはよく知ってるつもりだが、さすがに性癖には詳しくない。


キスはたくさんされているが、唇は避けているし、軽く触れるだけだった。

とにかく焦らされて、まんまとその気にさせられている。


もどかしいのに、恥ずかしくて言葉にできない。

どうやって接しようと、色々と前向きに考えていたはすなのに、直前で積極的になれずにいる。


今はただただ律騎に振り回されている。


律騎の手や口が、めぐみの全身を隈なく触れていく。

身をよじり、膝をすり合わせた。


急に、律騎の体がめぐみから離れ、上から見下される。黙ってじっと見つめてくるから、何が起こるかとドキドキする。


「……まさかだけど、初めてとかじゃねぇよな?」


ここまで先に進もうとしない理由を、律騎なりに考えたらしい。

焦りが手に取るように見えて、かわいそうになるくらいだった。


「……初めてがよかった? それとも、慣れた人の方がいい?」


「めぐのことを訊いてんだけど? 俺の好みじゃなくて、めぐのことを訊かせろよ」


「私は……」


唇をキスで塞がれ、めぐみの言葉を封じる。

続きは言わせてもらえなかった。


「……やっぱいい。聞きたくない」


――か、可愛い……!


すねた律騎がこんなときに見られると思っていなかったのだ。不意打ちだった。


めぐみは思わず片手で自分の口を覆った。


「……嫉妬?」


「黙っとけ」


口を覆う手を律騎に掴まれ、指を絡められ、再び唇を奪われた。


こんなことなら、初めてはとっておくべきだった。

初めてだったら、律騎のことしか考えられなかっただろう。


いや、初めてでちゃんとできないのも嫌かもしれない。どうせなら律騎を満足させてあげたい。

今の自分にそれほどの技術があるとも思えないけれど。


「考え事かよ」


キスの合間に不服そうな声がしたかと思うと、次のキスは激しく深くなった。


ぱくりと上唇に噛みつかれ、食べられてしまうかと思った。


「腹立つな。俺ばっかり好きみたいじゃねぇか」


舌先を強く吸い上げられ、ぞくぞくと快感が背中を走る。

のしかかる重みも体温も、全てが快感へと変わる。


自分の口から出ていると信じられないような、甘ったるい鼻にかかった声が出た。


気をよくした律騎は、めぐみの首筋に顔を埋める。

ざらりとした舌の感触が鎖骨辺りを這う。


1ヶ月前につけられたキスマークが頭をよぎる。


「りつ……ちょっと待って」


不服そうではあったが、律騎はゆっくりと体をめぐみから離した。


思いの外、顔が近くて息が詰まる。

その目が、待てをされた犬のようにも見えるし、獲物を捉えてよだれを垂らす獰猛な犬のようにも見えるから、不思議だ。


「……もしかして、りつって、私のこと結構好き……?」


「じゃなかったら何だと思ってんの」


「な、何って……ひゃっ」


律騎の手がめぐみの背中に回され、ひょいと上半身を起き上がらせた。座って向き合うかたちになる。


律騎の目は真剣だった。

触れられているときよりもドキドキするかもしれない。


「お願いだから、俺を信じてくれ。先に進んでも、今より悪い関係になることはない。もっと幸せになれるよ、俺たちなら」


低い懇願するような声が、めぐみの心を震わせる。


律騎の部屋にめぐみが入っても、余裕がある振る舞いをし続けていると思っていたが、律騎は律騎で、余裕がなかったようだ。

部屋に来てくれ、同意が取れたと思ったのに、何かにつけてやんわりと抵抗されることになれば、余計に余裕がなくなるのも分かる。


耐えるような苦しそうな表情が和らぐように、めぐみは律騎の頬に手を伸ばす。


「りつ」


名前を呼ぶと、愛おしさが募る。


自分の好きも、律騎の好きも、信じてみよう。

好きだから触れたいという、自然の摂理に身を任せよう。

今後のことは、きっと律騎とともにいれば、何とかなるはずだ。


律騎へと顔を寄せていくと、律騎はぴくりと体を震わせる。

何をされるか、不安と期待の入り混じった表情に、込み上げるものがある。


めぐみは、律騎がしてくれたように、額や鼻先、頬にキスを落とした。


恥ずかしくて律騎の顔が見られなくなって、律騎の首に腕を回して、頭を抱き込んだ。

ふわふわの髪の毛が、めぐみの頬に触れて、くすぐったい。


温かなぬくもりを感じていると、少しずつ冷静になってくる。


流されたわけではない。

彼女だからという使命感から進もうとしているわけでは、断じてない。心から、律騎に触れたいと思っているし、律騎に触れてほしいと思っている。


覚悟を決め、体を離して、律騎の顔を見つめた。


律騎の顔を間近で見ると、呼吸が浅くなる。

じっと見つめ合っていれば、より緊張していく。


手が律騎の肩から滑るように落ち、脚へとたどり着く。

息が上手く吸えなくて頭も重くなっていく。


気持ちだけが焦っていたら、律騎の指がめぐみの指に絡められた。


どきりとして顔を上げれば、律騎は急かすこともなく、どっしりと構えて待ってくれている。

今なら言える気がした。


「私……りつが欲しい」


ちゃんと目を見て言わなければと思ったので、どうにか目を見て言い切った。


しかし、それからは黙って見つめていられなくて、目を伏せた。

律騎の驚いた顔を見て、自分が言ったことの重大さを一瞬で理解したのだ。


――これは駄目だ。

恥ずかしすぎて、律騎の顔がまともに見られない。


「めぐ。顔、見せて」


律騎の優しい声が降ってきた。


笑われないのはよかった。

しかし、甘い雰囲気になって、たまらなくなった。


律騎といて、こんなに甘美でとろけるような時間が流れることなど、今までなかったのだ。


めぐみの顎に律騎の手が添えられる。

ゆっくりと顔を上げれば、律騎の目がめぐみの目を捉える。


「言えたな」


律騎の糖度の高い声色が微笑みとともに耳に入り、心がとろける。


安堵して一息ついた瞬間、律騎はめぐみの手を引き、体を寄せる。

あっという間に律騎の腕の中に閉じ込められた。


「……りつ?」


「やっと通じ合えた気がする」


めぐみも、お互いの好きの気持ちの大きさが、今は同じになっているような気がしていた。


「……そう、だね」


めぐみは律騎に体重を預け、律騎の腕の力強さに酔いしれる。


ボディソープだけではない。

律騎自身の甘い香りを、胸いっぱいに吸い込んだ。

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