ⅩⅨ.理想と現実の狭間②


律騎はコーラを飲みながら、目の前に座る陽生と向かい合っていた。

陽生の表情を窺っては、やはり陽生に話すべきではないと目を伏せて、ストローを吸う。

それを何度も繰り返していた。


だから、いつの間にか飲み物は底をついていて、吸ってもズズズッという音しかしなくなっていた。

それでもストローをくわえたまま、固まっていると、陽生が「りつ」と呼んだ。


顔を上げると、「何か話したそうだな」と陽生は続けた。


「……めぐのことだけど」


「うん」


「俺のこと、彼氏として見てる気がしねぇんだよな。友達と思ってる気がするんだよ」


「“友達”、ねぇ……」


陽生は椅子の背もたれから背中を離し、前のめりになると、テーブルに肘をつき、頬杖をつく。


「ずっと好きだったって知って、でも、前みたいに表情が崩れなくて、本気で好きなのかよく分かんねぇんだ」


「なるほどな」


友達としていたいと思っている人に、迫るべきなのか。

今までそんなことを考えたことがなかった。


めぐみにだって、付き合う前は、何度もキスを迫った。

それなのに、今の自分は踏み出せなくなっている。


めぐみからは、好きだと言ったわりに、どうしても律騎でなければ嫌だというのを感じないのだ。

自分はもう、めぐみでなければ嫌だと思っているのに。


「どういう俺をめぐは求めてんのかも分かんねぇしさ……」


「めぐはりつがそういうふうに悩むの、求めてないと思うけどな」


陽生はいつも通り余裕綽々だ。

それを見て、安心するのが常なのに、今回は落ち着かない気持ちにもなる。


「めぐはホントにいつでもりつのことを思ってた。どんなりつも好きだよ。とにかく、めぐの気持ちは俺が保証してやる」


幼馴染とは言え、元カレである陽生に言われるのは、もやもやする。

そもそも相談している自分が悪いのだが、相談できる人が陽生しかいなかったのだ。仕方がない。


「……はるにめぐの気持ち保証されるのは、気分悪いな」


陽生はクックッと笑う。


「めぐはずっとりつを好きだったけど、りつの彼女になりたかったわけじゃないから、なかなかすぐには彼女らしく振る舞うのは難しいんじゃない?」


笑われるのも気に食わないが、陽生は律騎のこともめぐみのことも理解していて、相談相手に不足はないのだ。それがまた悔しい。 


「友達としての方が居心地いいのは、すごく分かるからな」


サラッと流しそうになったが、引っ掛かりを覚えて、頭の中で陽生の言葉を反芻する。


陽生はきっと、同じように悩んだはずだ。

友達から恋人同士になって、接し方を急には変えられない、と。


しかし、どうだっただろう。

食堂で会う2人は、初々しい恋人同士のようイチャついていたこともあったような……。


「――はるはめぐとどこまで……」


口をついて質問が飛び出そうになって、途中で慌てて口をつぐんだ。


「ん? どこまでって何が?」


陽生は笑みを押し殺しながら、質問の続きを促してくる。


「……面白がってるよな?」


怪訝な顔をして見返せば、陽生はますますおかしそうな表情を浮かべる。


「俺はめぐとずっと付き合っててもよかったんだぞ?」


「いや。どうしたって、最終的には俺と付き合うことになってた」


「すごい自信だな」


苛立ちを隠せずに、睨みながら言えば、陽生は穏やかに微笑んだ。

そこには、元カレの影はなく、幼馴染で友達の陽生しか見えない。


「めぐが付き合いたがらなかった気持ち、今なら分かるんじゃない?」


「……それはそう」


好きなのに付き合わない意味が分からなかった。

そんな律騎に、めぐみは好きだから付き合わないと言った。

今は、めぐみの言うことがよく分かる。


今、めぐみと付き合っているのに、遠く感じている。

傍にいられなくなる怖さを、今、強く覚えていた。


「怖がることないよ。2人は思い合ってるんだから。付き合いたてのカップルらしく、もっと仲良くしたら?」


陽生と深い恋愛話などしてこなかったのだ。

幼馴染同士のイチャイチャを見るのとはまた違う、むず痒さがある。


「何かあれば俺が仲介くらいするよ」


むっとした顔をしたら、陽生に面白そうに笑われた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る