ⅩⅨ.理想と現実の狭間②
*
律騎はコーラを飲みながら、目の前に座る陽生と向かい合っていた。
陽生の表情を窺っては、やはり陽生に話すべきではないと目を伏せて、ストローを吸う。
それを何度も繰り返していた。
だから、いつの間にか飲み物は底をついていて、吸ってもズズズッという音しかしなくなっていた。
それでもストローをくわえたまま、固まっていると、陽生が「りつ」と呼んだ。
顔を上げると、「何か話したそうだな」と陽生は続けた。
「……めぐのことだけど」
「うん」
「俺のこと、彼氏として見てる気がしねぇんだよな。友達と思ってる気がするんだよ」
「“友達”、ねぇ……」
陽生は椅子の背もたれから背中を離し、前のめりになると、テーブルに肘をつき、頬杖をつく。
「ずっと好きだったって知って、でも、前みたいに表情が崩れなくて、本気で好きなのかよく分かんねぇんだ」
「なるほどな」
友達としていたいと思っている人に、迫るべきなのか。
今までそんなことを考えたことがなかった。
めぐみにだって、付き合う前は、何度もキスを迫った。
それなのに、今の自分は踏み出せなくなっている。
めぐみからは、好きだと言ったわりに、どうしても律騎でなければ嫌だというのを感じないのだ。
自分はもう、めぐみでなければ嫌だと思っているのに。
「どういう俺をめぐは求めてんのかも分かんねぇしさ……」
「めぐはりつがそういうふうに悩むの、求めてないと思うけどな」
陽生はいつも通り余裕綽々だ。
それを見て、安心するのが常なのに、今回は落ち着かない気持ちにもなる。
「めぐはホントにいつでもりつのことを思ってた。どんなりつも好きだよ。とにかく、めぐの気持ちは俺が保証してやる」
幼馴染とは言え、元カレである陽生に言われるのは、もやもやする。
そもそも相談している自分が悪いのだが、相談できる人が陽生しかいなかったのだ。仕方がない。
「……はるにめぐの気持ち保証されるのは、気分悪いな」
陽生はクックッと笑う。
「めぐはずっとりつを好きだったけど、りつの彼女になりたかったわけじゃないから、なかなかすぐには彼女らしく振る舞うのは難しいんじゃない?」
笑われるのも気に食わないが、陽生は律騎のこともめぐみのことも理解していて、相談相手に不足はないのだ。それがまた悔しい。
「友達としての方が居心地いいのは、すごく分かるからな」
サラッと流しそうになったが、引っ掛かりを覚えて、頭の中で陽生の言葉を反芻する。
陽生はきっと、同じように悩んだはずだ。
友達から恋人同士になって、接し方を急には変えられない、と。
しかし、どうだっただろう。
食堂で会う2人は、初々しい恋人同士のようイチャついていたこともあったような……。
「――はるはめぐとどこまで……」
口をついて質問が飛び出そうになって、途中で慌てて口をつぐんだ。
「ん? どこまでって何が?」
陽生は笑みを押し殺しながら、質問の続きを促してくる。
「……面白がってるよな?」
怪訝な顔をして見返せば、陽生はますますおかしそうな表情を浮かべる。
「俺はめぐとずっと付き合っててもよかったんだぞ?」
「いや。どうしたって、最終的には俺と付き合うことになってた」
「すごい自信だな」
苛立ちを隠せずに、睨みながら言えば、陽生は穏やかに微笑んだ。
そこには、元カレの影はなく、幼馴染で友達の陽生しか見えない。
「めぐが付き合いたがらなかった気持ち、今なら分かるんじゃない?」
「……それはそう」
好きなのに付き合わない意味が分からなかった。
そんな律騎に、めぐみは好きだから付き合わないと言った。
今は、めぐみの言うことがよく分かる。
今、めぐみと付き合っているのに、遠く感じている。
傍にいられなくなる怖さを、今、強く覚えていた。
「怖がることないよ。2人は思い合ってるんだから。付き合いたてのカップルらしく、もっと仲良くしたら?」
陽生と深い恋愛話などしてこなかったのだ。
幼馴染同士のイチャイチャを見るのとはまた違う、むず痒さがある。
「何かあれば俺が仲介くらいするよ」
むっとした顔をしたら、陽生に面白そうに笑われた。
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