Ⅺ.予定外の朝帰り②
*
陽生は事前の連絡なしに、律騎の家のインターホンのチャイムを押した。
「はる」
陽生が連絡せずに訪ねてくるのが珍しいからだろう。
律騎は驚いた顔で陽生を出迎え、「入れよ」と促した。
「いや。今日はここで」
ドアは閉めたが、玄関で靴も脱がない状態だから、律騎は訝しみ、しかし、すぐに「急いでんのか?」と受け入れたようだった。
「これ、お土産」
「お土産?」
律騎は陽生から紙袋を受け取り、中を覗くので、中身はお菓子だと伝える。
「あー、そういや昨日めぐと旅行してきたんだったか?」
「そうそう」
1週間ほど前に旅行の話をしたのだが、覚えていたらしい。
陽生とめぐみがコンビニのバイトに入れないので、律騎が代わりに入ってくれもした。
「あ、でも、結局泊まってきた」
「は?」
「電車が遅れてたから、急きょ泊まってきた」
「へぇ」
興味なさそうにまた袋の中を覗くが、それがまたわざとらしかった。
「……なぁ」
「ん?」
「はるもそうなのか?」
「何が?」
「ずっと一緒にいたいと思って付き合ってるわけじゃ、ないのか?」
めぐみから話を聞いていてよかった。
ただ、めぐみから聞いた印象とは違う。
日を置いて苛立ちは収まっているようで、あくまでも素朴な疑問という感じだった。
もしかしたら、めぐみではなく、陽生に対してだからという違いもあるのかもしれない。
「一緒にいたいと思うのはホントだよ」
別に刺激が欲しいわけじゃない。
めぐみといると落ち着くのだ。
「好ましく思っている者同士、付き合うのは変なことじゃないだろ?」
律騎は何か言いたそうに口を薄く開いたので、言葉を待ったが、紡がれることなく閉じられた。
律騎は色々と考えているようだ。
きっと、泊まったと聞いて、否が応でも、あることないことに想像を膨らましているに違いない。
存分に悩めばいい。
陽生は律騎に背を向けてから、不敵な笑みをこぼした。
律騎はその足でめぐみの家を訪ねる。
「出かける準備はできた?」
「うん」
「コンビニまで送るよ」
「いいって。帰らなきゃでしょ?」
「わざわざ一緒に帰ってくれてありがとね」
めぐみは朗らかに微笑む。
両頬のえくぼが綺麗に現れた。
律騎は、めぐみの家の最寄り駅でめぐみと一緒に降りて、めぐみを家まで送ったのだ。めぐみはすぐにバイトだから、自分が律騎にお土産を渡すと理由をつけて、だ。
昨夜はあんなに取り乱していたというのに、めぐみはすでに元通りである。
昨夜がいかに特別な時間だったのかがよく分かる。
反応を面白がってしまったのは反省だったが、いい仕事をしたように思う。
付き合うことになってから、寝て後悔しないかとめぐみに訊いたくせに、多分、後悔するのが怖かったのは、陽生の方だったのだ。
めぐみと付き合うことを提案したのは、何かが変わればと思ってだった。思惑通り、確かに変わってきている。
最初は気軽に自分の家に泊まっていくかと訊いてきためぐみが、同じ部屋に泊まることを意識して動揺していたのだ。
これからどこにどういうふうに着地するだろう。
律騎は微笑んで、めぐみの頭をぽんぽんと撫でた。
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