◆7◆号泣したあの日
「――これ、どういうこと?」
私は成海にファッション雑誌を開いて、隅の方を指差して、問いただす。
アイドル特集の中の、3人組のアイドルの真ん中に立っていたのが、成海だった。
どれだけ着飾っていても、成海は成海だ。分からないはずがない。
「どうしてこれを……?」
驚いた顔は、それが成海自身だと伝えている。
「店長の娘さんがたまたま見つけて教えてくれたの」
「……」
「何で何も言わないの? 何で芸能活動してるって教えてくれなかったの?」
「……まだ何も成し遂げてないから」
「活動はしてるんでしょ? そんなこと言って、ずっと言わないつもりだったの?」
「……芸能活動してたら、嫌だった?」
「嫌とかそういうんじゃない」
人目を気にしていたのはこれが理由だと、雑誌を見て初めて分かった。
成海がアイドルとして成功したいのであれば、二人で堂々と外を出歩くなんて、していなかった。
「……教えてほしかった。それだけだよ……」
◇
職員室に戻ると、高塚先生が慌てて駆け寄ってきた。
「――ちょっとちょっと! 早くこっち来て!」
せっかく戻ってきた職員室から連れ出された。
隣を先生が通り過ぎる。
「……ここじゃ駄目か」
人の出入りを気にした高塚先生は保健室へと私を誘った。
「何で宍戸成海と保健室にいたの!?」
「声が大きいよ……」
高塚先生は保健室に入るや否や口を開き、興奮が隠せない様子だった。
「何でかって言われると……たまたま保健室の前で会って、なりゆきで保健室で話すことになった……?」
「宍戸成海とあんなに近くで見つめ合うのが、たまたまなりゆきであるの?」
「近いよ……?」
物理的にももちろん近かったのだが、圧がすごくて余計に近く感じた。
成海が元カレで、偶然再会して、私に会いに校舎の中までやってきて、外で会おうと誘われていた。
――なんて言えるはずもない。
いくら高塚先生でもだ。
「……実は、高校生のときにバイト先が一緒だったの」
「宍戸成海と?」
驚く高塚先生に、こくりと頷いて見せて、言葉を続ける。
「こないだ、たまたま玄関先で会って、連絡もずっと取ってなかったから、さっき話しに来てくれたみたいなの」
嘘は言っていない。事実だけを伝えている。
でも、どこか薄っぺらい感じがする。
「すごいね! 宍戸成海と知り合いだなんて……!」
高塚先生は目を輝かせている。
“知り合い”どころか、元カレである。
特別ファンというわけではない高塚先生が、ここまで興奮するのだ。改めて成海の地位を思い知った。
「同じバイト先の人がこんなに有名になるってびっくりじゃない?」
「そうだね」
「何で連絡取ってなかったの?」
「バイト辞めたら取る必要ないから」
「もったいない! 取っておけばよかったのに」
「取ってどうするの?」
「え? うーん……自慢する? あー……周りに自慢するような人と連絡取り続けないか」
高塚先生は自問自答を繰り返し、再び私に向き直った。
「また会おうってならなかった?」
「ならなかったよ」
「あの宍戸成海がわざわざ会いに来てるくらいなのに?」
「その宍戸成海だよ? 忙しくて会おうとはならないよ」
「そっか~、実際撮影中だしね」
「そうそう」
とは言いつつ、保健室では、お互いに当時のメールアドレスは使用していないこと、電話番号は変わっていないということを確認はした。
聞かれて嘘の番号を教えるほど、ねじ曲がった性格ではない。それに、私だと思って連絡して、揉め事に発展しては困る。成海の足を引っ張りたいわけではなかった。
何より、成海の真っ直ぐさに折れて、それくらいは教えていいと思ったのだ。
ただ、きっと連絡が来ても困ってしまう。
「会いたいって言われたら、会う?」
高塚先生は非常に興味深そうな顔をして、私を見つめてきた。
成海と別れてから、成海とアルバイトのシフトは重なることはあったが、それも徐々になくなり、いつの間にか成海は辞めてしまった。店長曰く、芸能の仕事が忙しくなったかららしかった。
別れてから忙しくなったのを見て、私は疫病神だったのではないかとさえ思った。
別れて正解だったのだと、あのときは自分に言い聞かせた。
きっと、今もだ。
私が成海に近づいたら、仕事に悪影響を及ぼすかもしれない。
「……私が話すような存在じゃ、もうないよ――」
◇
――別れを切り出したのは、自分だった。
生年月日も血液型も同じ男女がアルバイト先で出会い、恋に落ちた。
必然とも言っていいくらいに、運命的な出会いだったと思う。
それなのに、終止符を打ったのは、成海がアイドルだと雑誌を見て知ったからだった。
知ってからは、どうして気づかなかったのだろうと思うことばかりだった。人目を気にしていたことはもちろん、夢に向かって頑張る姿は、キラキラ眩しかった。
知ってしまったからには、アイドルの成海の付き合うデメリットについて、考えざるを得なかった。
人気が出れば、彼女の存在は足枷になるに違いない。バレてしまえば、不評を買うだろう。彼女がいることで、人気が出ないとも言えるかもしれない。
成海を応援しようと思うなら、別れることが最善だと思えた。
……いや、成海のためだと言って、ただ怖じ気づいただけなのだ。
自分では成海の隣は見合わない。いるべきでない。そう思ってしまった。
人気者の彼女でいたい、傍で支えたいとは思わなかった。勉強やアルバイトなど、自分のことで精一杯だったから。
特別なことは望まない。特別を望むと不幸になるような気さえしていた。
本当に当時の自分は自分勝手だった。
別れを切り出したとき、成海は最初こそ別れることに後ろ向きだった。時間が欲しいと言われ、望むように時間を与え、返事を待った。
私たちが取った選択は、“別れ”だった。
自分から切り出した別れだったのに、たくさん泣いた。
そんなに泣くなら、最初から言わなきゃよかったのに。
そう自分を責めながら、そんなことができるはずはなかったと悲しくなる。その繰り返しだった。
半年も満たない交際期間は、高校生にとっては、深く長いものだった。思い出があり過ぎて、整理するには時間が必要だったのだ。
成海は母親の存在をきっかけに、自分の意思で、俳優の仕事がしたくて、まずはアイドルとしてデビューしたと言う。
それは、当時分かったことではなく、後々のテレビや雑誌の中で見かけたインタビューで知った。 夢
のことについて、教えてもらえるほどの仲ではなかったと言われているようで、メディアを通して成海を知る度に、ズキッと胸が痛んだ。
成海を見ても心が痛まなくなったのは、何年も経った頃だった。
今の活躍を、素直に応援できるようになった気がしていたのに、今、出会ってしまって、未練が顔を出している。
成海が望んでいてくれているならと、流されそうになる。
でも、あのとき選んだ自分の道は、成海の活躍を見れば、一目瞭然正しくて、そう思うと、また成海と同じ道を歩むという選択肢は消えるのだ。
号泣するのはもうこりごりだ。
また別れを選ぶことになるのなら、最初から選ばなければいいのだ――。
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