◆3◆近づけなくて


お風呂上がり、水を飲みながらテレビをつける。

特に見たいものもなく、スマホをいじりながらつけたままだ。


CMが明けて、今日、何度も頭に浮かんだ名前が耳に入って、テレビ画面を見た。


インタビュアーが宍戸成海に質問をし始めるところだった。


『お母様との思い出はありますか?』


『小さいことまで含めたら色々あるんですが、今思い浮かんだのは、母が学芸会で僕の演技を褒めてくれたことですかね』


『学芸会で!』


『そうです。小学生のときなんですけど、絶対特別上手くなかったと思うんです。でも、母はすごく上手だったって、恥ずかしくなるくらい褒めてくれたんです』


少し照れたような表情で、懐かしみながら話している。


『お母様はそのときすでに宍戸さんの才能を見い出されていたんですね』


『そんな大袈裟なものではないです。でも、そのおかげで、今、俳優の仕事をしてるんでしょうね』


頭の中にはお母さんの顔が浮かんでいるのだろう。とても穏やかな顔だった。


『今の活躍、お母様が見られたら、さぞお喜びでしょうね』


『そうでしょうかね』


顔には少し寂しそうな色が覗く。


『……そうだったらいいですね』



成海と私が出会ったとき、すでにお母さんは亡くなっていた。いわゆるシングルファザーの家庭だった。


私たちは誕生日がまるっきり同じだったことから、話は弾み、仲良くなるのに時間はかからなかった。


仲良くなってしばらくして、親の話になったとき、成海が話してくれたことがあった。


成海が中学生のとき、母親が病気をしたらしい。色々な治療を受けるためにお金がかかり、その間、父親も満足に働けなかったこともあり、親族などにお金を借りていたそうだ。

お母さんがなくなって、借金だけが残った。お父さんはサラリーマンとして十分に稼いではいたが、借金を返すこともあり、家族のためと成海はアルバイトを始めたと聞いた。


成海には歳の離れた兄がいて、彼は高校を卒業してすぐに働き始め、すでに家庭を持っていたと言う。

奥さんや子どものためにお金は使ってほしくて、自分の学費のために仕送りしてもらうような迷惑はかけたくなかった。その思いからアルバイトを始めたと聞いて、かっこいいと尊敬した。


成海とより親密になったのは、それがきっかけと言ってもいいくらいだ。


あの頃の恋心を思い出しそうになりながら、あの頃よりもずっと大人びた表情をする彼を見て、あの頃とは違うと自分に言い聞かせる。


あの頃は、楽しいことだけを共有していた。きっとお互いにお互いが逃げ場になっていた。それでよかったのだ。


でも、今は違う。それぞれの場所で責任を持って仕事を全うしている。アルバイトという共有する事柄もない。


テレビの画面越しであればいくらでも手は伸ばせ、触れられるのに、ずいぶん遠くなってしまった――。


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