◆4◆大好きだったから

卒業式はとにかく忙しい。


卒業式の前後はドラマの撮影もなく、心乱されることなく、仕事に集中できた。


3月は生徒との別れだけでなく、先生との別れもある。

終業式を終え、別の中学校に異動になる先生を見送る送別会が開かれることになった。


完全個室に30人ほどの学校関係者が集まっている。ほとんどが教員である。


先生同士でしか分かり会えない話もあり、いつの間にか養護教諭の高塚先生と一緒にいることが多くなる。飲み会の常だった。


そこに小笠原先生がお酌のために瓶ビールを持ち、やってきた。


「まだ和木さんと働けて嬉しいです」


「私もです」


微笑んで返し、小笠原先生の持っていた瓶を受け取り、ビールを注ぎ返す。


「小笠原先生って、ここ何年目でしたっけ?」


隣の高塚先生が問うた。


「春から3年目です」


高塚先生は2年目、私は3年目になる。


「和木先生と同じタイミングだったんですね」


「実はそうなんですよ」


学校に勤める人たちは、異動が多い。

こうして一緒に働ける時間は短い。出会って気が合う仲になるのは、特別な縁を感じる。


「来年はもう異動になっちゃうかもですね」


送別会ということもあり、感傷的になっている。


「春からまた1年始まるのに、何言ってるの」


高塚先生に腕を小突かれた。


「そうですよ。寂しいこと言わないでくださいよ」


小笠原先生はしょんぼりとして見せる。


「すみません。そうですよね」


出会いがあると別れがある。

この仕事は好きだが、出会いの数だけ別れもあり、辛いと感じることも多い。



「あっ、それっていちご酒ですか?」


目の前の机に置いていた私のグラスを指して、小笠原先生が聞いてきた。


「そうです」


だいぶ氷が溶けて、赤い色は少し薄まっている。


「和木先生って果実酒よく飲んでるイメージがありますね。好きなんですか?」


「好きです。甘いからつい飲み過ぎちゃってよくないなって思うんですけど、おいしくて」


「分かります。僕も家では梅酒をよく飲むんですよ」


「そうなんですね」


「私は辛口の日本酒が好きだから、お二人とは好みが合わないですね」


高塚先生は笑いながら、日本酒を呷った。


小笠原先生は少し慌てるが、高塚先生は全く気にしていない。それどころか、「共通点があると親しみを感じますよね」とも言った。



成海と話が弾んだのも、最初は生年月日が全く同じだったことからだった。

他の共通点を見つけようとお互いの話をするうちに、あっという間に距離が近づいた。


他の共通点と言えば、血液型も同じB型だった。星座占いも血液型占いも同じだね、なんて話したのを、よく覚えている。


一方で、成海とは食の好みは合わなかった。

甘いものが好きな私に対して、成海は辛いものが好きだった。


ただ、酸っぱすぎるものが苦手なのは似ていた。

それは、アルバイト先の弁当屋で、人気のある酢豚弁当をお互いに頑なに選ぼうとしないことを、店長に指摘されて気づいたのだった。


成海とは運命だと思った。出会うべくして出会ったのだと、そのときは思っていた。


時間も忘れてカフェで話し続け、店員さんに閉店を告げられ、ハッとして顔を見合わせて笑ったあの時間が、かけがえのない大切なものだった。

成海のことも、一緒にいる自分のことも大好きだった。


しかし、だからこそ、あのときは大きな決断をした――。



二次会終わりの帰り道、コンビニの前を横切るときに、飲み物でも買って帰ろうかな、なんてふと視線を上げると、スーツ姿の男性と目が合った。


「――あれ?」


「あっ、あのときの……マネージャーさん?」


「やっぱり先生ですよね?」


成海のマネージャーで間違いなかったようだ。


「私は先生ではないんです。事務職員です」


「そうだったんですね」


誤解をさせてしまったのでは、と恐縮してしまう。


「そしたらお一人で切り盛りされてらっしゃるんですか?」


「“切り盛り”っていうほど、大袈裟なことではないんですが、事務職員は私一人です」


「すごいですね! 大変でしょう?」


世間的には、やはり先生の方が格上だろうから、まさかこんな反応が返ってくるとは思ってもいなくて、「いえ、そんな……」と中途半端な謙遜しかできなかった。


「えっと……マネージャーさんは何故ここに?」


計良けいらたかしと言います」


「計良さん……」


名刺を受け取り、漢字を確認する。


「名刺は作ってなくて……和木千晴と言います」


「和木さん、ですね」


計良さんはインプットしようとしてくれているらしく、名前の漢字を私に聞いて、何度か繰り返し呟くと、改めて向き直った。


「何故ここにいるか、でしたよね? 仕事帰りです」


「ご自宅が近いんですか?」


計良さんは少し困ったような表情をする。


会ったばかりの人に話すのはためらわれるに決まっている。


「ごめんなさい。不躾でしたね」


「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」


計良さんはもごもごとする。


何か別に理由がありそうだなと思う。

だが、それを聞きたいわけではない。さすがに私も大人である。


「大丈夫です。こないだはありがとうございました。それでは……」


「――岳さん? 何かあった?」


帰ろうとしたとき、黒のバンの向こうから、出てきた人物を見て、私は目を丸くした。


計良さんが仕事帰りと言っていたが、成海を送る帰り道だったのかと悟る。

それは言いにくそうにするか、と妙に思考は冷静だった。


私たちは目を合わせ、身動きが取れなかった。

お互いに同じような顔をしていたと思う。


アルコールのせいか、何だかふらふらするような気がしてきた。


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