◆2◆馬鹿みたいに①
職員室を出て、廊下を歩けば、生徒とすれ違う。
「先生、おはようございます」
「おはようございます」
“先生”と呼ばれるのは、いまだにくすぐったい気持ちになる。
正確に言えば、教諭ではない私は先生ではないが、学校に勤める職員として、身が引き締まる思いだ。
とんとんと肩を叩かれ、勢いよく振り向く。
「びっくりした。幽霊でも見たような顔しないでよ」
「……ごめんなさい」
白衣を着た保健室の先生――
私がこの学校で一番仲良くしているのが彼女。
職員室で給食を食べる中で、自然と話す機会も増え、仲良くなったのだ。
「何かにおびえてるの?」
聞こえなかったように答えず、胸を押さえ、鼓動を落ち着かせる。
撮影場所ではないこの廊下で、彼に会うはずなどないのに、びくびくしている。どれだけ自分が動揺しているかが分かる。
「虫でもいた?」
高塚先生はきょろきょろと床や壁を見渡すが、原因は虫ではない。
「……大丈夫だから」
「そう?」
「うん」
にこにこと笑ってとにかくやり過ごす。
これ以上追求されても、答えようがないのだ。
「そう言えば、和木先生はエキストラ出ないの?」
「エキストラ募集は生徒だけでしょ?」
「出ようと思えば出られないことはないんじゃない?」
「高塚先生、まさか出ようとしてるの……?」
驚きの目を向ければ、まずは何も言わず、顔の前で手を横に振った。
「保健室にいなきゃいけないから無理ね。何より保健だよりの締め切りもある」
「出られたら出たい?」
「そりゃあこんな機会、なかなかないじゃない。記念に出てもよくない?」
「まあ……」
高塚先生の気持ちは分からないでもない。
かと言って、そこまで共感できるわけでもなかった。
「和木先生って、ホントにそういうの、興味ないよね。昔から?」
「昔からかな。全く興味がないわけじゃないんだけど、テレビとかステージとか、そういうところで一方的に見るものって割り切ってるところがあるかも」
私が10代の頃は、まだまだテレビは今より力を持っていて、学校では前の日の夜に見たテレビの話で盛り上がることもざらにあった。
そのためとかでなく、自分も人並みに見ていたけれど、それ以上でもそれ以下でもなかった。
周りに、アイドルや俳優さん、芸人さんにキャーキャー言ったりしている人も多かったのに。
そんな姿を見て、とことんはまれるものがあることが羨ましかった。
その一方で、新しいものにはまれば、前にはまったものをまるで元々はまっていなかったかのように急に興味を失う様子も見て、怖いと思った。
「今まで何もはまらなかった? 誰か推してた人がいるとか?」
「んー、ないかな」
世間の流行りごとやニュースを確認することは、両親の習慣だった。
両親は昔ながらの定食屋を経営していた。そこでお客さんの話す種として、情報収集を欠かさなかったのだ。
たまにお手伝いにお店に立つときに、世渡りの1つの術として学んだ。
高塚先生は同世代だ。
私たちが10代のときに大人気だったアイドルの名前を出し、自分もはまったのだと言う。
「ライブとか誘われたりしなかった?」
「したけど、私なんかが行くのは申し訳なくて断ってた」
「え~! もったいない!」
「でも、私より好きな人が行ってくれた方がいいと思ったの。それに、誘われてもバイトの予定が先に入ってたっていうのもある」
高校生の私は、学校が休みの日は弁当屋でアルバイトをしていた。
家は、金銭的には貧乏ではないが裕福でもなかった。
両親のお店は、常連客もいて、人の入りは多いが、価格設定は安くして、利益のほとんど出ない経営をしていた。
それに、困っている人にはまけてあげるから、そんなことをした日にはすぐに赤字になる。
中学生のときには、両親は頼れないと、高校生になったらアルバイトをすると決めていた。
アルバイトをしたいと言ったとき、アルバイトなんてしなくても、と言う両親には、社会勉強のためと伝えた。アルバイトをしていた方が、大学受験にも有利だなんだと、理由をつければ、渋々許可をしてくれた。
弁当屋でのアルバイトで稼いだお金は、基本貯金をしていた。たまに友達と遊ぶお金にも使っていたが、ほとんど手をつけなかった。
その甲斐もあり、大学の初年度の費用は貯めることができた。
それで払うつもりだったが、両親は学資保険でしっかりお金を貯めてくれていて、学費は両親にお願いし、一人暮らしの資金として使った。
「和木先生って、昔から真面目なのね」
「確かに、昔からよく言われる」
「やっぱり」
高塚先生はフフッと笑った。
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